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1-98 春の宴 その34 二人の距離 凛と春花①

 (まい)柱基(よしき)が席を立ったあと、天木(あまぎ)家の座では変わらず宴会が続いていた。

 (りん)(あかね)の姉の(らん)が作ったスッゴイお弁当を食べながら、梨香(りか)真姫(まき)美姫(みき)と雑談に興じていた。一見するといつも通りである。

 凛のそばで同じようにお弁当をつまんでいた春花(はるか)は、そんな彼女の顔、ではなく、膝元を見た。

 すると、突然座を飛び出した舞を、兄の柱基が追いかけて行ったあとから、凛はずっと正座していることに気付く。

 春花は右手で持った箸の先をくわえながら、左手を自分の左頬に当て、少し首を左へ傾げた。

「フ、ム……」

 しばらく思案したあと、口の端だけを「エへ」と緩めると、心の中で一人悦に入る。

(やっぱり凛お姉ちゃんもオトメなのよねェ~)

 誰にも見咎(みとが)められないように、こっそり「エヘエヘ」していると、突然、座の外から、五年生の典子(のりこ)こと、上杉(うえすぎ)典子が駆け寄ってきた。

 気づいた面々が、不思議そうに見ると、典子は少しウンザリした顔で告げる。

「凛さん、スミマセン。あっちで五年生の男子たちが、さっきの先輩たちを真似して、野球拳をやり出したんです」

「ふんふん、それで?」

「ただの野球拳ならいいんですけど、横で(しずか)(あお)りだすから、アイツらTシャツまで脱ぎだして……」

「エエッ、もう、何やってんのよッ、バカ男子どもはッ」

 そう言うと、凛は急いで立ち上がり、そろえていた靴を履き出した。

「今すぐ止めさせないと」

「食べてたところをホントにごめんなさい。師範たちはお酒を呑んでるから頼みにくくて」

「あなたが謝らなくていいのよ」

「は、はい……」

「ちょっと見に行ってくるから、ここはお願いね」

「はいッ」

「いってらっしゃい」

「ここは見ておきますから」

 三人組から、そんな言葉を受けたあと、二人は連れ立って歩き出し、件の男子たちがいる座の方へ向かう。

 二人はその途中、火浦(ひうら)家の座のそばを横切った。

 その時、たまたま酒を呑み合っていた三人のオヤジたち、完治(かんじ)(けん)十八(とおや)が、凛たちに気付く。

「んん?凛は何をあわてておるんじゃ?」

「ああ、向こうで男子たちが騒いでるから、注意しに行くみたいですよ」

「へぇ~凛ちゃんは頼もしいお嬢さんに育ちましたねェ~まさに、火浦道場みんなのお姉さん、て感じですねェ~」

「ホッホッホッ、お世辞でもそう言ってもらえると、うれしいもんじゃなァ~」

「お世辞じゃありませんよ~私個人も感謝してるんですよ~特に春花にとって、凛ちゃんの存在はとても大きかったんです」

「春花ちゃんにですか?それはまたどういうことです?」

「え、と、ウチの嫁さん、華蓮(かれん)さんは、仕事柄ずっと家に居ないし、共働きだから、私も忙しいのにかまけて、春花の世話を柱基に依存してるところがあるんですよ」

「はあ、やはり奥さんがお医者様というのは、普通に働くお母さんとは比べ物にならないぐらい、忙しいんでしょうねェ」

「そうですねェ。夜勤や休日出勤もありますから、小さい頃の春花は寂しかったと思います。まあ、第一子の柱基と違って、二番目の春花にはお兄ちゃんが居たから、多少は(まぎ)れたでしょうが、お兄ちゃんは男だから、女の子の春花と合わないことも、ままあったみたいでした」

「そうでしょうなァ。ウチも、(れつ)と凛が時々言い合いをしてるのを見ますしねェ」

「だから、子供の頃から凛ちゃんが二人と、特に春花と一緒に遊んでくれたことは、とてもありがたいことだったんですよ」

「そう、なんですか?凛は見ての通り男勝りですから、お兄ちゃんが二人いたようなもんだったんじゃないんですか?」

「いいえいいえ、そんなことはないですよ。春花にとって凛ちゃんは立派なお姉ちゃんでしたよ。そういえば、小さい頃は、春花は凛ちゃんの事を本当のお姉ちゃんだと思ってたことがあったんですよ」

