王太子殿下との勝負の行方は
11
私はひとり馬車に乗り、家に帰ってきてしまった。
その後、夜会がどうなってしまったのか心配ではあったが、私にはそれどころではなかった。
なぜ、どうしてこうなったのかがわからない。寝台に座り呆然としていた。
マリーは心配で、シェリルの部屋前の廊下を行ったり来たりとしていた。
しばらくすると伯爵夫妻が城から戻ってきた。伯爵はそのまま部屋に戻ったが、夫人は一度着替えてからシェリルの部屋に向かった。マリーが夫人に気づくと深く腰を下げた。心配でしかたのないマリーを、夫人は大丈夫だと宥め、自室に戻させた。
そしてシェリルの部屋のドアを叩く。
シェリルは、継母と今まで一度もじっくりと話したことがなかった。仲が良くてもやはり見えない薄い壁があった。
多分それはシェリル自身が気づかずに作ったものだろう。部屋に入ると継母はシェリルの隣に座った。
並び座り、継母が優しく両腕を伸ばしてシェリルを抱きしめ、そして彼女の頭を撫でた。
「シェリル、驚いたでしょう。大丈夫かしら?ごめんなさい、実は今回のことは私もルーカスも知っていたのよ。黙っていて本当にごめんなさいね。王太子殿下は、あの王妃様の息子だからこうなるのよね。あぁ、後の夜会のことなら心配しないで」
そういい笑った。
私は黙って継母を見た。どう答えればいいのか本当にわからなかった。
そういい私を見ていった。
「少し私の話を聞いてくれるかしら」
お継母様は昔の話をし始めた。
それは王妃様と国王陛下の馴れ初めだった。
私は王妃様が隣国の王女様で、国同士の政略結婚だと思っていた。それに国王陛下との馴れ初めは、あまり知られていなかった。
当時、侍女だったお継母様は、そのことを今でも鮮明に覚えてるといった。
国王陛下が王太子の時代に近隣諸国を巡ったとき、王妃様の国に滞在した。その時王妃様を見初めたそうだ。
しかし、見初めた場所は城ではない。当時王妃様は王女で、よく女官長が滞在した伯爵家の令嬢と遊んでいた。そして一緒に王都を散策したり、買い物をしたり。その日は人気のカフェに行きお茶を飲んでいた。そのカフェで頼んだケーキを美味しそうに食べる王女を、偶然居合わせた王太子が見ていた。王太子としては美味しそうに食べる王女が可愛らしく気に入り、一目惚れしたそうだ。だがそれをじっと見られていたので、気づいた王女はとても不愉快な思いをしたらしく、そのため王太子に変態と言って毒を吐いた。
王太子とは知らずに王女は毒を吐き、城に戻ってそのことを侍女である継母に話した。
次の日、王城の国王陛下に謁見するための広間で、昨日、変態と毒を吐いた人物が王女で、吐かれたのが隣国の王太子と互いが知った。王太子は毒づかれたにも関わらず、王女を気に入り、その場で国王陛下に王女との結婚を申し込んだ。そして短い滞在中に王女の承諾を得て、そのまま一緒に国に行くことになったため、突然結婚の運びとなった。
よく聞いていると、やり口が私と同じだ。当たり前だ、王太子殿下はその血を引いてるのだから。
最後にお継母は、嫌なら断ってもいいのだと、ただ、自分たちは私に幸せになって欲しいだけだといった。
そして私の頭を撫ぜた。
夜、ベッドに入るとシェリルはすぐに深い眠りについた。そしてなぜかよく眠れた。
次の日、シェリルは王太子殿下に手紙を出した。
手紙を受け取った王太子殿下は笑っていた。なぜかとても嬉しそうに。
シェリルは一言だけ書いた。挑むとだけ。たぶん王太子殿下はその意味がわかったのだろう。
王太子殿下は一ヵ月後を楽しみに、そして開かれる舞台を用意するためアルフレッドを呼んだ。
私は伯爵家の馬車に乗り、ある目的の場所へと向かった。
