王妃様と王太子は共に策士である 〜視点〜
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それは今から三年前にもどる。
王妃の私室ではいきなり度肝を抜く言葉が発せられた。
私の侍女であるアナスタシアが突然結婚するといった。
「えっ?ちょっとアナスタシア、もう一度聞いていいかしら、今、何て?」
再度、目の前に立つ彼女に向かって尋ねた。
私の隣には女官長のソフィアが呆然と立ち、唖然としていた。
それはそうだ。昨日まで何一つ聞いていなかったから。
彼女から結婚という言葉は一度も聞いたことがなかった。
「はい、王妃様、女官長。私、アナスタアシアは、結婚することになりました」
(それはおめでとう。っていいの?喜んでいいのかしら)
私の頭の思考が固まってしまった。
「ソフィア、・・・とりあえず、今すぐこの後の予定は全て断って。
キャンセル、キャンセルよ。それとお茶の用意と後で国王陛下を呼んで頂戴、お願い」
女官長はすぐさま部屋を下り、侍女にお茶の用意を指示し、国王陛下の側近に面会し、王妃様の本日の公務を全てお断りを伝え、後で王妃様の私室にお越しいただくよう全てを整えた。そして再度王妃様の部屋に急ぎ戻った。
部屋に入ると王妃様、アナスタシアがソファに対面で座っていた。
王妃様は侍女が用意したお茶を飲んでようやく落ち着いたように見える。
「ソフィア、ここに座って」
そういい王妃様はソフィアを促した。
「では、アナスタシア。もう一度聞くけど誰と誰が結婚するのかしら」
「はい、王妃様。私とイングリット伯爵です」
「イングリット伯爵?あっ、そういえば彼、独身よね。随分前に奥様が亡くなってしまって。でも娘がいたわよね」
「はい、その通りです」
「あなたなら、初婚の相手がいいと思っていたけれど」
「王妃様、私は自分は結婚することはないと思っておりました。しかしどうしても結婚しなければならなくなって」
「いえ、結婚することは賛成よ。それにイングリット伯爵は、魅力的だし、悪くないわ。ただ、突然なので正直驚きのほうが大きいのよ」
そういうとアナスタシアはシュンとした。
「いいのよ、以前からお付き合いしていたの」
「いい大人ですし、お互い良い友人でと思っていたのですが、身内でちょっとありまして」
王妃様とソフィアは首を捻った。
なに、身内でちょっとって。どうしてかしら。
「実は伯爵の娘がどうしても結婚してほしいと、私たち二人にすぐに証明書を書かせてたのです。後は承諾を得て受理されるだけになっております」
(は?普通違うでしょ)
一体どんな娘なの。伯爵よりも娘が先に結婚してほしいなんて。
「わかりました。あなたは私が自国から連れて来たのだから、親と言ったら私になるわ。一度、伯爵と会いましょ。それと娘も一緒に」
「ありがとうございます。けれど私は結婚しても女官を続けます。それは伯爵も了承しております」
「それを聞いてほっとしたわ。ねえ、ソフィア」
「はい、よかったです。おめでとう」
アナスタシの隣に座っていた女官長も、ようやくほっとして引きつっていた顔がもとの穏やかな顔に戻った。
「ありがとうございます。では後日、伯爵と一緒にお目通りに伺います」
後日、イングリット伯爵とアナスタシアが王妃に謁見のため王妃の私室に訪れた。
部屋に通すと、流石は伯爵、噂に聞く眉目秀麗である。
たしかに、今まで再婚しなかったのがおかしなくらいだ。
「今日はお忙しい中、私どもに謁見を賜りありがとうございます。ルーカス・イングリットでございます。
そして大変申し訳ございません。娘を連れてくるはずでしたが、どうしても都合がつかなくなってしまいまして」
そう挨拶して、彼らをソファに座らせた。
「いいわ、また後日にしましょう」
「ところで、私はアナスタシアがあなたと結婚すると聞いたのだけど」
ルーカスの美貌は知っていたが、目の前であのように微笑むと少しこちらも赤くなる。
「はい、その通りでございます」
「いつから付き合っていたの」
「はい、正直、真剣に付き合い始めたのは一ヵ月前からでしょうか。以前は飲み友達でした」
「そう、ではなぜそのようになったのかしら」
「お互いいい大人ですし、結婚より飲み友達のままと思っていたのですが、私の娘が結婚してほしいと、すぐに手続きに必要な書類を手に入れ、私たちに渡したのです。そして目の前ですぐに書かせられました」
(つまり娘が結婚を頼んだの)
王妃は唖然とした。ただの飲み友達で知り合ったまではわかる。ただ、付き合いが一ヵ月前からでいきなり娘が出て来て結婚しろとは。突拍子もないわ。
(一体どんな娘なのかしら)
王妃様は俄然、娘に興味が湧いた。
彼らが帰ってから、国王に話し、王妃は国の諜報機関に伯爵の娘の調査を依頼した。
シェリル・イングリット伯爵令嬢 18歳
隣国エスタニアアカデミー専門卒業
武道、剣術、馬術、語学を得意とする。現在、私立諜報員として隣国滞在中
確かに普通の令嬢ではない。是非会って見たかったわ。
それに彼女なら彼に会うかもしれないし。
とりあえず、今回はこの結婚でアナスタシアが幸せならいいわ。
三年が経ち今となって王妃の感が当たるとは、アナスタシアとルークは予想すらしなかった。
王妃様がこの計画を以前から考えていたなど誰が思っていたことか。
それに息子がなにやら嗅ぎつけてきた。
まぁいい。自力で頑張ってもらわないと。彼女は一筋縄ではいかないから。せいぜい泣かないように。
