13:ペロペロ
本日2話投稿分1/2です。
このあともう1話投稿します。
※煮干しあげるシーンを加筆修正しました。
診療所の診察台に、女性が横たわっている。
「うわあ……」
思わず声が漏れてしまった。彼女は身体中あちこち刺されて黒い染みに覆われている。
「「マギ!」」
診察台にかじりつくように叫ぶ、ガジさんとカクさん。
返事はない。ぐったりとして浅い呼吸を繰り返すだけだ。二人の狼狽ぶりからして、この女性が二人の幼馴染の魔導技師のようだ。
「マギさんは……子供を庇って刺されたらしい。こんな優しい人が、なんと痛ましいことか……」
「おい、あんた医者だろ!? なんとかしてくれよ!」
「治るよな!? 治るって言ってくれ!」
白い割烹着のようなものを着た初老の男性は(この診療所の主だろう)、険しい表情でうつむいてしまう。
「申し訳ないが……儂はこのような症状の治療法を知らん……」
「そんな……ジン!」
「ノロイバチの呪毒に、解毒剤はないと言われています。教団の〝奇跡司祭〟のような治療魔法の使い手に頼るか、対症療法としてピリコの実やモズササの葉などの体内マナの調整効果のある薬を与えて自然回復を待つしかない。刺された箇所が一つや二つであれば、それでどうにかなるはずですが……」
マギさんの刺傷は、目に見えるだけで五箇所はある。
ガジさんが膝から崩れ落ち、カクさんも拳を握りしめて背中を震わせる。
(なんとかできないか)
僕は腕の中でおとなしくしているサクラに視線を落とす。
(サクラなら)
このチート猫の能力で、最近一つ判明したものがある。まだ具体的には検証していないけど、もしかしたら――。
(でも、効果がなかったら……)
『なあサクラ、サク……ん?』
彼女の視線は、さっきから僕の隣りにある診療室の机に注がれている。そこに小皿があり、小さなスティック状のものが盛られている。
それがなんなのか理解して、僕も思わずぎょっとする。
(……煮干しだ)
カラカラに乾いた小魚だ。間違いない、前世のさくらの好物だった煮干し。まさかこの世界で、というか樹海のど真ん中でお目にかかるとは。
「あの、すいません」
その場の視線が僕に集中する。
「そこにあるのって、なんですか?」
「は?」
お医者さんにこいつはなにを言っているんだという顔をされる。
「いえ、大事なことなんで」
「あ、ああ……儂のおやつだよ、村のもんがお裾分けしてくれたんだ。近くの池で養殖しているキァゴの稚魚を煮て乾燥させたものだよ」
キァゴというのは森に生息する川魚だ。村人が川で釣ったものをよくお裾分けしてもらっている。サクラの大好物の一つだ。
「お宅の村でそんなことをしてたのか。初耳だな」と先生。
「最近始めたばかりだよ。湾岸都市の商人さんと仲よくなって教えてもらったとかで」
「……それ、一ついただいてもいいでしょうか?」
またも「は?」の顔をするお医者さん。
「あ、いや、うちのサクラがお腹空いたって、ちょっと蜂退治に魔法使いすぎたみたいで」
「あ、ああ……じゃあ、好きにしてくれ」
「じゃあその前にちょっと……」
一つ手にとって(くれくれとしがみつくサクラを抑えて)味見してみる。
「……うん、うまいかも」
塩っ気はかなり薄い、たぶん無塩煮干しだ。その分ちょっぴり魚くささは残っているものの、苦味と食感がいい感じ。これなら少しサクラにあげてもよさそうだ。
「食べていいって、サクラ」
そう言うやいなや、ニャン法腕抜けの術でしゅるんと脱出し、一目散に小皿にかじりつく。
「あ、ちょっと食べすぎは……」
『うみゃうみゃ! うみゃみゃ!』
「こら、ダメ……すげえ力……!」
一度夢中になったら梃子でも動かない。この小さな身体が巨岩のような重さだ。
普通の猫に煮干しを与える場合、猫用煮干しでも塩分やミネラルの過剰摂取を考慮して一日に数本までと言われている。神獣サクラはというと今のところなにを食べても不調になったりしないので、僕も普段は多少大目に見てはいるものの、
