20:スライム巨大化定期
本日投稿分1/2です。
このあと22時頃にもう一話投稿します。
この二年間、あのトロール退治を皮切りに、村周辺で悪さをする魔物の討伐をさんざん手伝わされてきた。
ぶっちゃけ僕としては、いつになっても気乗りしていない。サクラが傷ついたりしないかとハラハラさせられっぱなしだ。
けれどそんな飼い主の心配をよそに、サクラ自身は「狩り」に興じることを素直に楽しんでいる。まるで野生の本能を開放するかのように。
「フシャーッ!」
獲物を目の前にすると現れる、前世のぐうたらでビビリな〝さくら〟とは真逆の、猛々しく荒ぶる〝サクラ〟の顔。
こうなった彼女の手綱を引くのは至難の業だ。なにせ僕の動体視力では追いつかない速度で動くうえ、興奮しすぎると制止する声も届かなくなってしまうからだ。
「フシュッ!」
蛇のように伸びてうねりながら、あるいは兎のように丸まって飛び跳ねながら、スライムの群れがサクラめがけて襲いかかる。
「ニャッ!」
猫科特有の機敏なステップでかいくぐり、光の爪を一閃。液体生物が飛沫をあげてただの泥水に戻っていく。
「スライムのような不定形なマナ生物は、物理的な攻撃では倒しにくい。故に狩人たちも手を焼くが、魔法でやつらのマナごと散らしてやればあのとおりだ。我々にお鉢が回ってきた理由がわかっただろう?」
解説する先生のほうにもスライムは寄っていく。リッキーの突風がそれらを蹴散らす。カルアも手をかざして魔法での迎撃の態勢をとり、かたやミゲールは彼女の腰に頭をぐりぐりこすりつけている
(後ろに隠れているようだ)。
サクラのほうはというと、もう完全に無双状態に入っている。
スピードが違いすぎる。スライムたちの攻撃はサクラの髭をかすめることすらできない。
群がるやつらを千切っては投げ千切っては投げ。爪に光のマナをまとう魔法【ザシュザシュ】と尻尾を光の鞭と化す【ブンブン】の前に、スライムたちはパシャッパシャッと次々に弾けて消えていく。
「サクラ、上!」
枝の上からもスライムが降ってくる。覆いかぶさって飲み込もうという奇襲、けれど僕が声をかけずともサクラは感づいている。ひらりと身を躱してジャンピング猫パンチ。
――〝異世界〟というフィルターを外して見れば、「ショッピングモールとかの地面から出てくるタイプの噴水にダイナミックにじゃれつく猫」という微笑ましい光景に映ることだろう。
しかしながら、今この場所この時間は、まぎれもない現実。
目の前で繰り広げられているのは命がけの戦い、強者による一方的な蹂躙なのだ。
「――! サクラっ!」
ぴくっと耳を動かしたサクラが、飛ぶような勢いで僕の足元まで戻ってくる。
彼女も気づいたようだ。異変に。
「……なんだ……?」
周辺のスライムが逃げるように這っていく。
そして沼の中に身を投げ、解けて消えていく。
沼が、その水面が、餅のようにぷくっと膨らみはじめる。
ざざざ……と、その中心に向かって水が逆流し、膨張はさらに加速していく。
「ほう、これはこれは……」
顎に手を当てて見上げる先生の横顔は、どこか笑っているようにも見える。
そして――膨らみが十メートル近くにまで達する。
「……ォォ……ォォォ……」
海風の唸りのような、腹に響く声が、そいつから発せられる。
それは、巨大なスライムだ。海坊主が実在したらこんな感じだろうか。
「ォォォ……ォォォォォッ……!」
「矮小なスライムどもが合体して、これほど巨大な姿にか……興味深い」
「やっぱこれ……スライムかよ……」
王冠はないし八匹どころのサイズ感でもない。
ボコッと頭部? に穴のようなものが生じ、そこがぐるぐると渦を巻き、
「え――ぐえっ!」
首にサクラの尻尾が巻きついて僕の身体を引っ張る。
僕が地面に横倒しになるのと同時に、僕の立っていた場所がバシュッ! と弾け飛ぶ。
「マジかっ!」
水を圧縮して砲弾のように発射したのか。漫画じゃあるまいし。
などと内心文句を言っているうちに、巨大スライムの身体に先ほどの渦のような発射口がいくつも生じる。これはヤバい。
「せっ、先生!」
「うむっ!」
先生がカルアを抱えるようにして僕らのそばに駆け寄る。もう泣きそうな顔のミゲールも。
「サクラっ! 【バリア】!」
「ニャッ!」
ぶぅん、と僕らの前に半透明の壁が生じる。そこにバシュッ! と水の砲弾が直撃。
「きゃっ!」「ギャフッ!」とカルアミゲールの悲鳴、バシュッ! バシュッ! と水が続けて弾ける。
けれど【バリア】――光の障壁はびくともしない。肉球模様をちりばめたオシャレ仕様は伊達ではない。
「ちょっと! なんなのよこれ! だいじょぶなの!?」
「キャンッ! キャオーン!」
「ああ、そうだな」
代わりに答えたのは先生だ。
「サクラを見てみろ」
バリアが被弾を続け、一同の視線が集まる中、サクラは呑気に顔を洗っている。この程度の攻撃でバリアが破られるはずがないとわかっているのだ。
「ポン、終わらせろ」
『サクラ、僕がやる?』
『やだ。あれ嫌い』
『わかった。じゃあ【ニャン砲】』
『おけ』
サクラは返事の代わりに四足で座り直し、かぱっと口を大きく開く。
「ニャー……」
その口の前に、光の粒子が集まっていく。
「ニャー!」
一撃だった。
白色のレーザーが放たれ、巨大スライムの頭を貫通する。
雷鳴にも似たけたたましい爆音とともに、水の巨体が爆散する。ぱたぱたと濁った雨があたりに降りそそぐ。
それで、勝負は決着した。
「……凄まじいな、いつ見ても」
苦笑いする先生。ワンチャン再生したりしないかと僕もあたりを窺うけど、水面はしばらくうねったあと、波紋を残して元の静けさをとり戻した。
「ふう……お疲れ、サクラ」
「ニャー」
振り返った僕の目に映ったのは、ぷるぷるっともう一つの水たまりをつくるミゲールの姿だった。




