22:陰謀
「なにすんのよ! 痛いじゃないの!」
「うるせえ! 顔殴ったら炎上しそうだからボディーにしてやったんだよ!」
「私を誰だと思ってんの!? ヤーディア領主辺境伯アラビカの令嬢よ!」
「都合いいときだけお嬢様ぶるんじゃねえ! お嬢様は『ぐげぇっ!』とか言わねえ!」
「てか意味わかんない! 冒険者が強い隷魔を求めてなにが悪いの!?」
「冒険者とか関係ねえ! てめえにペットを飼う資格はねえ!」
「――おい、なにを騒いでる?」
いつの間にか先生が背後にいる。そしてその後ろから走ってくる影――ミゲールだ。
「ミゲ――わっ」
巨体をねじ込むようにして、僕とカルアの間にぐりぐりと割り込む。
「グゥ……グルル……」
そして、カルアを守るように、僕を睨みつける。
(なんでだよ)
隷魔ならさっきの会話も理解できるだろうに。自分を売ろうとした主だぞ、なんで庇ってるんだよ。
「なにがあったか知らんが、とりあえずこの付近にスライムはもういないようだ。我々の仕事は終わりだ、続きは村でやれ」
「……お見苦しいところをお見せして、お恥ずかしい限りです。隷魔とのありかたについて少し議論が白熱してしまいまして……ポンくん、ごめんね?」
有無を言わさぬお嬢様スマイル(圧)。ブチギレモードの僕なので今さらそんなのに怯みはしないものの、立ちはだかるミゲールを前にして、それ以上なにも言えなくなる。
***
「――大変興味深い仕事ですね。金額も悪くない」
帝国西方、ヤーディア領最大の都市である領都ヤード。その場末の酒場の片隅に、二人の男がテーブルを挟んでいた。
一人はヒュムの、白髪を丸刈りにした男。肌は浅黒く、薄い肌着の下に筋骨隆々の肉体を湛え、身体中あちこちに血のように赤い刺青が施されている。丁寧で理知的な口調とは裏腹に、野性的で威圧感のある風体だ。
もう一人もヒュムだ――フードを目深にかぶった男。その顔は向かい合っている刺青の男にしか見えない。
「あんたを雇えるならそれでも安いもんさ、〝獣狩りの凶獣〟ヴォカさん」
刺青の男――ヴォカの前には、琥珀色の酒の入ったグラスが十個も並んでいる。その一つを手にとって呷った。喉の灼けるような感触にふうっと深く息をつく。
「名だけで稼ごうというほど怠け者ではないつもりです。で、私はなにをすれば?」
「ターゲットのお嬢様は、今はわけあって領都の外にいる。オネっていうエフ族の村だ。よそ者がおいそれと入れる場所じゃねえが、手は打ってある。掻っ攫うのは俺の仕事だ」
「エフ族の村、ですか。これはまた物好きなことで」
巷でエフ族の姿を目にする機会はめったにない。ヴォカにしても一度だけ帝都の市場で露天商をしているエフの男を見たことがある程度だ。
「あんたには、もう一方のターゲットのほうを頼みてえ」
「もう一方?」
「〝欠け耳の赤魔女〟って聞いたことあるかい?」
「多少は。私とは世代が違いますけどね」
帝都の冒険者ギルドにおいて史上初の「エフ族の冒険者」だ。もっとも彼女は十年以上前に引退したという話で、ヴォカも直接お目にかかったことはない。
「あんたにやってもらいてえのは、その魔女の弟子、ヒュムのガキだ」
「弟子? エフの魔女がヒュムの子供を弟子に?」
「名前はポン=シュ。お嬢様と同年代で、強力な隷魔を飼ってやがる。お嬢様を攫うとなりゃあ、必ずそいつが邪魔をしてくる。あんたにはそいつを抑えてもらいてえのさ」
「強力な隷魔……いささか疑問なのですが、邪魔になるなら最初から――」
「言いてえことはわかる。だけどそれが依頼主様のご意向なんだ。こまけえ事情はあとでその御方から直接聞いてもらえると助かる」
ヴォカは口元に手を当ててしばらく考え込んだ。
「……抑えるというのは、戦うということでよろしいので?」
「ああ、そんじょそこらのやつには頼めねえ難題だ。なんせそいつ、村を襲った暗黒大陸の魔物を倒したって話だからな」
と、ヴォカの顔から笑みが消えた。
「暗黒大陸の……冗談でしょう?」
人類の歴史の絶えた地、この大陸よりも強力な未知の魔物がゴロゴロいると言われる暗黒大陸。ヴォカもいつか行ってみたいと思っているが、そちらの魔物がこちら側に出たという話は聞いたことがない。
「いや、嘘じゃねえ。巷にゃ出回ってねえが、極秘にここの領主の耳にも入ってる。〝欠け耳の赤魔女〟を倒した魔物を、その弟子のガキの隷魔が倒したってな」
ヴォカは椅子にもたれ、腕を組んで男を睨みつけた。その視線には殺気めいたものさえ混じっていて、男は居心地が悪そうにわずかに身じろぎした。
「……その隷魔、どんな獣ですか?」
「名前は〝サクラ〟、小型の四足獣だ。ネコっていうそうだが、俺もあの村で見たのが初めてだ。ぱっと見ただの愛玩動物なんだが……あそこの村人は守り神みてえにそいつを崇めてる」
「ネコの、サクラ……私も初耳です。未知の獣ですか」
「師匠(魔女)の見立てだが、討伐レート換算で7以上だそうだ」
「7以上……ドラゴン並みの大物じゃないですか」
レート7以上の隷魔――ヴォカとしてはほんの数例しか知らない。全ギルドの頂点に立つ冒険者〝竜たらし〟の隷魔、神聖竜が最高位のレート9だ。
さすがにそれに匹敵するとは思えないが、それほどの怪物がどこの馬の骨とも知らないヒュムの少年に飼われているというのは……正直にわかには信じがたい。
「いろいろうさんくせえと思うのも当然だが、ここまでの話、精霊様に誓って嘘はねえ。詳しいことは依頼主から聞いてくれ、そうすりゃあんたも信じると思うぜ」
ヴォカは二つ目のグラスを口につけ、一息に飲み込んだ。
「……いいでしょう、ボガード氏。冒険者としては資格停止中の身ですが、こんな私でよければ力をお貸ししますよ」
フードの男――ボガードは、普段カルアには見せることのない、下卑た笑みを浮かべてみせた。
「ありがてえ! それでこそ帝国最強の狩人さんだ!」
「最強かどうかはわかりませんが……少なくとも、飽きるほど仕留めてきましたから、レート7程度はね」
ヴォカは人差し指でテーブルをトンッと叩いた。
するとグラスの中の液体が、ぷるぷるとグラスの形を保ったまま、二人の顔の高さまで浮かび上がっていく。
八つの液体が形を変えていく。先の尖った円錐形へと。
そして、ヴォカが人差し指を振るうと、八つの琥珀色の錐がまっすぐ線を引くように飛んでいく。
ダーツゲームで盛り上がっていた若者たちをすり抜け、カカカッ! と的に突き刺さる。すべて的の中心に、花びらを模したように。
そして、パシャッと崩れて元の液体に戻った。
「――ふふっ。せいぜい楽しませてもらいましょうか、サクラとやら」