森を抜けて隣国との国境近くにあるその村は、農耕の盛んなところだった。田畑が多くまた、一面には青青と育つ麦が見渡せる。しばらく進み、馬車が走ると一画だけ拓けた。見ると前には聳え立つ城のような屋敷が現れる。門の外からでも、大きな声が響き聞こえる。その声は屋敷からではなく、その隣にある建物から聞こえていた。中では黒い上下の服装を紐を腰で縛る。二人組になり大勢の男たちが向き合いながら、剣を構え、互いに組み合い鍛錬をしていた。私が中に入ると声が止まり、全員が一斉に並んだ。
並んだ男たちが一斉に私に向かい一礼する。
「ご無沙汰しております」全員がそういい私を見る。そしてひとりが私の前にでてきた。
「元気にしているか?お嬢」そう言ったのは私が店で雇っている男、マーシュだ。
ここは私が武道と剣を学んだ鍛錬場でもあり、私の師匠の一門、この男はその師匠の弟子で順番からすると私の次だ。
すると奥から同じ黒い服の人が出てきた。金髪の長い髪を後ろで縛り、背が高く、体躯は細いが鍛えているのが服の上からでもわかる。顎と頬には髭があり、年齢がよくわからない。だがお父様と近いと以前聞いたことがあった。
私は姿勢をただした。
「師匠、ご無沙汰しております。お元気でしたでしょうか。突然お伺いをして申し訳ありません」
「よく来た。奥で話そう」そういい私を促した。
また男たちが元に戻り鍛錬を始めた。
私は師匠の後を歩き、私の後ろをマーシュが続いた。
鍛錬場近く、屋敷の離れにある師匠の籠り部屋は、昔よく遊んだ場所でもあった。
当時と変わらない。部屋に入るなりシェリルは「懐かしい」と呟いてしまった。
「ははは、そうだろう。ここは全く変わってないぞ」そういい豪快に師匠は笑った。
本棚には色々な本が並んでいる。ほどんどは武道の形、剣の本が多い。
ソファに座るとこの屋敷の家令がお茶を持ってきた。ロバートだ。
「シェリル様ご無沙汰しております。お元気でしたでしょうか」そういいテーブルにお茶を並べる。穏やかそうに見えるが彼は若いころは師匠の一番弟子でもあった。幼い私はロバートに剣を教わった。
「ええ、元気よ。ロバートも久しぶりね。かわらないわね」にこやかに言うと、ロバートは私を見てさらにいう。
「シェリル様、少しは淑女になりましたでしょうか。相変わらずお父様を困らせているのでしょう。そろそろ結婚のお話も聞きたいところですね」そういい穏やかに私に毒を吐く。
私はしれっとして出されたお茶を飲んだ。
ロバートは私が幼い頃ここに連れてきた時からなので、頭が上がらない。
向かい合った師匠に、私は姿勢を正した。
「師匠にお話があり、本日参りました」
そして私は一部始終を師匠に話した。
話を終えると師匠は少しだけ口元が緩んだように見えた。
「では、私が判定基準を決めてやろう。そして勝負の有無を決める者を出してやろう」
私は王太子殿下に一任してしまったので、師匠の申し出はありがたいが無理だろうと思った。だが師匠はさらにいう。
「こちらから王太子殿下に手紙を出そう。なに問題ない、私が言っているのだから。今回の勝負はあまり公には出来ない。しかし、勝負なのだから公平な判断をしなければな」
そして最後に言われた。
「シェリル、もし挑んで負けたら、潔くしろ。わかったな。これは師匠の、私の意見だ」
私は黙って頷いた。
そして私は一週間滞在し、鍛錬をした。
挑んだ当日。
場所は王太子が用意した城の中にあるとある場所だった。
そこは師匠のところと同じような鍛錬場だった。だが見ると正方形の形でその四端には大きな柱がある。上には屋根があり、下は砂と土が混ざったような足場で固められてある。それは今回のために作られたようだった。私がその場に立つとすでに王太子殿下がいた。またその鍛錬場には席が設けられ、そこには国王陛下、王妃様、段が下がりお父様、お継母、女官長そしてアルフレッド様が席に着く。また国王陛下の右には空席が一つあった。
私と王太子殿下が対面すると、判定を決める者達が現れた。師匠がわざわざこのために用意してくれた。