「はい、終わりね! おしまい!」
念のためここらで小皿をとりあげておく。みんなが押し黙る中、ボリボリシャクシャクという咀嚼音だけがしばらく響く。
「それで、なんですけど……一つ試してみてもいいですか?」
「ん、試す?」
「サクラならマギさん、助けられる、かも……?」
「ほんとか、ポン!?」
「やってくれ! 頼む、マギを助けてくれ!」
ガジカクコンビの食いつきの圧がすごい。
「ポンよ、どういうことだ?」とジン先生。
「あ、いや……こないだちょっと似たようなことがあって、うまくいく保証とか全然ないんですけど……」
これでダメだったら相当ガッカリされるかもしれない。
でも、なにもしないよりはマシなはずだ。命を救えるかもしれないのだから。
ジン先生が顎に手を当てて熟考している。僕をじっと睨み、そしてうなずく。
「やってみろ、ポン」
「あ、はい……サクラ」
「ニャー」
煮干しを食べ終わったサクラがこちらに顔を上げる。念話がなくても表情でご満悦なのはよくわかる。この世界の煮干しもお気に召したようだ。
『この人の傷、ペロペロしてあげてくれない?』
『おけ』
ご機嫌なのであっさり了承。ひょいっと診察台に上がり、マギさんの傷口に顔を近づけ、くんくんとにおいを嗅ぐ。
『へんなにおいする』
『だいじょぶ?』
『たぶん』
ピンクの舌先が傷口をペロペロと舐める。マギさんがほんのわずかに身じろぎする。すると――
「おお、おおお……!」
「なんと……!」
職人コンビが手を握り合って見守る前で、その傷口が仄かに発光しながら、じわじわと塞がっていく。同時に、その周辺を覆っていた黒い染みがすうっと溶けるように消えていく。
「すげえ! 治ってやがる!」
「これは……奇跡か……!?」
一つまた一つと傷口が塞がり、染みが消えていくと、彼女の顔色や呼吸も徐々に正常に戻っていく。
「……ポンよ、これはどういうことだ……?」
これまでもサクラのぶっとんだ力を目にしてきた先生でさえ、驚きを通り越して半笑いになっている。
「こないだ父がウシヘビに噛まれて帰ってきたんですけど、リンゴみたいにぶくっと足を腫らして。痛い痛いって喚いてたけど、サクラがペロペロしたら腫れも傷もみるみる治っちゃって」
僕自身思い返してみると、慣れっこすぎて特に気にしていなかった引っ掻き傷も、サクラのペロペロをもらっているうちにいつの間にか消えていたりした。
つまり、サクラのペロペロには傷を治したり毒素を浄化したりする効果があるのだ。ネコのペロペロは世界を救う。
「我が弟子よ、私は聞いてないぞ」
「すいません、コタツの件でなんか忘れちゃってて。未検証だったんでひょっとしてってレベルだったんですけど……」
先生の話のとおりなら、ノロイバチの呪毒はかなり強いものなのだろう。サクラのペロペロでどこまで癒せるものかと思っていたけど、まさか瞬殺とは。ペロペロすげえ。
「……まったく。とんでもないな、お前の隷魔――ネコとやらは」
「う、ううん……」
マギさんが、ゆっくりと目を開ける。
「おい、マギ!」
「私はここにいるぞ!」
その震える手が持ち上がる。
二人が我先にと彼女の手をとろうとする。
――が、
「……なにこの子、すっごい可愛い……」
マギさんの手は二人を無視して、サクラの背中をナデナデした。
サクラの舌と機嫌を考慮して、重傷者のみサクラのペロペロで治すことになる。それ以外の症状の軽い人は先生とお医者さんで治療していく。
すべての処置が終わった頃には夕暮れ時になっていた。村は安堵と歓喜に湧き、あるいは互いに抱き合って涙を流している。
「なあ、ポンよ」と先生。「一つ予言していいか?」
「拝聴します」
「近いうちにこの村にサクラの像が立つぞ」
「冗談に聞こえないんですけど」
尊敬と畏怖と憧憬の眼差しでサクラをとり囲み、まるで神へのお供え物のように煮干しを献上する村人たち。
こうしてトワウの村は、この世界で初めてネコを布教された村となった。




