12:ノロイバチ
本日2話投稿分2/2です。
『サクラ、だいじょぶ!? 痛いとこない!?』
見えない階段を降りるようにして戻ってきたサクラを、怪我をしていないかどこか刺されていないかと隅から隅まで触診する。
『だいじょぶ。いっぱいピカッってやって、気持ちよかった』
まだ遊び足りないという感じの呑気な声だ。
――焦った、心臓が止まるかと思った。
サクラのバリアは、検証テストでジン先生とリッキーの最強技さえ容易く防いだ超装甲だ。巨大蜂の針なんかでやられるわけがないのはわかっていた。
わかっていたけれど……あのおぞましい蜂団子攻撃に、肝が冷えたのも事実だ。
ひとまず目視で全身チェックしてみて、かすり傷もなさそうだ。尻尾をめくってお尻を覗いたら尻尾でビンタされる。女の子らしく「お尻の穴覗きNG」なのは前世から変わらない。
「まだ生き残りがいるかもしれん! 油断するなよ!」
「手が空いてるやつは火を消して回れ! 負傷者は診療所へ!」
村人たちがいっそう慌ただしく動きはじめる中、何人かが僕らのほうに駆け寄ってくる。
「誰かと思えば、オネのガジとカクじゃねえか」
「応援に来てくれたのか? 助かったよ」
「いやー、俺らは通りすがりっつーか……」とガジさん。
「たまたまこの村に用事があっただけというか……」とカクさん。
「……で、その魔物は……お前さんの隷魔か……?」
当然、一同の視線が僕とサクラに注がれる。僕が返答に困って「あー」「えっとー」などと言っていると、背後からけたたましい蹄の音が迫ってくる。
ブォンッ! と突風が唸りをあげて僕らを打ちつける。そしてそれに乗って飛ぶように、巨大な影が僕らの目の前に滑り込んでくる。
「じっ、ジン先生っ!?」
黒毛の馬に乗ったジン先生だ。もちろんリッキーも。
「……おい、どうなってる? なぜお前らがここに?」
「おう、ジンじゃねえか」とガジさん。
「君こそどうしてここに?」とカクさん
馴染みの顔と、事態が収拾しつつある現場を見回して、ますます困惑の表情になる先生。
「いや、私は……この村から『未知の魔物の襲撃を受けている』と救援の要請があって、早馬とリッキーの魔法でかっ飛ばしてきたんですよ」
「翔ブガ如ク! 翔ブガ如ク! クェエー!」
魔導通信でオネの村にSOSを送っていたのか。誰かが「応援が来るまで」と言っていたのもそれか。
「おお、ジンさん!」
「よく来てくださった!」
村人が、馬から降りた先生のところに集まっていく。
「状況は?」とジン先生。
「こいつら、いきなり現れて襲ってきやがったんだ。村のもん総出で応戦したが……」
「一匹一匹はそれほど強くもなかったけど、なんせうじゃうじゃいやがったもんだからな……」
「ジン先生や他の村のやつらが来てくれるまではって必死に食い止めてたんだが……いよいよやべえってときに、その子と隷魔が……」
再び視線がサクラへと集まる。当の本人は蜂の体液で身体が汚れたのでペロペロ毛づくろい中。
「ああ、その子は私の弟子です」
「俺の弟子でもある」
「いや、私のだ」
ハテナ顔の先生と睨み合うガジさんカクさん。場が混乱するので師匠ハーレムはあとにしてほしい。
「ああ、この子がオネのヒュムの子か……」
「こんな隷魔、初めて見るな……」
「つまり――」と先生。「うちの弟子の隷魔――サクラが襲撃者を片づけた、ということでよろしいですか?」
「あ、ああ……ほんとにありがとう、君」
「君のおかげで村が救われたよ。なんとお礼を言ったらいいか……」
深々と頭を下げられ、ちょっと照れる。
