1-84 春の宴 その20 角山小の原石たち 中編
大声で言われたが、舞は大して驚きはせず、ボンヤリと自己紹介の時のことを思い出していた。
”火浦凛です。子山羊幼稚園から来ました。特技は空手です。よろしくお願いします”
「ねえ、火浦さん」
「なによ」
「火浦さんの自己紹介って、名前と幼稚園と特技しか言ってなかったわよね?」
「そうだけど」
「今度からは、よく男の子と間違われますが女の子です、って付け足した方がいいわよ」
と、舞が言うと、またしても凛の後ろで、ブハッ、と雪乃が笑い出した。
「アッハッハッハッ、やっぱり水流園さんもそう思う?私も入学前に言ったんだけど、自分から言うと負けみたいに言うんだよ~この子は~」
片手でお腹を押さえ、片手で凛の頭をポンポンたたきながら、雪乃はいかにも、こりゃケッサクだ、とでも言うようにゲラゲラ笑う。
たたかれた凛は、グヌヌヌヌ、と言う顔をしていたが、とちゅうで話がそれていることを思い出した。
「いつまでたたいてるのよッ、アンタはッ」
言いながら凛は、雪乃の手をつかんで横へそらすと、舞の方へ向き直って話を戻す。
「私がよく男に間違われるのはどうでもいいのよッ、それより、私はあなたの後ろぐらいだと思うけど、って話だったわね。違う?」
「う~ん、私の方が高いんじゃない?」
「エ?うそ?私の方でしょう」
「いいえ、私の方が高いわよ」
二人して、私だ、私だ、と言い合っていると、雪乃が間に入って言った。
「じゃあ、二人とも背中合わせに立ってみなよ。どっちが高いか見てあげるから」
そう言われれば、お互い望むところだ、とばかりに、お互いのかかとから背中までを、ピタリと合わせて並び立つ。
並んだ二人を横から見ていた雪乃は、最初のひと目で「お」という顔をしたあと、やけに熱心にジィーーーッと観察し始める。
すると、凛の方が先にジレて、顔や体は動かさないまま、目だけを動かして雪乃に問う。
「ねえ、ちょっと雪乃?長くない?どっちなのよ?」
そううながされた雪乃は、やがて、やけに真剣な顔でズバリと宣言した。
「胸は水流園さんの方が大きいわね」
「胸の大きさを比べてたんじゃネーよッ」
再び凛のハリセンが閃くと、雪乃の頭から、スパーーーン、と小気味の良い音が響く。
気がつくと、三人の周りにはいつの間にか人垣が出来ていて、全員がアハハハハと温かな笑い声を上げた。その中には担任の先生も混ざっており、舞はなんだかノンキなクラスに入ったもんだなァ、と思う。
ずいぶん後になって知ったのだが、この時の担任を務めた明泉寺秋子先生は、数年後に移動し、入れ替わりに新校長として赴任してくる明泉寺小春先生の妹に当たる人だった。
姉妹で長らく教鞭を執られるベテランで、子供をノビノビと指導することで定評のある名教育者である。
波乱万丈で入学した一年目の担任が、彼女のようなやり手だったことも、舞には大変な幸運だった。
なぜなら、この背比べ騒動をきっかけに、二人は事あるごとに競い合う仲となり、並の教師なら問題が起こることを恐れ、大人然とした顔で諌めに入って終わらせるところだが、明泉寺先生の場合は、よほどの大事にならない限り傍観するスタイルを取ったのである。
凛と舞の競い合いは様々な場面で起こった。
算数の時間での計算勝負。
体育の鉄棒での逆上がり勝負。
給食の時間の早食べ勝負。
音楽の時間の発声勝負。
それらはやがてクラスの恒例となり、女子のみならず男子をも巻き込んで、凛派・舞派のグループが出来る。
それぞれのグループに付いた子供たちも、勝負の度に一喜一憂し、勝負が決する前や後に、ああすれば良かった、ここは悪くなかった、次はこうしようなどと、まるでチームの選手とスタッフのような結束力と質の高いコミュニケーションが育まれていった。
そしてそれらは、とりもなおさず、生徒個人個人の育成にも、知らず知らずに反映され、クラス全体の学力・体力を底上げする形となる。
そうして、ゴールデンウィーク間際の四月末頃になると、凛と舞のいる一年一組は、他のクラスと比べて大変活気とまとまりのある良いクラスになっていた。
舞自身も、複雑な経歴と家庭環境をもって入学したため、当初はややふてくされた陰気な雰囲気を持っていたが、それがずいぶんと改善し、毎日楽しそうに学校へ通うようになる。
そして、凛と舞の二人も、この頃にはお互いにライバルとして、また良き友人としても打ち解けていた。
「じゃあ、水流園さん、また明日~」
「うん、バイバイ、火浦さん」
授業が終わり、帰る時には、あいさつを交わすまでになる。
舞に別れを告げた凛は、いつも決まった席に駆け寄っていた。
「柱基ィ~帰るわよ~」
「あ、うん」
二人は連れ立って教室をあとにする。
それを見ていた舞が、ふと、まだ帰り支度をしていた雪乃に声をかけた。
「ねえ、須崎さん」
「うん、なァに?」
机の中の教科書をランドセルに詰めながら、雪乃が返事をする。
「火浦さんて、よくあの男の子、エーと、なんて名字だっけ?ボサボサの髪の子で柱基って呼んでたけど……」
「あー天木君だね。天木柱基君」
「あーそんな名字だっけ?その天木君とはよく一緒にいるけど、仲良いよね?あの二人」
「そうだね。なんか家も近所で、赤ん坊の頃から一緒にいる幼馴染みらしいよ~」
「ヘェ~火浦さんにそんな子がいるのねェ~」
「そうよ~幼稚園も私たちと同じ子山羊だったし、さらに、凛の家がやってる空手道場にも通ってる子なんだよ~」
「そうなの?それじゃ、ほぼ毎日一緒にいるみたいな感じじゃない」
「そうかもね~でも、あの二人が並んでても、男の親友同士にしか見えないんだよね~もしくは兄弟」
「アハハハ~顔は似てないけどね~」
この頃は、舞にとって、天木柱基という男の子は、舞のおまけ程度の意識しかなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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さて、詰まっていたお話がまとまった、と言ってましたが、また変なところで詰まってしまい、今回もあまり書けておりません~申し訳ないです~なんとか抜け出せるようにガンバります~
なお、次回の更新は三月三十日・水曜日の八時を予定しております。
どうぞよろしくお願いします。
ではでは~(^^)