私は助けないわ。
シェリルがシャロン王国でワーグナー公爵の仕事をして、家を留守にしていた時、イングリット伯爵家あてに王妃様から手紙が届いた。
家令はすぐに主人のルーカスに手渡し、彼はその場で手紙を読んだ。
彼は前日、交易から帰って来たばかりで、たまたま家にいた。
王妃様とお会いしたのは、三年前の自分たちが結婚するための謁見以来だった。
アナスタシアは王宮で王妃に仕えていたが、自分宛てに手紙を寄越すなど思いもよらなかった。
彼はアナスタシアと結婚するのは娘が願ったと王妃に伝えた。そのため娘に会ってみたいと言われたのだが、
生憎、娘はその時仕事で外国に行っていたので叶わなかった。
それ以来そのことを失念していた。
王妃様に結婚の承諾を得たとき、ルーカスは王妃様に娘の能力を話していた。
王妃は驚愕したがこのことは伏せるようにした。娘の特殊能力は、人のオーラが見えることだ。
仕事ではそれを使う。娘が見えるオーラとは思考、感情などさまざまなことを見抜くことが出来た。
いつからだろう、娘にそのような能力を持つのがわかったのは。
あれは娘の母親のデイジーが病気になり、だんだん悪化していたときだった。
伏せっている母親のベッドの脇で、じっと母親を見ていた娘が私にいった。
ママの周りの色が薄くなっている。
私には娘の言っていることが全くわからなかった。しばらくするとデイジーは亡くなった。
それで後日、私は本で調べ、知り合いの医学者たちにそのことを尋ねた。
彼ら曰く、多分オーラが見えるのだろう、といった。
その結果、私はこの能力が人に知られないようにするべく、娘をずっと手元に置き、仕事で外国に滞在すれば一緒に連れていった。娘が成長すれば滞在国のアカデミーに通わせ、同時に同じ諜報員として仕事を教えてきた。
伯爵令嬢だったので、令嬢の嗜みは家庭教師が教えた。
だが、唯一違うのは、娘を社交界には出させなかった。だから王太子殿下にも会ったことはなかった。
(なかったはずだった)
それでもよかった。あの能力が人に知られないのなら。
幸い娘はそういうことに全く興味がなく、自立した女性になった。
だからよかった。
社交界に出ないとなれば、なかなか男性に会う機会はなくなり、結婚も遠のくというものだ。
そして娘は結婚はしないといい、仕事に専念した。
だがしかし、なぜ王太子殿下が娘に興味を持ったのだ。
(なぜだ)
それがその手紙に書いてあった。
何気なく娘に聞くと、まったく王太子殿下のことなど知らなかった。
それに娘は近々、王都に店を出す計画をして、諜報員の仕事をこれを最後と考えていた。
私はアナスタシアに王妃様から届いた手紙を渡した。
彼女はソファに座り手紙を読み終えると項垂れた。
彼女は王妃様の性格をよく知っているからだ。
「あなた、どうしましょう」
「仕方ない、娘に任せよう。私は娘が幸せならそれでいい」
城には二匹の虎がいた。
それに立ち向かう娘が少し不憫にも思えた。
王太子の視点
隣国で会った娘はただの令嬢ではなかった。
盗賊に囲まれ、アルフレッドと助けに行けばひとり勝手に倒してしまった。
しかもあの剣さばき、素晴らしい腕だった。
それに可笑しな令嬢だった。
カフェで出会ったその令嬢は、クソ生意気で、なにせ俺たちに毒を吐いて去っていった。
俺の容姿を見ても何も思わず、淡々と毒づく。
カフェにいた女性たちは、チラチラを俺たちの見て周りはピンク色がわかる。
隣にいたアルフレッドも夜会などに出れば、周りを囲まれるくらい人気があるというのに。
なんだあの態度は。
面白い。こうなったら絶対こちらを振り向かせてやる。
アルフレッドにも言われたが、こんなに女性に興味を持ったのは初めてだ。
後日、国の諜報機関に調べさせたら、意外なことがわかった。
シェリル・イングリット令嬢
幼いころからイングリット伯爵の仕事で、近隣諸国に滞在。
道理で外国慣れしていた。
高度な教育も受けていたし、それに令嬢なのに仕事をしている。
それも諜報員だ。
聞いて呆れる。普通しないだろう。令嬢だぞ。
あの親にして子供までとは、恐れ入った。
だからこそ面白い。絶対に逃さない。
伯爵令嬢とわかり、すぐ様王妃である母上に伝えた。
だが、思いも寄らないところで挫かれた。
「彼女は難しいわ。あなたには無理ね」
そういわれたら闘志が湧き出た。絶対につかまえる。だがその彼女は俺の斜め上を行き、自由人だった。
するりと抜け出す。誰かに似ていた。
アルフレッドの視点
隣国で出会った娘はだだの娘ではなかった。
ジーク様と俺に毒を吐き、盗賊に囲まれればひとりで倒し、何事もなかったように馬車に向かう。
ジーク様に頼まれ調べれば、やはり只者ではなかった。
シェリル・イングリット伯爵令嬢。
後で知ったが、俺たちの知らないところで、王妃様に依頼され仕事をしていた。
あれでは絶対わからない。
今後は徐々に外堀を埋められていくだろう。
多分そちらのことにについては、相当鈍いように見受けられる。
それにしてもなんというか王妃様と同じにおいがするのは気のせいか。
いや、同じようなひとが、二人もいたら周りが大迷惑する。
これからその大迷惑が俺に被ってくるなど思ってもいなかった。
気がつかなかった自分が残念だ。
でもしかたがない、さあ、やるか。
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