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苗木学級②

ブキミ:主人公。3回言ってダメなら殴るタイプ。

ハヌケ:抜けた乳歯は屋根に投げるタイプ。

ギロメ:目つきと言葉づかいが悪いタイプ。

タレマユ:同室が問題児ばかりで困っている班長。

 苗木学級での日々は、決まったことの繰り返しだ。

 数日を過した後、元オーガスタスこと『ブキミ』はそう結論付けた。

 1日の流れは、ざっとこんな感じだ。

 早朝、講堂の鐘の音で起床。学舎近くの湖の外周を走らされてから、西館1階の食堂で朝食を取る。朝食後は、東館1階の教室で班ごとに授業を受け、昼食を挟んでから、今度はマナーの講習に続く。その後、夕食と入浴を済ませてから就寝だ。

 授業を受ける班は4人1組で、ブキミが所属しているのはその内の第五班。各班には担任の先生が決められていて、第五班の担任は初日会ったラブレスだった。


「では、今から言う条件で計算してみましょう。籠の中に、鶏と狗がいます。これらの頭の数と足の数は合わせて——」


 教鞭をとるラブレスが算術の問題を読み上げている。タレマユやギロメ、ハヌケが、蝋板に計算式を書いていた。

 ブキミはそんな3人を横目に、ぼんやり教室の様子を眺める。

 教室は机が4つと、先生用の教壇があるばかりの簡素な部屋だ。机は横一列に並び、廊下側からタレマユ、ギロメ、ハヌケ、ブキミの順番で席に着いている。ブキミは窓際の席だ。


(アランの話の方が、面白かった……)

(料理の本が読みたい……)


 そう思いながら、今度は窓の外に視線を向ける。

 見えるのは、学舎を囲う塀と、塀の向こうに広がる森くらいだ。時折、木々の間を飛ぶ鳥の姿も見えた。春の陽気は見ているだけで、気持ちのいい眠気を誘ってくれる。事実、ブキミは次第に瞼が重くなっていた。


「ブキミ君、聞いてますか?」


 ラブレスが顔の前で手を振り、ブキミの蝋板を覗き込んだ。蝋板は長方形の木枠2枚を組み合わせたもので、見開きにした左右の木枠に蝋を流し込んで作られている。蝋の表面をペンで削り筆記を行う道具らしいけど、正直、まだ使ったことはない。


「聞いてる」

「あのー……聞いていたのなら、ここに計算を」

「鶏が3匹、狗が6匹」


 ブキミはそう答えて、また窓の外を眺める。

 ラブレスは苦笑いを浮かべるだけで、何も言わなかった。計算の結果が合っていたからだと思う。そのとき、ギロメがことさら大きく独り言を零した。


「隣のヤツの蝋板、盗み見てんじゃねーの?」

「ハヌケのを見てたら、間違えてる」


 ブキミは隣の席のハヌケの蝋板を一瞥して、ギロメの難くせに返答した。名前を出されたハヌケは「えっ?」と瞬きして、自分の蝋板を見下ろしている。


「あっ、ほんとだ……」

「チッ、しっかりしろハヌケ!」

「あ、その、ご、ごめんなさい、先生……」

「ああ、いえ。いいんです、少しずつで。ハヌケ君が真面目に聞いているのは、わかっていますから。先生はそれが一番嬉しいです」


 ラブレスは「さっ、続けますよ」と作ったように明るい声で言った。

 ハヌケは萎縮して肩をすぼめ、ギロメは不機嫌そうな目でこっちを睨んでいる。一連の騒ぎを見ていたタレマユは「はぁ」と小さく溜息を吐いていた。何だかみんな大変そうだ。


   ◇◇◇◇


 午前中の授業が終わり、昼食の時間になった。


「それじゃ、食堂に行こうか」


 タレマユがいつものように声をかけ、第五班の4人で食堂に向かった。教室のある東館の1階から、西館1階の突き当たりの大部屋に移動する。そこの大広間が、生徒たちの食堂として使われていた。

 食堂には大きな長方形の食卓が2つ並んでいて、食卓を挟むように左右に椅子が配置されている。入ってすぐの左手に台車があり、台車の上に保温用の銀カバーを被された食事が用意されていた。銀カバーを外して、今日の献立を確認。ヒヨコマメのスープと羊肉の腸詰。


「まだ、第一班と第三班だけか」


 台車の食事を受け取りながら、ギロメがそう零した。

 苗木学級に入学している生徒の数は24人。全部で6つの班があり、授業同様、食事も基本的に班単位で取っていた。決まりがあるわけではなかったが、自然とそうなったらしい。