「いえ、がんばったのはサクラだし、サクラも怪我なかったし……」
「ニャー」
先生が足元に転がる蜂の頭をひょいと手にとり、品定めするみたいにあちこちの角度から眺める。
「ふむ……ノロイバチ、かな」
「呪い蜂?」
「なんか物騒な名前だな」
先生がはっと顔を上げ、鋭い目であたりを窺う。
「女王蜂! 女王蜂を討たなければ――」
「女王蜂、ですか?」と村人。
「ノロイバチは親玉の女王蜂を頂点として群れを形成します。女王蜂はその統率者にして生殖虫、雄は不要で餌さえあれば無限に子供を産み続けます」
一同がさっと青ざめる。
「元を断たねば、再び増殖して襲撃されるかもしれない。女王蜂をさがしましょう、通常の兵隊蜂より倍は大きい個体です」
「おい! 急いでさがすぞ! 動けるやつを集めろ!」
僕は先生の肩をちょいちょいとつつく。首をかしげる先生を連れてうろうろと歩き、
「あ、あった。これだこれ」
拾い上げたのは、通常のやつより倍は大きい蜂の頭だ。
「サイズ的にこれですかね、先生?」
「……こいつは……」
「サクラがやりました、例によって」
サクラを囲った兵隊蜂の蜂球。そのすぐそばに、巨大な蜂が飛んでいたのが見えた。今思えばそれが女王蜂だったのだ。そいつが指揮をしてサクラを襲ったのだ。そしてサクラが光をぶっぱしたとき、蜂球と一緒に粉々になったと。
先生はふうっと息をつき、やれやれという風に頭を振る。
「間違いないだろう、こいつが女王蜂だ。これでもう増援の心配はない」
村人たちが喝采をあげ、あるいはほっと胸を撫で下ろす。
「……でも、まだ終わりじゃない」
しかし、先生の声と表情はかたいままだ。
「一刻も早く負傷者の収容を。治療を始めなければ、手遅れになるかもしれない」
***
負傷者は重軽傷合わせて三十名ほどに上った。トワウの村唯一診療所には収容しきれず、村長宅や他の家に分けて運ばれることになる。僕らも歩けない人に肩を貸したりする。
「ノロイバチは本来――」と先生。「このエフネルの森には存在しない種だ。女王蜂が偶然この地へと流れ着き、魔物や獣を糧に人知れず数を増やし、そして人間というマナの豊富な餌へと手を伸ばした。ここで食い止められたことは僥倖だったのかもしれないな」
「ええ、幸いにも死者はありませんでした。しかし……見てのとおり、負傷者の具合は……」
ベッドに横たわる負傷者の容態を前に、村長はそれ以上の言葉が続かない。
杭でも打たれたような深々とした大きな刺傷……見ていて痛々しいけど出血はほぼ止まっている。それより異常なのは、その周辺――まるで死神の手に掴まれたみたいに、真っ黒な染みがまだらに広がっている。
「先生、これって、毒……?」
「毒には違いないが、冒険者や聖陽教団の間では〝呪い〟あるいは〝呪毒〟と称されることもある。やつらの名前の由来だ」
負傷者は苦痛に呻き、それ以上に衰弱が激しい。水差しを口に向けてもほとんど飲み込めない。
「生体由来の毒とは異なる、体内のマナの流れを阻害する魔法の毒だ。感染者に激痛を与えつつ体力を急速に奪い、やがて死に至らしめる。まさに呪いと呼ぶにふさわしい、おぞましくも強力な毒だ。ノロイバチはこの呪いで獲物を生きたまま巣へ運び、幼虫へ与える餌とする」
「そんな!」
「ジンさん、なんとかならんのか!?」
「いえ、あくまでそれは最悪の場合です。ただ――」
「そっ、村長っ!」
若い村人が慌てた様子で駆け込んでくる。
「マギさんが、マギさんが!」
「「なんだとっ!?」」
声を重ねたのはガジさんとカクさんだった。




