1-07 一通のメールと夢の熾火 その2
返信はしたが、それでも、また舞台に立てるかもしれない、という期待に心を踊らせてしまう。
メールにあった今回の演目は「オペラ座の怪人」で、十八はデビエンヌという、オペラ座の元マネージャーの役で誘われていた。
端役ではあるが、この演目は個人的にも好きなので、同じ舞台に立てるだけでもうれしい。なにより、たとえ端役でも、欠けてしまえば芝居は成り立たない、舞台に上がる時はそれぐらいの気持ちでいるように、と、先輩団員によく言われたものだ。
まだ劇団に居た頃にも、一度だけ「オペラ座の怪人」の公演があった。
その時も主人公のファントムではなく、彼とヒロイン役のクリスティーヌを争うライバル役・ラウル、ではなく、その兄のフィリップを演じた。
この時、主人公のファントムを演じたのが、二歳上の先輩劇団員、土田護という人で、たった二歳違いなのに、とても上手な人だった。
土田先輩は普段からとても口数の少ない人だったが、人間への深い愛憎を同時に合わせ持ち苦悩する狂人ファントムの姿を、二十代の若さで見事に演じていた。
特にストーリーの終盤、地下迷宮へ追い詰められたファントムが、その醜い素顔を晒して語るセリフ。
「 私はオペラ座の怪人
思ったよりも醜いだろう
地獄の業火に焼かれながら
それでもなお天国に憧れる 」
眩いスポットライトの中で、土田先輩演じるファントムが、このセリフを朗々と響かせた時、舞台も、客席も、そしてバックヤードで進行を見守るスタッフさえもが、一瞬、シン、と静まり返る。
劇場のすべてが、土田先輩に見入って。
演者の一人である十八さえも、自らの役を、ひと時、忘れるほどに。
そして、そのファントムの相手役、ヒロインのクリスティーヌを演じていたのが、十八と同期の小峰理江だった。
彼女も土田先輩に負けず劣らずの名役者で、普段はよく笑う明るい子だが、ひとたび役に入ると、まるで別人のように演じてしまう。いや、演じると言うより、小峰理江は、元からそんな人だったと錯覚させる、説得力をもった芝居をするのだ。
しかし、彼女が本当にすごいのは、その一年後に、はっきりとした形で証明された。
とある映画のオーディションに合格し、準主役に大抜擢されると、無名だった彼女の演技は、軒並み高い評価を受け、たちまち日本中の人に知られることとなった。
大学で演劇に興味を持ち、劇団に入るまで芸能活動など全くしてこなかった小峰は、芸能界からすれば、まさに降って湧いたような存在だったのだろう。
そんな経歴もインパクトになったのか、その後数々の映画やドラマに出演し、今では誰もが知る有名女優の一人となった。
正直に言えば、十八がわずか三年ほどで役者の道をあきらめたのも、すぐ目の前で、同世代の卓越した才能を散々見せつけられたからだった。
経営が苦しく消えていく劇団も多い中、十八のいた劇団がいまだに消えずに残っているのも、土田先輩が現在も現役で活躍し、また、小峰理江も名誉団員として、ほとんど出演することはないが、今でも名前だけは在籍しているお陰である。
一通のメールから様々な物思いにふけっていたが、ふと、昼休みの終りが近いことに気づく。
十八は急いで弁当箱を片付けると、食堂を後にした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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さて、作品とは関係ない話ですが、週末に予定していたSAO劇場版第二作目「星なき夜のアリア」は、予定変更のため観れませんでした~(泣)
なので、今日の仕事終わりに、無理矢理観に行くことにします~
なお、次回の更新は明日の十一月二日を予定しております。
どうも、短くても毎日更新してるほうが、見ていただける確率が高いようですので~凡人のあがきです(苦笑)
ではでは~(笑)