ルナ王国ジークフリード王太子と王妃様
3
次の日、ジークフリードは国王夫妻の私室に呼ばれた。
王宮の王族専用区域には夫妻専用の私室がある。
部屋は、贅沢を極めた調度品があり、悠に三人が座れるくらいのソファが三つも置かれ、テーブルを囲む。
それがその部屋の広さを知らしめた。
その一つに二人並んで国王夫妻が座っていた。
夫妻はソファに座りながら手を握っている。
息子の俺が部屋に入り、対面のソファに座ってもまだイチャイチャしていた。
俺がいてもお構いなしだ。
(誰かこの夫婦のイチャイチャを終わらせてくれよ)
半分は呆れ半分は苛立つ。しかし今更始まったことではない。
この夫婦は国同士の政略結婚だと思っていたが、実は恋愛結婚だった。
王族としては珍しかった。国王がまだ王太子のころ、近隣諸国を巡った際、王妃を見染めた。
そしてそのまま連れて帰ってきてしまった。なんとも素早い行動だ。
それからすぐに結婚の運びとなり、今に至る。
コンコンとドアを叩く音がして、侍女がお茶を運んできた。
それと同時に国王夫妻は手を離す。
(す、素早いな)
侍女は運んできたお茶をテーブルに並べ、カップへ紅茶を注ぎ退室した。
それを見計らい、国王がコホンと咳払いをしてから俺を見た。
「ジーク、お前が帰国したのだから、そろそろ本格的に王太子妃の候補者たちを城に招くとする。
別段問題ないな」
俺は国王似らしい。金髪の髪に少し白ものが入り、碧瞳をもつ。俺も歳をとるとあれになるのか。
本当に。
(残念だ)
頭の中は話半分だった。
気を取り直してその言葉を返した。
「父上、少し状況が変わりました。ちょっと気になる女がおりましてーー」
そこまでいうと、初めて聞くその話に国王夫妻は目を見開いた。
それはそうだ。今まで俺からそんな話をしたことはなく、あちらがお茶会を開こうとすれば、やれ忙しいだの、夜会で話をしても、性格が合わないなどと言っていた。
その俺が手の平を返した。
「どこの令嬢です」
王妃は広げていた扇子をピシャリとたたんだ。
鋭い眼光をこちらに向け、美しい王妃の顔はまるで鷹のようにキリッとした。
「まだわかりません。今、アルフレッドに調べさせております」
「そう、では見つかったらすぐにでも城に連れて来なさい。
あっ、でも、すでに王太子妃候補者の令嬢たちは登城するのですから、そのつもりで。
もしかしたら、その中にいるかもしれないわ」
そういい、たたんだ扇子を広げて口元を隠した。
(ないな)
俺はひとり愚痴りお茶を飲んだ。
その頃、シェリルとアナスタシアは王妃様に謁見するため王宮へ向かった。
白亜の城とはよくいったもので、見えてきたのはお伽話に出てくるような城だった。
城に着くと早速、王妃様の私室に向かうため長い廊下を歩く。
中廊下はアーチ型になっており、途中には中庭があった。
噴水があり、その周りに花が植えられ、憩いの場所だろう。流石によく手入れがされていた。
建物側の奥側の木々は二階まで伸びて、木陰ができその下は芝生が生えてある。
今日はさすがの私も正装で、王宮に出向くため久しぶりにコルセットをしてドレスを着た。
マリーが選んでくれたドレスは濃紺のスレンダータイプだった。
濃い色のため重く見られるが絹で作られ、上にはオーガンジーが何層にも重ねられてあった。
髪は下ろしたままで、パールのついたワイヤーを髪に巻き付けた。
背が高いのでいつも低いヒールを選ぶ。
隣を歩く継母は、若草色のベルベットでふんわりとしたのドレスを着ていた。髪は巻き上げてある。
突然、継母は思い出すように私に言った。
「そういえば、この間お父様がおっしゃっていたわ。あなたがお願いをした物が近々届くそうよ。
何が届くのかしら。それとそれを使える者も一緒に連れてくるそうよ」
「そうなのですね。楽しみです。王都に出すお店も随分進んでいます」
そういいシェリルの足取りが急に軽くなった。
王宮は迷路のようだった。
しかし、継母は知り尽くした場所であるためなんなく前を歩いた。
王族専用区域に来ると女官長が待っていた。
私たちに向かい、ゆっくり腰を曲げて挨拶をした。
「お待ちしておりました。イングリット夫人、並びにシェリル嬢。
王妃様がお待ちです」
前を向き部屋まで案内される。女官長の後ろに継母が歩く。
女官長はソフィアという。継母の五歳上だ。
