42:エピローグ
「おーい、その木材こっちにくれー」
「奥さーん、屋根板の塗装どうしますー?」
「炊き出しあがったぞー、手が空いたやつから休憩なー」
この一週間、オネの村では老若男女こぞって大工仕事だ。あの怪獣災害で幸いにも死者ゼロだったものの、破壊された家屋や畑などの再建修復にはもうしばらくかかりそうだとか。
「ポンー、サクラにこの丸太切ってもらいたいんだけどー」
「あ、はい。サクラ」
「ニャー」
サクラが光をまとった尻尾を振るうと、丸太は目印の線に沿って輪切りになる。おおーと観衆から拍手、ありがたやありがたやと拝まれたりトワウ印の煮干しをもらったり。
「ポンもサクラも、すっかり元気になったな」
「はい、おかげさまで」
「ニャーボリボリ」
あの怪獣が爆散消滅したのを見届けると、頃合いを計ったかのようにサクラーマンモードはすぐに解除され、僕たちは元のポンとサクラに戻った。巨大化したまま変身が解けなかったらどうしようという心配は杞憂だった。
けれど――そのあとが大変だった。サクラはお腹ペコペコくらいで済んだものの、僕はというと全身超絶筋肉痛で一歩も動けなくなってしまった。ミゲールに拾ってもらって村に戻れたものの、数日は寝たきり生活を余儀なくされた(ちなみにうちの家は奇跡的に無事だった)。
お医者さんの話だと「典型的なマナ使いすぎの症状、のひどいバージョン」ということで、しっかり食べて寝ていたら三日後にはケロッと回復。しばらくサクラとゆっくりして、昨日から村の復興の手伝いを始めたところだ。
「あっ、ポン!」
「ん?」
ぱたぱたと駆けてくるのはカルアだ。ミゲールも。
「おかえり、カルア。外はどうだった?」
「範囲を広げて調査してみたけど、問題なさそうね。あいつはあんたたちがきっちりとどめを刺したみたい」
あれから領都の冒険者たちは村に残り、怪獣の残骸さがしや他に異変がないかなどの確認調査を行なっていた。
「それっぽい残骸はいくつか拾ってきたけど、どれもマナのこもってないただの木片だったって。木材としては頑丈で色合いもいいってカクさんが腕まくりしてたわ。それで『拵えた椅子がいきなり化け物に変わったらどうすんだ』って殴り合いよ」
「ガジさんとだね」
「ともあれ、みんな今日このあと領都に帰るって。お父様も一緒に」
「そっか」
ちょっと寂しくなる。みんな気のいい人たちばかりで、僕が寝込んでいるときは何度も見舞いに来てくれた。まあ、目当てはほとんどサクラだったけど。
「……あれ、カルアは? どうすんの?」
冒険者になるという夢、父親の了承を得られたのなら、もうこの村での修行留学を続ける理由はないのでは。
「私? 決まってんじゃん。残るわよ、ここに」
「ワフッ」
ミゲールもこくこくとうなずいている。
「え、なんで?」
「なによあんた、私がいたら迷惑なの?」
「そんなことないけど」
「せっかく風魔法のコツを掴んだんだもの、もっともっと修行しなきゃ。ジン先生とリッキーに教わりたいことは山ほどあるのよ」
聞いたところによると、カルアは風魔法で何度かあの怪獣の攻撃を凌いだらしい。才能が開花したと本人はご満悦だし、領主様も宴会の席で親馬鹿自慢していたとか。
「というわけで……もうしばらく厄介になるわ。よろしくね、兄弟子さん」
「あ、うん」
差し出された手を握る。あの日までは喧嘩してほとんど口も利かなかったのが嘘みたいに、カルアは親しげに笑ってくれている。ドッキリの荒療治で意固地な性格まで治るとは。
いや、彼女を変えたのは、ミゲールか。後ろでお利口に座って尻尾を振る彼もなんだか嬉しそうだ。
「あ、あとさ……その……」
「?」
ぱっと手を離したかと思ったら、今度はもじもじと身体をくねらせるカルア。
「……ちゃんと言ってなかったから、あのとき助けてもらったの……ありがとね、ポン、サクラ」
「あのとき? ああ」
怪獣に狙われたときか。
「あのときの……サクライダー、その、ちょっぴりカッコよかったわよ」
「え、あ、マジ?」
突然デレられた驚きよりも、ヒーローのセンスを理解してもらえた喜び。
「え、ええ、まあね……その、あなたがそのままカッコいい大人になったら……」
「?」
「えっと、やっぱりミゲールをあげてもいいかな、ってくらいにはね」
「お前、まだそんなこと!」
後ろでミゲールが口をあんぐりしている。
「か、勘違いしないで! もちろん、私も一緒だから……ね」
指をもぞもぞさせながら、耳まで真っ赤にするカルア。
「……ん?」
意味を理解するのに数秒かかって、そして思わずぎょっとする。
「な、なによその反応……冗談に決まってるじゃない、馬鹿!」
ほっぺたを膨らませて、ぷいっとそっぽを向く。まさか、あの地雷お嬢様にこんなベッタベタな恋する小学生ムーブをかまされる日が来るなんて。
(あっ……そういや、生まれて初めて告られたかも……)
前世でも告白したことはあってもされたことはなかった。初体験が十二歳の美少女とは。ちょっぴりドギマギせざるをえない。
えない、えないのだけれど――。
「カルア……」
「ん?