「ヘェ~そうんなんですか?」

「ええ。一度、どうしてお兄ちゃんは毎日こっちの家に帰るのに、凛姉ちゃんはあっちの家に行くの?と聞いてきた事があって」

 すると、完治が突然「あ」という顔をしたあと、アハハハハ、と笑い声を上げた。

「ど、どうしたんです、お義父さん?急に笑いだしたりして」

「イヤ、すまんすまん。今の十八君の話を聞いて、ひとつ思い出したことがあってのォ」

「何ですか?思い出したことって」

「ハハハ、春花ちゃんがみっつかよっつの頃に、ワシにも聞いてきたことがあるじゃよ。どうして凛は毎日こっちの家に帰っちゃうの?ってのォ。その姿があまりにかわいらしかったので、ちょっとイタズラ心が湧いてのォ、思わず言ってしもうたんじゃよ」

「エ?な、なんて言ったんですか?」

「実は凛は、強くなるために体を改造したんじゃよ。だから一日に一回、脳の血液を交換しないと、動けなくなってしまうんじゃよ、とな」

「みっつやよっつの女の子に、そんな事を言ったんですか?それはちょっとどうなんですか?」

「アハハハ、まるでハ○イダーみたいな話ですねェ~」

「よして下さいよ、十八さん。それじゃまるでウチの道場が、悪の組織か何かみたいじゃないですか」

「アッハッハッハッハッ、それなら凛は、さしづめ仮○ライダーというところかの?」

「エエッ?一応女の子なんですから、せめてビ○ンダーとかにしてあげませんか?」

「ビ○ンダーなら、いつもスカートを履いておるじゃろ?凛はめったにスカートなんぞ履かんから、仮○ライダーの方が似合っとるわい。首に赤いスカーフを巻いたら完璧じゃろう」

「言われてみればそうですよねェ~凛ちゃんがスカートを履いてる姿は、ほとんど見たことがないなァ~何か理由があるんですか?」

「凛は小さい頃から烈と一緒だったせいか、座る時も胡座(あぐら)をかく(くせ)があったんですよ」

「アハハハ、それはちょっと困りますよね~」

「ええ。愛恵(かなえ)もしょっちゅう注意してたんですよ。女の子がはしたない、って。それでも直らなかったので、結局、ズボンを履かせればいいんじゃない?ってことになって、それからはほぼズボンなんですよ」