すると彼女はだれもいなくなるのがわかると、砕けた口調で継母に話し始めた。
「あなたが辞めてしまってから、大変なのよ」
「どうして?」
「後でわかると思うけど、今度の候補者たち、濃いわよー」
後ろで聞いていた私は帰りたくなった。その時、女官長が後ろにいた私に向かい言い放った。
「絶対、この話を断らないでね!」
(なんだ、いったい)
そういって彼女は振り返り、足早に歩きはじめ王妃様の部屋に向かった。
私たちもそれに倣い足早に歩いた。
女官長から王妃様の私室に通された。
この国の王妃様は継母より十歳ほど年上だった。
白金の髪の美しい女性がソファに座っていた。
さすが王妃様。座っていてもその凛としたお姿には、後光が見えます。
女官長は、一度王妃様に挨拶をしてから部屋を出た。
継母の次に私は王妃様に淑女の礼をして挨拶をする。
「はじめまして、王妃様、シェリル・イングリットです」
「まあ、素敵。ようこそ」
そういって王妃様は可愛らしく微笑んだ。するとそこへ女官長自らお茶を運んできた。
向かい合うソファに継母が、その隣に私が座った。テーブルにお茶が置かれ、その後女官長は礼をして後ろに下がろうとした。その時王妃様が扇子でソファの肘掛けを軽く叩いた。
「あなたも一緒に聞いて。お願い」
王妃様は女官長を一人掛けの椅子に座らせた。
目の前には王妃様。横には女官長に挟まれた私がいた。
すると王妃様が扇子を広げた。
「では、いつものように」
そういいニッコリと微笑んだ。
それは彼女の合図だった。
実は彼女たちは仲間である。
つまり継母は王妃が嫁ぐ時、自国から一緒に連れて来た侍女。
女官長は王妃の昔の友人だった。
昔、女官長のソフィアは、若い頃王妃の国に遊学した。
王妃はソフィアが滞在した伯爵の娘と同じアカデミーに通い、
よく伯爵家に遊びに来ていた。その時からの仲だった。
彼女は帰国してから、前王妃の侍女を始めた。
そして伯爵と結婚して子供ができたのだが、残念なことに伯爵は病死してしまった。
やめることになっていた侍女の仕事は、子供を育てるために辞めずに留まった。
その時隣国から急に現王妃が嫁ぐことになり、前王妃が彼女を現王妃の侍女として就かせた。
優秀な彼女はそれから女官長まで上り詰めたのだ。
お茶を飲んで落ち着いた私をじっと王妃様は見ていた。
なんだか値踏みをされているようだ。仕事を頼むからだろう。
だがなぜかそわそわと心がざわつく。
すると王妃様はいきなり爆弾を落とした。
「あなた、息子の嫁にならない?」
(いきなり何ですか!)
私、継母、女官長の三人の目が点になった。
さらに王妃様は質問してきた。
「年は?」
「はぁ、21ですが、すみません王妃様。私は結婚をしませんので」
「結婚したくないの?その年だと周りはしているでしょうけど」
「いえ、私は別に」
「でも、良い話ではなくて?」
仮にも一国の王太子殿下のお妃を決めるわけなのに、そんなに軽く言っていいのだろうか。
「私には勿体ないお話です」
「あら、そんなことないわ。是非お願いしたいわ。
何だか私たち気が合いそうだし」笑っていった。
「いえ、大変失礼ながら、そのお話は熨斗を付けてお返しいたします」即答した。
負けずに返答がきた。
「息子にどこか不満があるのかしら?」
王妃様はいたずらな顔をして聞いて来た。
「いえ、不満ではなくて、私は結婚をする気がないだけです」
私も負けずに言い切った。
「あら、そうなの。でもその気になればするのね」
そして王妃様は、口元を扇子で隠した。明らかに笑っている。
すると横にいた継母が見かねて王妃様を止めた。
「王妃様、お遊びはそれくらいでよろしいでしょう。本題に入らないと」
そういわれてしまったが、王妃様はまだ話し足らなく、残念そうに眉を下げた。
「そうね。ではまたの機会に話し合いましょう。では本題」
そういってテーブルにあるカップを手にとった。
(もう話す機会はないでしょう)
しばらくするとアルフレッドが俺の執務室にやってきた。
「ジーク様、調査結果が届きました」
そういい俺に蝋燭の印璽で止めてある手紙を渡した。
それは彼女に関わる調査報告書だった。
伝えたのは、あの店で見た万年筆の紋章。あれは特注品だ。それをできる店は少ない。
そして銀の髪の令嬢。年齢が18から22くらいだ。
大まかな情報だけ。