 ブキミたちは4人で席を取り、一緒に祈りを捧げてから食事を始める。


 食事の時間は、ブキミの数少ない楽しみだった。

 食事は毎回メニューが変わり、そのどれもがちゃんと味付けされている。ドモルガンで食べていた粗末なパンとは、比べるまでもない。一匙ごとにスープの塩味や肉汁の旨味が口の中に広がり、生きている喜びを実感できる。目を瞑って、しっかり味合わないと。


「オマエみたいなの、なんて言うか知ってるか?」


 ギロメが不意にそう尋ねた。どうやら自分に聞いているらしい。ハヌケとタレマユが食事の手を止めてこちらを見る。答えを待っているようだ。でも、すぐには答えられなかった。なぜなら、まだ口の中の料理を味わい尽くしていないからだ。

 無駄話より、じっくり味わいたい。

 ゆっくり羊肉を飲み込んでから、ようやくギロメの質問に答えた。


「知らない」

「無駄飯食らいってんだ!」


 ギロメが突然怒鳴り始めた。確かにちょっと待たせはしたけど、そんなに怒ることもないだろうに。うるさい子だ。


「ちょっとギロメ」


 隣に座るタレマユもそう諫めた。

 けれど、ギロメは「我慢ならねぇ」と立ち上がる。


「タレマユだってそう思うだろ!? 勉強はてんでやる気ナシ! 授業の空気悪くするばっかで飯の時間だけ活き活きしやがる! コイツの態度、近くで見てて頭に来るだろ!?」

「ギロメ、座りなったら。食事中だよ」

「タレマユ。コイツやハヌケに合わせてたら、オレたちまで落ちこぼれんぞ!」


 ギロメの言葉に、名前を出されたハヌケはしゅんと肩をすぼめる。よくわからないが、ハヌケを巻き込んでしまったようだ。可哀想だなと思いながら、その間に次の一匙を口に運ぶ。うん。美味しい。


「オマエなぁッ! 計算してやってのかッ!」


 ギロメがテーブルを強く叩いた。振動でコップが倒れて、テーブルの上に水が広がる。びっくりしたハヌケが「ひっ」と息を呑む。タレマユが声を上げた。


「ギロメっ!」


 タレマユが珍しく怖い顔をする。

 ギロメが睨み返すと、タレマユは冷静な声で叱りつけた。


「注意するためだとは言え、今は食事中だ。マナー違反にもほどがある。それに、注意するにしても言い方ってものがあるだろ。少なくとも、ハヌケは真面目に頑張ってる。そういう相手を見下すような言動、果たして王子を演じる者として相応しい態度かな?」


「……ちっ」


 ギロメは舌打ちすると、食事を残したまま食堂を後にした。ハヌケは立ち去ったギロメを目で追いながら、アタフタしている。ギロメが残した分は後で食べてしまおうと思いながら、ひとまず自分の分を食べる。ふむふむ。美味しい。


「それとキミもだよ、ブキミ」


 タレマユが、今度はこちらに怖い顔を向ける。何か怒っているらしいが、怒られる理由が思いつかない。スプーンを口から引き抜き、目をパチパチさせて言った。


「何?」


「ギロメが言うことにも一理ある。キミは、食事以外のことにも真面目に取り組むべきだ。少なくとも、真面目を装う程度のことはね」


「何で?」


「周囲と険悪になっても、得をしないだろ。役者を目指すなら必要な技能だ。あとはそう、今みたいに食事を邪魔されることも、なくなるんじゃないかな?」


 ブキミは少し考える。確かに、神聖な食事の時間を邪魔されるのは、言われてみると気分が良くない。それに食事の時間は、フォークやナイフが手元に揃っている。何かあったら、うっかり殺してしまうかもしれない。

 この学校はアランと繋がりのある場所だ。うっかり殺した日には、あの高速殺人装置と不毛に殺し合うはめになりそうだ。それは面倒だ。体調が万全な今なら、前よりマシに戦えるかもしれないけれど、戦わないで済むならそれに越したことはない。


「わかった」


 ブキミはそう答えた。

 アランと殺し合うのは、今はやめておく。


「僕は真面目になる」


 そう宣言して、食事を再開する。

 神妙な表情で自分の分を食べ終えると、ギロメが残していった皿に手を伸ばす。神妙な表情のまま、パクパク食べる。真面目、真面目。タレマユとハヌケが、なんだか不安そうな顔でこちらを見ていた。何か違ったらしい。

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