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1-90 春の宴 その26 火浦道場門下・角山小四天王、集う③

「なにが土下座しろよッ!人が下手(したて)に出ればツケ上がるんじゃないわよッ!」

 よっぽど頭にきていたのか、追撃のような啖呵(たんか)を切ると、二年生の方も言われっぱなしでは立つ瀬がないのか、ガクガクと震えながらも、精一杯の抵抗のように言い返す。

「ぼ、ボールをぶつけてきたのはそっちだろ。な、なにをエラそうに、し、してるんだよ」

 言ってはみたが、腰が引けているので全く迫力がなかった。そして、そんな中途半端な行動が、余計に(りん)の不況を買う。

「だからッ、ボールをぶつけたことは、まっさきに全員で謝ったでしょうがッ!なんでこの上ッ、土下座までしなきゃいけないのよッ!」

 そう吠えて、今にも飛びかかりそうな凛の元へ、蛍助(けいすけ)雪乃(ゆきの)が駆け寄った。

「ちょっとちょっと、少し落ち着こう」

「そうだよ凛ッ、またお父さんやおじいちゃんに怒られるよッ」

 旧知の友人の声を聞いたこと、お父さんとおじいちゃんの単語を聞かされたことで、凛は少し落ち着きを取り戻し、蛍助と雪乃の顔を見る。そして、小さく深呼吸すると、大丈夫、大丈夫、とばかりに、二人に向かって両手をヒラヒラと動かした。

 それを見た蛍助は、とりあえずホッと息をつくと、二年生の方へ顔を向け、愛想笑いを浮かべる。

「あの~とりあえずこちらも落ち着いたので、この話はこれで終わりってことにしてもらえます?」

 この言葉に、二年生たちも内心で安堵していたが、飛び付くように受け入れるのもカッコ悪いと思ったのか、しばしお互いに顔を見合わせたあと、少しもったいぶった様子で「そ、そっちがそう言うなら、これで終わりに……」と言いかけた時だった。

「なんだ?一年坊主に土下座させてやるんじゃなかったのか?」

 と、彼らの後ろから声がかかる。

 二年生も一年生も、同時に声のする方を見やると、そこには岩谷(いわや)よりもまだ少し背が高く、岩谷よりもずっと体の横幅の広い、大柄な男の子が立っていた。岩谷には身長では少し勝っていそうだが、体重なら圧倒的に上だとひと目で分かる巨漢少年だ。

「や、山上(やまうえ)君……」

 岩谷はその少年の顔を見た時「あっ」とおどろきの表情を浮かべていたが、山上という名前を聞いて、さらに表情を曇らせる。覚えのある人物だったからだ。

 仲間の一人から「山上君」と呼ばれた少年は、ノッシノッシという擬音が似合いそうな歩き方で、こちらへ歩み寄ってくる。

 凛は、その山上という少年が、他の二年生とは明らかに違う雰囲気を持つことに、自然と警戒心を強めた。

「ボールをぶつけた失礼なヤツを見つけて、土下座させるんだろう?誰かわかったのか?」

 特に威圧的な言い方ではないのだが、山上にそう問われて、先頭にいた二年生が、ソワソワとして、目を泳がせながら、しどろもどろに言う。

「そ、その、ボールをぶつけた相手はわかったけど、土下座しろって言ったら、そこの……」

 と、言いつつ、凛を指さした。

「一年坊主が、全員で謝ったのに、土下座までするのはおかしい、って言ってきて……」

 そう聞いたとたん、山上の目が、スッ、と細くなり、凛を射抜く。

 凛も真っ向から受け止めると、二人はしばしにらみ合った。

「おい、一年坊主」

 先に口を開いた山上は、ズボンのポケットに突っ込んでいた両手を出しながら、そう声をかける。

「なによ」

 凛も無意識に、(かかと)を浮かせ、爪先(つまさき)に体重をかけた。

「土下座までするのはおかしい、ってのは、どういう意味だ?」

「そのままの意味よ。ボールをぶつけたことは、もう全員で謝ったんだから、土下座までするのはおかしい、って言ったのよ」

「そうか」

 そう言いつつ、山上が仲間の顔をチラリと見ると、彼らは一様にキョロキョロと目を泳がせ、落ち着かなげにソワソワしだす。彼らの中では、山上が一番のリーダー格らしかった。そのため、今回の無様ないきさつを(とが)められるのでは?とヒヤヒヤしているのだ。