「もうわかったのか。さすが我が国の諜報機関だ。素晴らしいな」
「こんなことに彼らを使うなんて」アルフレッドは渋い顔をした。
「褒めているんだがね」
そういい封を切り手紙を広げた。
彼女の名前は、シェリル・イングリット伯爵令嬢、21歳。
銀の髪、アイスブルーグレイの瞳、イングリット伯爵家の一人娘。
「あのイングリット夫人の娘か」
フッ、なら俺にとって好都合だ。
夫人は王妃が嫁ぐ時、一緒に連れて来た侍女だった。最近まで城にいた。
話が早い。自分の幸運にほくそ笑んだ。
前に立つアルフレッドは俺の顔を見ていった。
「どうでしたか?」
読み終えた調査結果をアルフレッドに渡した。
アルフレッドはそれを読んで、同じようにほくそ笑んだ。
そしてさらに調査をするように依頼した。
ただ、彼はその後、これから人生最大の苦労をすることになるとは思ってもいなかった。
王妃様は飲んだ紅茶のカップをテーブルに置き話し始めた。
「では早速、まずはこの五人の令嬢たちの色を見てもらいたいの」
そういってテーブルに五枚の絵姿を広げた。広げられた絵姿から見る五人の令嬢は、皆普通の色だった。
良くも悪くもない。つまり害はない。
ただひとりだけ少し乱れた色が混ざっていた。
まあ、これくらい問題ないと答えた。
「今度この王太子妃の候補者たちが登城してくるの。予定は三ヵ月の滞在よ。
その時、あなたに候補者たちの侍女になって彼女たちの素行を見てほしいの。
そして誰が王太子に合うかを見定めてほしいのよ。このことは息子には話してはいないわ」
「色と調査はわかりました。ですが王太子殿下に合うというのはいかがなものでしょうか。
それは殿下がお好きな方を選べば済むことだと存じます」
そう伝えると王妃様は首を横に軽く振った。
「それは無理ね。息子は大の女嫌いだし、今までやんわりと全てはぐらかしてきたのよ。
だから息子と彼女たちの調整役をお願いしたいの。
彼女たちが三ヵ月間城に滞在するから、あなたも城に滞在してほしいの。
部屋はこちらで用意するわ。女官長付きの侍女として務めていただくわ」
ただの侍女でいいのではないだろうか。そう考えていたら王妃様が真面目な顔をした。
「だだの侍女だと候補者たちがあなたに我儘をいうでしょ。
それにお互いの調整役だと息子と頻繁に会うことになるから名目があった方がいいのよ」
そして王妃様がいろいろ聞いてきた。その質問に答えていく。
そして最後の質問だといった。しかしそれは仕事の話ではなかった。
「あなたは好きな人はいないの?」
「いません。私は結婚しません。やりたいことがありますので」
同じように即答した。
それにしてもこの国の王妃様は自由な人だ。これではお付きの人はきっと大変だろう。
今回の仕事は遠慮したくなった。
しかし、これは国王夫妻直々の依頼だ。まず断れない。
ため息がでた。そして諦めて仕事を受けた。
話を終えて部屋を出て、継母と廊下を歩く。城の中だが緑が多い。木々の葉がそよそよと風に揺れる。
ジークフリードが東の棟からアルフレッドを連れて歩いていた。
私たちは彼らに気がつかなかった。
なぜなら先ほどまで、王妃様の独壇場の寸劇に疲れ切っていた。
次の日、ジークフリードは王妃の私室にいた。
彼はアルフレッドからの調査結果を話しにきたのだ。
調査結果を王妃に話し、彼はすぐにでもと思い、自分のニヤついた顔を隠すのが大変だった。
が、王妃からは予想もしない答えが返ってきた。
「彼女は難しいわ。あなたには無理ね」
そういい手に持つ扇子を扇ぐ。
一国の王太子の俺が無理なら他は全て無理だろう。
ニヤついた顔は急速に冷めて真顔になった。そして王妃に詰め寄った。
「どうしてですか」
王妃は広げた扇子をひらひらと扇ぎながら口元を隠す。
「なんとなく。もし、彼女がよいのならあなた自身で彼女にお願いするのね」
「自身で?」
「そうよ。自身で彼女を口説き落とすことができれば許すわ」
(簡単だろう)
「わかりました」
席を立ち部屋を出た。
その後ろ姿を見て王妃の口角があがった。
これは獅子の子落としなのだろうか。
それは息子を応援しているのか、していないのか。全くわからない微笑みだった。
読んでいただきありがとうございます。
ラブコメ(笑)にさらになるよう頑張ります。
ブクマありがとうございます。嬉しいです。