一時休載前の最終話 後編
■或いはプロローグのためのエピローグ 後編
ガチャッ
何もないはずの空間から、解錠音が響く。
「な、何だ?」
拘束から逃れようとしていたことも忘れ、呆然と美女のすることを見ていた十八も、その音をハッキリと聞いた。
すると、突然、十八の足元に、十八を中心とした円形の線が浮かび上がる。
と、同時に、美女の持っていた赤い鍵が、溶けるように手元から消え、それが合図のように、円形の線の中に、見覚えのない文字や図形、記号などが、びっしりと浮かび上がり、ボンヤリとほのかに光り出した。
その光で、足元の異変にようやく気付いた十八は、ハァ?とばかりに目を見開くと、恐る恐る声を出す。
「なッ……ま、まさか、魔法陣?そ、そんなアホな……アニメやラノベじゃあるまいし………」
現実離れしたことが立て続けに起き、脳が思考を停止しかけていたが、その時、これまた唐突に、後ろの大男が、十八の拘束を解いた。
「エ?」
解かれた十八の方も驚いて、大男を見ると、彼はまるで、その魔法陣から避難するように、一歩、二歩と、後退りしている。
「アッ……」
その意味に気付いた瞬間、十八の体が、ズッ、と下へ落ち込んだ。
「ゲッ、う、ウソッ?し、沈むッ!す、吸い込まれてるッ?!」
状況に思考が追いつかず、自分に起こっていることを、ただただ言葉にするだけで、そこからどうするかまで、全く思いつかない。
それでも、このままではイケナイッ!という危機感だけは、溺れるほど湧き上がってくるので、気持ちばかりが焦り、必死に手足をバタつかせた。
「クッ、クソッ!い、嫌だッ!訳のわからないまま、訳のわからない所へ送り込まれるなんてッ、絶対イヤだッ!」
体はすでに腰の辺りまで沈みこんでいたが、足元の方には何の感触もなく、踏ん張る足場もない。
だが、魔法陣の直径は約六〇センチほど。下水道のマンホールの標準的な大きさと同じぐらいだったので、十八はその縁に両手を掛けると、目一杯の力を込めた。
「クソォォォーーーーッ!ゼッタイ行かねェぞォォォーーーッ!」
そんな叫び声を上げながら、必死に抵抗してみるが、体が沈むのを止めただけで、引き上げるところまでいかない。
そんな状況の中、ふと、美女や大男が、やけに静かなことに気付き、不思議に思った。自分が抵抗を見せれば、何かしらの妨害をしてくるのでは?と思っていたからである。
そんな事が気になって、十八は背後の大男を見るのは難しいと思い、目の前にいる美女の方を仰ぎ見た。
すると………
なぜか、自分をこんな目に合わせた美女が、とても済まなそうに、申し訳なさそうに、自分を見ていることに気付いた。
そう、気付いたとたん、十八の中で、何かが、ブチッ、と切れる。
「なんだよッ、その顔はッ!」
十八に叫ばれた美女が、出会ってから初めて、少しうろたえた。
しかし、十八は構わず言い立てる。
「なんでそんな済まなそうな顔をしてるんだッ!申し訳なさそうな顔をしてるんだッ!」
立て続けに言い立てられ、美女がわずかに足を下げる。
それでも十八は、両手で必死に体を支えながら、美女に向かって怒りの丈をブチまけた。
「済まなそうにするならッ!最初ッからッ!こんな事をッ!するんじゃねェよッ!メーワクなんだよッッッ!」
十八の糾弾に、美女は顔を歪めて歯を食いしばる。
それでも、負い目を感じてるのか、目に力がなかった。
逆に十八は、怒りに力を得たように、必死の念でがなり立てる。
「だいたいッ!こういうのはッ、引きこもりのニート学生かッ、ブラック企業にうっかり就職したッ、新入社員が相場だろうがッ!」
がなりながら、美女の顔を射抜くようににらみつけた。
美女も、負い目を抱えながらも、抵抗するように見返す。
「円満に暮らしてるッ、自分みたいなオジサンをッ、無理やり引っ張るんじゃねーーよッ!」
叫びながら、両手をついて抵抗していた十八の体が、不意に、少し持ち上がった。
「エッ?」
それに気付いた美女が、明らかに動揺する。
しかし、十八は構わず叫び続けた。
「今日は月曜でッ、華蓮さんも忙しいんだよッ!学童も五時までしか預かってくれないだッ!夕方までに帰らないとッ、誰が子供の面倒を見るんだよッ!」
叫びながら、両腕に力を込め続ける。
すると、やはり、ゆっくりだが、体が魔法陣の中から持ち上がっていった。
「ば、バカな……一度入った者が、力ずくで抜け出るなんて……あり得ない……」
信じられないものを見て、大いに動揺する美女。
十八も自分の体が少しずつ抜けていることに気付いて、大いに意気を上げた。
「ゼッタイッ、帰ってやるッ!」
その時-----
十八の、やや白髪交じりの、黒髪が、根元の方から、ゆっくりと赤く染まりだした。
と、同時に、十八の目の色も、燃えるような赤色に染まりだす。
「ま、まさかッ、こんなところで赤人化がッ………」
これまでの動揺を超える、驚愕の表情を見せる美女に、背後にいた大男も、大いにうろたえ始めた。
すると、さらに、信じられないことが起こる。
最初は小さな耳鳴りほどだった。
ゴゴゴゴゴ………
「な、なに?この音?」
美女が不審げに周囲をキョロキョロし、大男にも目で問いかける。
しかし、原因はすぐに判明した。
音は徐々に大きくなり、それとともに、地面が小さく揺れ始める。
二人が同時に同じことに思い当たり、同時に十八を見た。
予想は、的中する。