「……ごめん。僕、子供に興味ないんだ」
カルアは一瞬目を丸くして、ふっと笑い、
「てめえもガキだろうがぁ!」
「ぐげぇっ!」
その手刀が僕のみぞおちを突いた。
***
領主様と冒険者たちの出発を見送ったあと、僕とサクラは先生の家を訪ねてみる。
と、そっちのほうからガンガンゴンゴンと激しいDIY音がしてくる。何事かとひょっこり覗いてみると、
「――ジン氏、こんな感じでよろしいですか?」
「ああ、助かるよ」
「あのー……」
「おお、ポンのアニキじゃないですか。いらっしゃい」
「いらっしゃいじゃねえよ。アニキじゃねえよ」
出迎えたのは、頭にタオルを巻いた、ヴォカだ。
「なんでみんなと一緒に帰らなかったの?」
「嫌ですねえ、私はここに残るって言ったじゃないですか。サクラのアネキと義姉弟の盃を交わしたんですから」
「交わしてねえよ。おやつもらっただけだろ」
この男は僕が復帰するより早く自力で骨折を治し、人一倍働いて早くも村に馴染みつつある。やはりこのまま村に居座るつもりのようだ。
「まだまだありますからね、帝都から持ってきたコカトリスのササミの燻製。今後もいくらでも取り寄せますから、これからもぜひお手合わせを」
「ニャー」
「サクラ、ダメでしょ。戦闘狂が感染るでしょ」
「できればサクラーマンとやらもお目にかかりたいところですが……やはり無理そうですか?」
「まあね……何度か試してみたけど、やっぱダメっぽい」
僕の体力が回復したあと、村の外で【へんしん】を試してみたところ、従来のサクライダーにはなれてもサクラーマン(巨大化)は再現できなかった。あれはチユルとかいう秘薬の一時的な影響だっただけなのかのかもしれない。
かと言って、以前のサクラに戻ったわけでもないっぽい。ここ数日検証した感じでは、マナの量も魔法の質も以前より確実にレベルアップしている。潜在能力を引き出すという点は本当だったらしい。うちのネコがますます常識外れの方向に進んでいくのを、飼い主としては喜ぶべきなのかどうか。
「ともあれ――」とジン先生。「領都の冒険者たちへの口裏合わせの件も含めて、この男がここにいたほうが信憑性はあるだろう」
「あー、まあ……」
木の怪獣とサクラーマンの死闘の目撃者は、オネの村人を除けば彼ら領都の人々しかいなかった(幸運なことにちょうど外の客はゼロだった)。
ということで、サクラという存在を世間の目から隠蔽すべく情報操作。あの怪獣を倒したのは〝欠け耳の赤魔女〟と〝獣狩りの凶獣〟という元凄腕冒険者コンビということになった。御上に報告義務のある領主様もそれで納得してくれて大助かりだった。
「前にも言ったが、この男は大陸で五指に入る超手練だ。金貨万枚はたいても買えない最高級の番犬だと思えばいい」
「なにかと物騒ですしねえ。また大きなお祭りがあれば、ぜひ私も混ぜてもらいたいですから」
あんなのは二度とごめんだ、と口にするとフラグになりそうなのでやめておく。
「んで、なにしてたの?」
「ああ、物置小屋を解体してたんですよ」
「あっ、ほんとだ。小屋がなくなってる」
庭の隅にあった物置小屋が跡形もなく解体されている。中にあったガラクタは風呂敷の上に乱雑に広げられている。
「このとおり、私はまだ自由が利かんからな。通りかかったこの男に頼んだのさ」
先生は椅子に深々と腰かけている。膝の上にはリッキーがすやすや、そしてかたわらには松葉杖。まだ自力で歩けるまでは快復していないようだ。
「でも、なんで物置小屋を?」
せっかく家ともども無事だったのに、わざわざとり壊してしまうなんて。
「中身はほとんどガラクタで、それも実際は村のお宝を隠すカモフラージュでしかなかった。その役割も終わったことだし、いい機会だからと思ってな。そこにあるのはほとんど処分するつもりだから、ほしいものがあれば持っていっていいぞ」
とはいえ、腕のとれた人形やら欠けた湯呑やら、本当にガラクタばかりだ。サクラと遊べるものはないか、これなんか蹴りぐるみにいいかも。
「……先生」
「ん?」
「……結局、〝ウィドの鍵〟ってなんだったんですかね?」
ぎし、と先生は椅子の背にもたれかかる。
「お前が出会ったという女の言葉が事実だとしたら……あの巨人はウィドが封印した〝大精霊〟という存在であり、かつての世界の滅亡に関与した可能性がある。それこそがウィドが抱えていた罪であり、マ族はそれを知っていてヒュムやこの国への復讐のために利用しようとしたと……断片的な情報をつなぎ合わせるとそういうことになるようだ」
監視者、とあの女性は名乗っていた。ずっと僕とサクラを見守ってきたと。
「そんな歴史は耳にしたこともないし、あるいは〝大精霊〟だの〝ヌッコニャン〟だのという単語もな。全部その女の空想だと言われたほうがすっきりしそうなものだ」
