29:真相
「……どうして……お父様が……?」
みすぼらしい身なりながら、顔立ちや佇まいに染みついた「貴族っぽさ」は全然隠せていない。白いものが混じった黒髪を掻き上げる仕草も同様だ。
間違いない。ヤーディア領主辺境伯ビタ・アラビカ、カルアの父親だ。
「それより大丈夫か、カルア?」
カルア自身というより介抱しているジンに尋ねているようだった。
「典型的なマナの過剰使用の症状です。麗しき令嬢にあるまじき形相になっていますが、二・三日も寝ていれば元気になるでしょう」
「そうか……よかった」
父はふうっと胸を撫で下ろし、ハンカチでカルアの顔を拭う。理解の追いつかないカルアはされるがままだ。
「ああ、説明しないとな」と父。「結論から言うと、今回の誘拐劇はすべて我々が仕組んだ狂言、すなわち茶番だ。彼らも私が雇った、ボガードの後輩の冒険者たちだ」
「「「どもーっす」」」
一斉に目出し帽を脱いで挨拶する誘拐犯たち。素顔は普通の気のよさそうな男たちだ。
「ちなみにオネの大人も何人かは承知済みだ」とジン。
「……え、いえ、なんで……?」
(全部、嘘だった?)
誘拐も監禁も、さっきの戦いも?
「すいませんでした、お嬢様。俺らも途中から楽しくなっちゃって、ついやりすぎちゃって……」
「それを言ったら私だってそうだ。バレないように後ろでガヤ担当だけしていたが、盛り上がりすぎて止めるタイミングを見失ってしまって……」
ボガードと父が申し訳なさそうに頭を下げる。
「……試す……?」
「古来から隷魔契約者の間でよく用いられてきた手法だ」
ジンが口を挟む。
「病に倒れたり悪漢に襲われるふりをして、隷魔がどう反応するかというアレだ。隷魔の忠誠心や絆の強さを見定めるための、意地の悪い慣習さ。さすがにこんな大がかりなのは私も初めてだがな」
「先月、ジン殿から魔導通信で『お前とミゲールの絆に危機的なひびが生じている』と報せを受けてな。どうしたものかと思慮していると、カーシャが提案してきたんだ。ここは一つ、大人たちで力を合わせ、お前たちの絆と覚悟を試す試練を用意してみてはどうかと」
「カーシャが……」
あのおっとりした女が、よくもこんな無茶苦茶なアイデアを。
「ミゲールが攫われたお前を救いに来なかった場合、あるいは救いに来たミゲールをお前が拒んだ場合……私はお前たちに〝破契の儀〟を施すつもりだった」
「そんな――」
「互いに思いやれぬ絆など、外せぬ鎖に等しいものだ。隷魔との繋がりを絶った上で、貴族らしい人生を送らせようと思った。お前はそれを望まぬかもしれんが、それでもお前の幸せのために、私のすべてを懸けて背負うつもりだった」
「……私は……」
「言わずともわかっている。お前は……冒険者になりたいのだろう?」
カルアは息を呑む。気づいていたのか。
「でも、お祖父様のお部屋で……ミゲールと別れさせて、私に後を継がせると……」
「ん……? ああ、もう何年も前の話だが、お前も聞いていたのか。確かに先代とはそれでバチバチにやり合ったな。最終的には私に一任してもらうことで落着したが」
思い返してみると、確かにあのときは祖父の言葉だけを聞いてその場を離れてしまった。父もそれに同意しているものと勝手に思い込んでいた。
「お前が己の夢とアラビカ家の宿命の間で葛藤していたのは知っていた。私は……お前にはお前の望む道を歩んでほしいと思っている。それがココアから託された遺言だったからな」
「……お母様の、遺言……」
カルアが目を見開くと、父は照れくさそうに苦笑する。
「ともあれ……こんな大茶番劇のために大枚をはたいて冒険者を雇い、滞在先の村人たちまで巻き込んで。ジン殿には親馬鹿極まれリと苦笑されたものだが――……娘はどうだったろうか、ボガード、ジン殿?」
話を振られた二人が一瞬顔を見合わせ、苦笑する。
「いやあ、どうって……旦那様も身をもって味わったでしょ? あんなすげえのは初めて見ましたよ。あのまま続けてたらこっちは一網打尽でしたよ」
「【風泳】と【石錐】の連携魔法という荒業、私もお目にかかったのは初めてです。風使いの乱暴さはともかく、出力はうちのリッキー以上でした。ご息女の才能を疑う余地はありませんよ」
「免許皆伝ダー! クェエー!」
――カルアとしても初めてだ、こんなに嬉しそうな父の顔を見るのは。
それも一瞬で逸らされ、ごほんと咳払いで消えてしまう。
「――だそうだ。まあ、それも踏まえてどう生きるかを決めるのはお前とミゲールだ。私は……一人の父親として、その背中を押すだけだよ」
ポロ、とカルアの目から涙がこぼれる。
「……お父様……」
「ああ」
「お父様、私……お母様みたいな冒険者になりたい」
「ああ」
ベロン、と顔を舐められる。心配そうに覗き込むミゲールの首を、カルアはぎゅっと抱きしめる。
「ミゲールと一緒に……冒険者になる。この子は私が守るから」
まだ仔犬だった頃。毛は細くて身体は柔らかくて、よちよちと頼りなく歩く姿は宝物のようだった。
あの頃に抱いた誓いを、今ここに。
今度こそ揺らぐことなく、いつまでも守りとおせるように。
「ウォフッ、ウォフッ!」
本当に仔犬の頃に戻ったかのようなベロベロおかわり攻勢。たちまちカルアの顔中唾液まみれになる。
『ミゲール、ずっと一緒! カルアと一緒! ハフハフ!』
『わかったから落ち着いて。顔溶けちゃう』
「ふっ、隷魔を守る主か。普通は逆ではないか?」
「絆のありかたは千差万別ですよ、領主殿。ともあれこちらについては、丸く収まったようでなによりです」
(こちら?)
あ、とカルアはジンを見上げる。
「先生……そういえば、ポンは?」
ポンたちはキョウジュウが食い止めている――ボガードがそんなことを言っていた。その言葉どおりなら、ポンとサクラはここに向かう途中でそいつに足止めをされているということだ。
「全部嘘だったってことは……ポンとサクラも無事なんですよね?」
ジンはすぐには答えず、すっと顔を上げ、遠くを見るように目を細めた。
「――では、見届けに行こうか。もう一つの、あいつらの試練の結末を」
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