 そんな彼らから、再び凛に視線を戻すと、山上は何でもない事のように、こう言った。

「謝ったことを、許す・許さないを決めるのは、謝られた方だろう?なんで謝ったお前らが、勝手に許されたと決めてるんだ?」

「なっ……」

 言われた凛は絶句する。

 一瞬、頭に血が上りかけたが、山上の言う事にも一理あると思ったため、途中で怒りが少し冷めていくのがわかった。

「そ、それは……」

「それは、どうした?何かおかしいか?」

「おかしくは、ないけど……」

 そう、おかしくはない。一理あるとは思う。理屈は乱暴だが、確かにそうだ、と思えた。

「だろう?その上で、土下座しろ、と言ってるんだから、土下座するのがスジだろうが」

「クッ……」

 凛は二の句が継げず下を向く。

火浦(ひうら)、サンキュ、もう十分。あとは俺の責任ですることだから」

 小声でそう言うと、岩谷が前に進み出た。

「俺がボールをぶつけたんです。だから、俺が土下座しますから、それでこの話はお(しま)いにしてもらえますか?」

 そう告げる岩谷を見て、山上は最初、言葉の内容ではなく、岩谷の顔をジッと見ていたが、数秒してから「ああ、わかった」と承諾する。

 すると岩谷は、背筋を伸ばして立った状態から、最初に左足を引きながら膝を突き、続いて右膝を突いた。

 それを見ていた山上は、一瞬、眉を動かすが、特に何も言わず見守る。

 そばで見ていた凛や蛍助・雪乃も、この、なんとなく相手の言い分にスジは通っているのだが、どこか理不尽で、悔しい気分のまま、岩谷が土下座するのを、ただただ見ていることしか出来なかった。

 そして、岩谷がいよいよ、地面に両手を突こうとした時―――――

「ちょっと待って」

 凛や蛍助・雪乃の後ろから、そう声を掛ける者がいた。

 その場の全員が、一斉に声の主に注目する。

 声の主は(まい)だった。

 舞は一年・二年の総勢二十数名から視線を受けながら、それでも全く気後れすることなく、この騒動の中心、土下座をする岩谷の後ろで立つ凛の隣まで、スタスタと歩いて行く。まるで、舞台袖から登場した真打ちの女優が、舞台の中央へ進むように。

 舞を初めて見た二年生たちは元より、毎日一緒に遊んでいる一年生の男子たちも、束の間、状況を忘れて、その姿に見入った。

 凛の隣りまで来た舞は、山上の顔を見ると、少し困ったような表情で、こんな事を言う。

「あなたが言った通り、許す・許さないを決めるのは、私たちではないわ。でも……あなたでもないでしょう?」

「なに?どういうことだ?」

 舞の言い様に、山上は眉を吊り上げて問い返した。

「だから、私たちが謝る相手も、許す・許さないを決めるのも、あなたじゃなくて、ボールをぶつけられた人でしょ?って言ってるのよ」

 そう言われた山上は、先ほどの凛を写すように「なっ……」という顔をし、後ろで見ていた凛や蛍助・雪乃は対象的に、みるみる笑顔を浮かべて舞を見た。

「お互い関係ない人が出てくるから、ややこしくなるのよ。ボールをぶつけた岩谷と、ボールをぶつけられた人は、エーと、最初に私たちに話しかけてきた、そこの二年生のお兄さん?あなた、あなた」