「そんな感じじゃなかったですけど」
「まったく、世界というのは知れば知るほど新たな謎が湧いてくる。どうにかその女をとっ捕まえることはできんものか」
「もしかしたら今も、どこからか僕らを見張ってるかも……」
一瞬みんな黙りこくって周りを見回す。
「もしも本当に――」とヴォカ。「サクラのアネキに気づかれずにずっと監視を続けていたんだとしたら、隠形の使い手としては世界一でしょうね。特殊な魔法や道具とか、タネがなければ到底納得いかないレベルです」
ときどきサクラがなにもないところを見つめていたりして、「幽霊でもいるんか」という猫あるあるかと思っていたけど、案外あの女性の気配でも感じていたりするのだろうか。
(もう一度会ってみたい気がする)
結構、というかかなり可愛かった。それに……同じ赤髪だったせいか、なんだか他人とは思えない気もした。
「さて……お前はどうするんだ、ポン?」
「へ?」
「表向きの手柄は私とヴォカでもらってしまったが、ジジババどもは『村を救い、ウィドの無念を晴らしてくれた』とお前たちをエフネルの英雄に仕立て上げるつもりらしいぞ。ネコ教が森全体に広がるのも時間の問題かもな」
「いやいや……」
「それだけじゃない。野心も欲望もないお前だが、図らずも世界の謎の一端に触れてしまったわけだ。やはりお前たちは世界の核心と無関係ではいられないらしい」
「うーむ……」
「ポンよ、我が愛弟子よ。お前はこれからなにを求め、どのような道を歩む?」
とりあえず頭をぽりぽり掻きつつ、熟考。
「……野心ゼロってわけじゃないんですけどね、ほんとは」
「ほう、どんな野心だ?」
「いやその……ささやかなっていうか、今は内緒っていうか」
大人になったら先生を娶ってみせる、という告白はヴォカがこの場にいなかったとしても口に出せたかどうか。
「先生の言ってたこと、世界のほうが僕らをほっとかないって……悔しいけど若干骨身に沁みたっていうか。あのお姉さんも似たようなこと言ってたし」
――サクラが世界すら壊しうる真の怪物となったとき……お前はどんな未来を選択する?
まったく、先生にしてもあの女性にしても、僕らに望むものが大きすぎる気がする。期待の現れ、だとしてもそういうのは子供にとってプレッシャーなんですよ。中身アラフォーですけど。
「正直、そういうのに自分から首を突っ込みたいとは思わないですけど……今後もああいうことが僕らの周りで起こらないとも限らないし。だからせめて、魔法も身体もちゃんと鍛えて……せめてサクラの背中を守れるようにならないとなって、今僕にできるのはそれくらいなんで」
そして、前世の伝統芸能ジャパニーズお辞儀。
「だから、ジン先生……今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
先生は感心するでもなく、なんだか眉をひそめている。
「それはいい心がけ、だが……寝込んでる間に悪いものでも食ってないよな?」
「まあ、サクラと遊ぶ時間優先ですけど」
「ニャー」
「知ってた」
日も暮れて、僕らは家路につく。
「はー、今日もたくさん働いたなー(主にサクラが)」
『ごはん、うまいやつ』
「御意。好きなやついっぱい出してもらおうな」
振り返ると、再建した家々の窓がぽうっと点っている。どこのうちも夕食の準備が始まる頃だ。
(守ったのは、一番がんばったのは、サクラだ)
だけど僕だって、謙遜を抜きにして、こっそり胸を張っていいくらいにはがんばった。先生たちもみんなもそう認めてくれている。
(英雄とか)
(世界を救うとか)
この世界に転生して、最初の頃はぶっちゃけそういうのに憧れたこともあったけど、魔法の才能がないことがわかって早々に諦めた夢だった。
でも、今は――。
『ごはん食べたら、もふもふとかいかい』
「御意。喜んで」
そういうことだ。僕にはもっと大事なものがある。
サクラと僕と、この村のみんなと、この日常を守れれば――。
とりあえず今は、それ以上のものはなにもない。
ついでに余裕があれば、この世界の諸々を満喫してみよう。無理のない範囲で、サクラの気まぐれなペースに合わせて。
きっと僕らには、それくらいがちょうどいい。
お嬢様誘拐編、完結です。お付き合いいただきありがとうございました。
このあともう少し続く予定ですが、投稿までにちょっとお時間をいただくと思います。今しばらくお待ちください。
ここまでの感想や評価などをいただけると助かります。今後の参考にさせていただきます。
また、拙作「迷宮メトロ」の漫画版の最新話もファイアクロスにて公開中ですので、そちらもよろしくお願いいたします。