両手を縁について、必死に魔法陣の穴から抜け出そうとしている、その十八を震源地として、地面が小刻みに震えだしているのだ。
「う、うそ……そんなこと、あり得ない……」
まるで、先ほどまでの十八と二人組の立場が、逆転したようになる。
立て続けに起こる異常事態に、二人が動揺し、オロオロし始めた。
「華蓮~ッ、柱基ィ~ッ、春花ァ~ッ、ゼッタイ帰るからなァ~~ッッ!」
言いながら、突っ張る腕に力を込め続ける。
すると、十八が力を込めるのに比例して、地震の範囲と揺れが、徐々に大きくなってきた。
最初は魔法陣の周囲だけだったのに、それが環状に拡散していくと、自分たちの体を通り過ぎ、周辺の建物や、街路樹までが、小刻みに揺れ始める。
「キャーーッ!」
「じ、地震よッ」
一筋向こうの通りから、誰かの悲鳴が聞こえてきた。
範囲が広がるに連れ、揺れの大きさも、だんだんひどくなってくる。
震源に近いこの場所は、特にひどく、すでに震度3か4ほどに達していた。
路駐していたベンツが、小刻みに横へ、ズッ、ズズッ、と動いている。
「ま、まずいですよッ、どうしますッ?」
大男のほうが、危機感から、美女の方へ声を掛けた。
美女の方も、しばし苦悶の表情を浮かべていたが、意を決すると、揺れの中を、十八の方へ近づいていく。
そして、必死に抜け出ようとする彼の目の前で立ち止まると、おもむろに片足を持ち上げた。
「Excuse-moi!」
叫ぶと同時に、ハイヒールの踵が、十八の脳天を直撃する。
「アガッ」
ヘンな声を発した十八は、腕の力がフッと抜け、瞬く間に、魔法陣の中に吸い込まれて、消えてしまった。
そのとたん、地震はピタリと収まり、魔法陣も一瞬で消えてしまう。
周囲の様子は、まだ少し落ち着かないが、二人は顔を見合わせると、ホッと息をついた。
と、その時、ポツリと、美女が自嘲気味に漏らす。
「私はきっと、ロクな死に方をしないでしょうね」
彼女のそばで、それを聞いた大男は、おもむろに地面に片膝をついて礼を執ると、恭しく言った。
「たとえあなたが地獄に落ちても、私たちは最期まで、あなたに付いていきます」
美女は、そんな大男を、上から見つめると、フッと笑みをこぼす。
「ありがとう」
大男の言葉で、二人の間に、束の間、和やかな空気が流れた。
そんな空気の中で、突如、道路沿いに立っていた桜の木から、花びらが一斉にバサッと全て散り落ちる。
和んでいた二人は、ギョッとして、桜を見つめたが、花びらが散り落ちた後は、特に何も起こらなかった。
それにしても、同時に全てが散り落ちるのは、明らかに不自然である。
なんでこんな事に?と思っていると、少し離れた桜の木の花びらも、同じように、バサッ、と全て同時に散り落ちた。
それだけではない。耳を澄ますと、あちこちから、バサッ、バサッという音が聞こえる。
美女も大男も、キョロキョロと辺りを見回すが、第三者による攻撃などではなく、桜自体が、勝手に散っているらしいと思われた。
そんな奇妙な現象に目を白黒させていた二人の間を、春の風が吹き抜ける。
すると、周辺から一斉にピンクの花びらが、大量に空に舞い上がり、他に例を見ないほどの桜吹雪が舞い散った。
後に、地元のローカル新聞や、ローカルニュースが調べ、報じたことによると、この日起きた地震は、震度4もの規模でありながら、被害の範囲が、長多神社を中心とする、半径わずか三キロでしか起こっていなかったため、気象庁などの地震計でも正確に記録されていなかった。
また、その範囲に咲いていた桜の花だけが、地震の直後に一斉に散ってしまうという怪現象も記録されている。
そんな奇妙な出来事があったため、後にこの現象を調べていた関係者の間では、この地震のことを「桜乱地震」と呼ばれるようになった。
そして、この桜乱地震の日から、天木十八は行方不明となる。
それは、彼が支えていた天木家の平穏が、ゆっくりと崩れ始めた時でもあった。
※異世界帰還者の事情は、これにてしばし一時休載に入ります。
なお、続きは、再構成版の新作として、後日再投稿を予定しております。
詳細や進捗は、活動報告にて適時投稿させて頂きます。
乞うご期待~
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
もし、この作品を気に入ってくださった方は、ブックマークや星☆の評価など、よろしくお願いいたします。
さて、本編の最期にも書きましたように「異世界帰還者の事情」は、今回の話を最期に、一時休載に入ります~
どれぐらいの方が待っていて下さるかわかりませんが、続きは、再構成版の投稿をお待ち下さい~
あと、余談ですが、最終話は前・中・後編の三話ぐらいで終わらせます、と思っていたのですが、最期だけ枚数がかさんで、バランスの悪い構成になってしまいました。昔からそうですが、私は構成力が弱いなァ~とつくづく思います。
次回の新作、再構成版は出来るだけしっかり組めるよに頑張ります~
なお、この作品は一時休載に入りますが、活動自体は続けるつもりです。
とりあえずは、活動報告を、これまでのように月・水・金で投稿しようと思ってます~定期的に何かをネットに上げる習慣は、なくさないようにしたいからです~
なお、次回の活動報告投稿予定日は、十月六日・金曜日を予定しております~時間は未定です~
どうぞよろしくお願いします。
ではでは~(^^)