 言いながら、舞は先頭に立っていた二年生を手招きする。

「こっち来て、こっち」

 呼ばれた二年生は、一瞬困惑するも、なぜかうれしそうにしながら、舞の方へヒョコヒョコ歩み寄った。

「で、岩谷も、とりあえず立って、まずはこの二年生に謝って」

「エ?あ……お、おう」

 土下座の途中だった岩谷は、あわてて立ち上がると、目の前まで来た二年生に、改めて謝罪する。

「エ、と、その、ボールをぶつけて、すみませんでした」

 言葉とともに、深々とおじぎもした。

「二年生のお兄さん、岩谷も反省してますから、どうか許してあげて下さい」

 隣りの舞も、それはそれはにこやかな「よそ行き」の声と表情で言い添える。

 謝罪された二年生は、ものの見事にアッサリほだされ、エヘヘへ~と表情を緩めた。

「イヤ~謝ってくれれば、俺はそれでいいから~」

 なぜか今頃になって「寛容で気のイイお兄さん」のように振る舞う。

 岩谷の方はあきれ顔で苦笑を浮かべるが、舞の方は一層愛想の良い笑顔を浮かべた。

「ワ~ありがとうございます~お兄さん、やっさしい~」

 ミエミエのお世辞だったが、その二年生は照れながら片手で後ろ頭を押さえて満面の笑みを浮かべる。そして、機嫌の良いまま、クルリと背を向けて、元居た仲間の場所へ引き返していった。

 と、思った瞬間、その二年生の体が、フッ、と宙を舞う。

 見ていた誰もがあっけにとられ、呆然とする中、その二年生の体が、背中から地面に叩きつけられた。

「ガハッ」

 異様なうめき声を上げたあと、その二年生は、地面に仰向けになったまま、動かなくなる。

 その二年生が、地面に叩きつけられる瞬間まで、彼の腕を握っていた山上は、動かなくなるのを見て、ようやく腕を離すと、吐き捨てるように言った。

「一年相手にアッサリごまかされてるんじゃねぇよ。バカが」

 一部始終を見ていた誰もが、戦慄する。

 その二年生は、振り返りざまに、山上に腕を取られると、一瞬で背負投げを喰らったのだ。当然、受け身など取れない素人なのだから、硬い地面に叩きつけられ、痛みと衝撃で気を失ったらしい。

 そして、その後の辛辣なセリフに、大半の者がア然として、恐怖を覚えた。

 ごく数名を除いて。

「ちょっとアンタッ!」

 真っ先に声を上げたのは凛だった。

 山上はギロリと、凛をにらむ。

 しかし、凛は全く(ひる)むことなくにらみ返すと、怒り心頭のまま言い募った。

「いまの動きはどう見ても柔道やってる人でしょうッ!そんな人が素人相手にッ、マットもない地面の上でッ、なに背負投げなんかしてるのよッ!」

 だが、山上は、そんな凛をうるさそうな目で見ると、さらに面倒そうに言う。

「さっきのお前らのセリフを借りるなら、関係ない人間が入るんじゃねぇよ。ややこしくなるだろう」

 そのセリフが決め手となった。

 凛は口の端で「ヘッ」と笑う、なんとも男前な仕草を見せると、山上の方へ一歩足を踏み出した。

「じゃあ、私の方からアンタにケンカを売ってあげるわよ。後で泣いて謝っても、許してあげないわよ」

 そして、凛のこのセリフを聞いた山上が、現れてから初めて笑顔を見せる。

 しかし、それは、見る者が怖気(おぞけ)を覚えるような、なんとも凶悪な笑いだった。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。

 もし、この作品を気に入ってくださった方は、ブックマークや星☆の評価などよろしくお願いいたします。

 さて、お昼休みののどかなドッチボール遊びが、一転、空手家VS柔道家の異種格闘戦となってしまいました。勝負の行方は如何に?わたしにもわかりません~(苦笑)

 なお、次回更新は四月十五日・金曜日の八時を予定しております。

 どうぞよろしくお願いします。

 ではでは~(^^)

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