「なるほど~そういう理由があったんですね~」

「癖といえば、もう一つ、凛には面白い癖がありまして」

「はあ、どんな癖です?」

「あの子は、普段は胡座で座るのに、何か急いでる時や、心配事・隠し事がある時は、なぜか正座になるんですよ」

「アハハハ、それは面白い癖ですねェ~隠し事があってもすぐに気付かれるじゃないですか」

「そうなんですよ。子供の頃に部屋の花瓶を割って、それを黙ってたことがあったんです。その時もずっと正座をしてるから、おかしいと思って問い詰めたら白状しましたよ」

「そういう事を聞かされると、今は余計に頼もしくなったことを実感させられますねェ」

「ハハハ、親としては、もう少し子供のままでいてほしい、とも思いますけどねェ」

 オヤジ三人が、そんな話をしながら、しんみりと酒を呑み合っていた頃。

「コラァッ!アンタらッ!公園で何やってるのよッ!」

「ゲッ、凛さん……」

「ゲッ、じゃないわよッ。裸で何やってるのッ。通報でもされたらウチの評判が悪くなるでしょうがッ。サッサと服を着なさいッ」

「エエ~でも、武田(たけだ)のヤツが、立派な筋肉なら、一種のファッションだとかなんとか言うから、つい……」

 いかにもバカっぽい言い訳をする男子、松本(まつもと)を見たあと、凛は静こと、武田静をギロリと見た。

「しーずーかーッ、アンタもいい加減、男子をおだてて脱がせようとするのは止めなさい。変な噂を立てられたらどうするのよッ?」

 そう注意された静は、あまり顔色を変えず、スチャ、と細身の黒フレーム眼鏡を指で押し上げると、なぜかキッパリと言い切る。

「大丈夫ですよ、先輩。私はただイイ筋肉を()でたいだけですから」

 どこの何が大丈夫なのか、さっぱりわからない発言を、堂々と言い切る静を見て、半分感心、半分呆れながら、凛はさらに注意を(うなが)した。

「アンタねぇ……そんなこと言ってたら、そのうちイイ筋肉をした悪い男にダマサれて、痛い目を見ても知らないわよ」

 すると静は、腕組みまでして、やはりキッパリと言い切る。

「大丈夫です。私はただイイ筋肉を愛でたいだけで、私自身がチヤホヤされたり、愛でられたりしたいわけではないですから」

 その瞬間、凛のこめかみに、ピキ、と血管が浮き上がった。

 と、思った時には、一瞬で間合いを詰め、澄まし顔で語る静の両頬を両手で引っ張り、目力だけで押しつぶすような睨み(にら)を効かせて、トウトウと言い聞かせる。

「アンタの欲望や願望はアンタの勝手だけど、そのせいでウチの道場にまで迷惑をかけるのは、止めなさいって話なのよッ。わかるッ?静ッ」

 あれだけクールに語っていた静は、哀れ、カエルのように頬を引き伸ばされると、両手をバタバタ振りながら、涙目で情けない声を上げ始めた。

「ひっ、ヒタタタタタッ。ふぇ、ふぇんふぁいッ、ひひゃいッ、ひひゃいですッ。ひゃめへひゃめへッ」

「アンタが私の言う事を、ちゃんと理解したら止めてあげるわよッ」

「わッ、わひゃりまひたッ。わひゃりまひたひゃらッ、ゆ、ゆるひてくだヒャいッ、ひッ、ヒタタタタッ」

 凛はそこで両手を離すと、離した手をそのまま腰に当てる。

「筋肉好きなのはわかるけど、人様の迷惑にならないように。わかった?」

 静は赤くなった頬を両手で擦りながら、涙目で下を向いた。

「ハイ……スミマセンでした」

「ん、わかればヨシ。それと……」

 そう言うと、次は五年生の男子三人の方をジロリと見る。

 見られた男子三人も、ギクリとすると、一斉にキョドり出した。

「松本ッ!竹山(たけやま)ッ!梅沢(うめさわ)ッ!」

 名前を呼ばれた三人は、すぐさま直立不動の姿勢をとる。

 凛はツカツカと居並ぶ三人の前まで来ると、腕組みをしてにらみつけた。

「で、アンタらも何をやってるのよ」

 三人とも、顔は動かさず、目だけでお互いを見合うと、三人同時に頭を下げる。

「スミマセンでしたッ!」

 一瞬、拍子抜けした感もあるが、すぐさま謝罪する姿勢には好感が持てたので、それ以上咎める気が失せた。

「反省してるならいいわ。とにかく、遊ぶのはいいけど、人に迷惑をかけないように」

 それだけ言うと、三人は「押忍」と返事をしたので、戻ることにする。

「凛さん、ありがとございます。私が言っても全然聞かなくて」

「いいのよ。典子みたいにちゃんとした子がいてくれると、私も助かるよ」

 そう言って、彼女の頭にポンと手を乗せると、典子も少し赤い顔をするが、それでもうれしそうに微笑んだ。

「それじゃ、私は戻るから」

「あ、はい。ありがとうございました」

 頭から離した手を、そのままあいさつ代わりに振ると、典子も会釈を返す。

 凛は、面倒事の処理とはいえ、こうして後輩に頼りにされることは、それほど悪い気分ではないな、と思いながら、天木家の座へ戻った。

「あ、凛さん、お帰りなさい」

「お帰りなさい。どうでした?五年生の先輩たちは」

「上杉先輩以外は癖のある人ばっかりですもんね~」

 梨香・真姫・美姫に出迎えられ、凛は苦笑を浮かべる。

「まあ、多少癖はあるけど、ちゃんと言えば、みんなわかる子ばかりだから、大丈夫だよ」

 懐の深さを見せるようなその発言に、三人はそろって「凛さんカッケ~」と感動を覚えていた。

 しかし、横で凛の帰りを見ていた春花は、そんな彼女の男前な発言ではなく、戻ってきた時に、一瞬、座の全体を見渡して、少しガッカリしたことや、靴を脱いだあとに再び正座したことに、気を取られてしまう。

(う~ん、やっぱり凛姉ちゃんは……)

 そう考えた春花は、ここはひとつ妹分の私が一肌脱ごう、と思い立った。

 そして、手近に置いてあった自分の鞄、可愛らしいピンクのショルダーポーチを引き寄せると、いつも持ち歩いているメモ帳とボールペンを取り出し、何かを書き付ける。そして、書いたページをちぎると、二つ折りにして服のポケットに仕舞った。

 あとはひたすら、実行の機会が来るのを待つだけである。

 ちなみに敬三は同じ場所に座ったまま、ほぼ置物と化しており、相変わらず春花を眺め続けていた。

(あ~春花ちゃんはカワイイな~)

 どこまでもブレない男である。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。

 もし、この作品を気に入ってくださった方は、ブックマークや星☆の評価などよろしくお願いいたします。

 さて、舞と柱基が飛び出した後の天木家の座は、一見落ち着いておりますが、春花の目にはどうも違う風景が見えているようです。そこで動き出す春花ですが、この後はどうなるんでしょう?それは次回のお楽しみで~

 なお、次回更新はゴールデンウィークということで、1回お休みさせていただきます~なので、次回は五月六日・金曜日の八時を予定しております。

 どうぞよろしくお願いします。

 ではでは~(^^)

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