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六面体祭②

【六面体祭に期待すること】

ブキミ:美味しいものを期待している。

ハヌケ:綺麗な衣装を期待している。

ギロメ:きらびやかな舞台に興味がある。

タレマユ;図書館に忍び込みたい。

 斜面を登り、長い階段を抜けた先に宮殿はあった。宮殿は、中央にメインとなる大きな建物が立っていて、そこから3本、北方と南東、南西に向かって棟が長く伸びている。それぞれの棟の先端には円柱形の塔があり、それらの塔はエムリス大図書館、剣劇を行う大広間、学術発表や議会に使う大講堂となっていた。全部、アランの受け売りだ。


 ブキミたちは中央の建物に入ると、学院の指導者だという小人のような老人に挨拶した。老人は、アランとは顔なじみのようで、ブキミたちに学院の客室を貸してくれた。


 それも班ごとに一部屋だ。


 旧マッカーナン王国時代には、他国の要人(ようじん)をもてなすのに使われた部屋だそうで、ブキミにも、これが信じられないような好待遇であることはわかった。暖炉や絨毯、壁際に置かれた皿や壺、飾られた絵画、それら1つ1つがどれほど素晴らしいものか、苗木学級で学んだからこそ理解できてしまうのだ。


 部屋に荷物を置いた後、ブキミたちは別の部屋に集められて、遅めの食事を取った。これがまた大変に(ぜい)()らされたもので、ブキミたちは大いにマナーを試された。しかし、誰一人として、怖気づくことも、見苦しくはしゃぐこともなかった。

 この半年あまり、ブキミたちは役者としての自覚と品位を、骨の髄まで叩き込まれている。

 食事の後、綺麗な姿勢で待つ子供たちに向けて、アランが「それでは」と口を開いた。


「念のために、明日の流れをさらっておくぞ。ブキミ君、言ってみなさい」

「なぜ自分で言わないのですか?」

「お前の素晴らしい記憶力を、腐らせておくのは惜しい。たまに使わんと勿体ないだろ?」


 単に面倒くさいようだ。素直に面倒くさいと言えばいいのに。でも、口ごたえしたところで結局やらされるのは目に見えている。

 ブキミは、おとなしく教えられた予定を諳んじることにした。


「明朝、大広間で舞台の下見。その後、会場の設営を手伝い、控室で待機。大広間では、各国の名士たちの社交の場が開かれているので、静かに控えておくこと。昼食後、剣劇用の衣装に着替える。夕刻の鐘に合わせて大広間に戻り、第一班から剣劇を開始。剣劇終了後は速やかに大広間から撤収。以上です」

「注意事項は?」

「剣劇の舞台上を除き、何人にも素顔を晒さないこと」

「結構。流石の記憶力でよろしい」


 アランが偉そうに言った。本当に偉そうだ。本当に偉いんだけど。

 アランは、こちらの説明に付け加える形で続けた。


「基本的に、今言った通りだ。会場の設営は、学院の学徒と共同で行う。具体的なことはその場で指示を出す。揉め事は起こさないように留意しろ。モウドリンの六面体祭で、社交界デビューをするご令嬢やお坊ちゃんは多い。禍根を残すと、後々で面倒になる」


 子供たちは「はい!」と声を揃える。アランは満足そうだ。

 そのとき、剣術師範がドアを開けてやって来た。学院の関係者だと思われる、若い男性も一緒だ。剣術師範は学園の外でもあのセンスの悪い仮面をつけている。


「蒸し風呂を用意させた。明日に備えて、旅の汚れを落とせ」

「よし。身体を綺麗にしたものから、部屋に戻って休むように。以上、解散!」


 剣術師範とアランにそう言われた後、ブキミたちは学院の男性職員に案内されて蒸し風呂に向かった。蒸し風呂は木造の一室で、熱せられた石と水で作った蒸気が充満している。この蒸気と熱気で汗をかき、冷たい水で汚れを流し落とす方式のようだ。この辺りでは一般的な入浴方法なのだと、案内の男性が説明してくれた。


「オレの地元でも、似たような感じだったな」

「ギロメの地元、ここから近いの?」

「わからん。昔は地図なんて読めなかったからな。ブキミは読めたか?」

「……確かに」


 そんな風に喋りつつ、ブキミは髪を解き、精油を使って丁寧に手入れする。髪が長くなった分、入念に手入れを終わらせると、蒸し風呂でひとしきり汗を流し、外に用意された冷水で汚れを落とした。旅の汚れが落ちると、随分とさっぱりした気分になる。


 入浴を終えて部屋に戻ると、みんなはすでに眠そうな顔になっていた。図書館に忍び込んでやろうか、なんて話していたけれど、そんな余裕もなさそうだ。

 長旅には訓練とは違った気疲れがあったし、無理もないか。

 ブキミはおとなしく寝巻に着替えて、制服を皺にならないように畳む。ポケットに入れていた人形は畳んだ制服の上に置いた。

 アランに買ってもらった、魔女モルガンの人形だ。置いていくのが忍びなくて、上着の内ポケットに入れて来たのだ。

 着替え途中のハヌケが、その魔女の人形に気づいた。


「あれ? その人形、持ってきたんだ」

「うん」

「やっぱり好きなの? 魔女モルガン?」


 ハヌケに聞かれて、ブキミは「?」と改めて考える。

 魔女モルガン。

 伝承の中で、初代ナンバー王に『箱』の作り方を教えた女性だ。ただ、彼女について詳しく書かれた本は、苗木学級にはなかった。王子たちの物語では、ほとんど語られることのない人物なのだ。好きか嫌いか以前によく知らない。


「詳しくは知らない。けど、綺麗な見た目だから気に入ってる」


 ブキミはそう答えた。母の面影に似ていることは、触れなかった。乳離れのできていない子供だと思われるのも嫌だったし。ハヌケと話していると、『王子たちの物語』に一家言あるタレマユが近づいて来る。


「魔女モルガンは、いわゆる負けヒロインだね」

「負け……ナニ?」


 ブキミとハヌケは、耳慣れない響きに首を傾げた。


「報われなかった女性って意味。魔女モルガンは、ナンバー王に『箱』の製法を教えた見返りとして、結婚の約束を交わさせたんだ。だけど、最後にはフラれちゃってね。失意から旅に出ることを決めた彼女は、最後にこんな言葉を残していくんだ。愛とは氷のようなもの、いつか溶けて消えるまで」


「へぇ、そんな話があるんだ」と、ハヌケが初耳という顔で相槌を打つ。あまり有名な話ではないようだ。

 ブキミは、気になる部分があったので、思わず聞き直していた。


「ナンバー王、魔女との約束を破ったの?」

「そういうことになるね。清廉潔白とされるナンバー王にしては、珍しい話だけど、世界の存亡が掛かっていた状況だから、仕方なかったのかもね」


 タレマユはそう答えた。ブキミは魔女の人形を両手で包み、彼女の言葉に思いを馳せる。『愛とは氷のようなもの、いつか溶けて消えるまで』。

 彼女はどんな思いで、その失恋の言葉を残したんだろうか。


「そっか。可哀想な女性だったんだね……」


 ブキミはそう呟き、今までに以上に人形を大事にすると決めた。

 それで亡くなった彼女の失意が癒されることはないのだろうけれど、ナンバー王が選ばなかった彼女のことを、歴史に残されなかった彼女のことを、自分ひとりくらいは大事にしてあげたいと、そう思った。


「おい、オマエら。オレはもう寝るぞ。てか眠い」


 ギロメが人一倍眠そうな表情で言う。移動中にハシャギ過ぎた分、今になって眠気に襲われたらしい。まったく仕方のないヤツだ。

 ブキミは苦笑しながら、タレマユとハヌケを見る。二人も同じように笑って頷く。タレマユが代表して答えた。


「それじゃあ、おやすみ」

「おやすみ」「おやすみなさい」「すみ」


 ブキミたちは灯りを消すと、天蓋付きのベッドに潜り込んだ。

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