「ではこれから一本勝負をおこないます。手を下についたり、体の一部が下につき、枠の外に出たりと、また剣が手から離れても勝敗が決まります。両者よろしいですか。では始めます」
そういうと互いが頷いた。
この正方形は思ったより小さい。力や体躯では王太子殿下には敵わない。でもそこは考えようだ、以前盗賊に向かった時はそのようなものはない。だからこの場合は私に有利。キンキンと剣が当たる音がすると同時に足場の砂が、ザッ、ザッと足元で舞い散る。
「思ったより、随分できるのだな。感心だぞ」
「それはどうも、それを言うことができるのも今だけです」
お互いが互角のようでなかなか決着がつかない。シェリルは長期戦になる場合は不利になる。なぜなら王太子殿下はあれでも軍を指揮する現役だ。いくら師匠の所で鍛えてきたとはいえ、もともとの体力が違う。
そのため早めの決着を決めなければならない。するとシェリルは、ふいに柱に向かい走り出し柱を使って空に舞った。すると王太子殿下もその反対側の柱を使い空を舞う。そして空中で互いの剣がぶつかり合った。
ジークフリードは思った。流石に師匠の一番弟子だと。無駄な動きがなく鋭く突く剣、また武道の形の完璧さ。唯一差があるとするならば体躯だけ、真剣にならなければ負けると。
舞いあがる土砂で少し周りが霞む。向かってくるシェリルの剣にぶつかった時、王太子殿下がシェリルの肩にぶつかった。だがシェリルはくるりと体勢を変え、さらに剣を持ち替えた。利き腕ではない方で向う。王太子殿下が今度はシェリルに向かってくる。
息を整えて剣を下げて迎え撃った。響き合う剣に見てい者は、まるで舞を見ているようだった。
その時奥のドアが開く。背が高く体躯がいい男が歩いてきた。それに気づいた国王陛下以外が席を立ち腰を下げた。
男は軽く手を上げ、皆を席に着かせた。そして自分は国王陛下の隣に空いていた椅子に座り、彼らの勝負をじっと見た。
なかなか勝負がつかないと思ったその時、ザッとシェリルの足が砂に取られ滑った。急いで体勢を整えようと足を戻して一歩踏みだしたとき、王太子が砂が舞ったのを利用し自分の足を出してシェリルの足へと伸ばす。シェリルはそれが見えず足をかけてしまった。
すると滑り込み手をついてしまい、剣を落としてしまった。
判定の者が大きくその場で声を上げる。
「やめぇぇぇ。王太子殿下一本」
その響き渡る声にシェリルは愕然とした。
王太子殿下はシェリルに手を出し立ち上がらせた。そして二人は並び合い礼をする。歩き出し判定した者と一緒に国王陛下の前に行き膝を折った。
「今回の勝負見事である」そう言うと。王太子殿下が顔を上げた。
「私に運が良かっただけでしょう。やはり難しい勝負だったと思います。しかし、勝負ですので、シェリル嬢、よろしいですね」
私の方へ顔を向け微笑んだ。仕方がない勝敗は決まってしまった。自分が挑んだのだからしかたがない。そう思った時、国王陛下の後ろから声がした。
「そうだな、いい勝負だった。シェリル嬢、潔く王太子と結婚するのだな」
「はい」
項垂れながら小さくいった。
そうはいったが、私にはその国王陛下の隣に立つ方がわからなかった。そしてさらに言う。
「まあ、今回王太子との体躯の差はありすぎる。だが潔く挑み素晴らしい物を見せてくれた令嬢に私から一つ願を叶えよう。結婚の撤回意外ならな。どうかな?」
そう言って笑って言った。
シェリルはじっとその国王陛下の隣に立つ方を見た。すると何か引っかかった。だがその何かが思い出せない。
じっと見るシェリルに痺れを切らした男が言った。
「私だ、シェリル」
私だシェリル?私だ?
「師、師匠!?」
「今頃気づいたのか、情けない」
「師匠?でも髭、髭がない。それにどうして国王陛下の隣に・・」
「君の師匠は私の叔父だ」
隣にいた王太子殿下がシェリルに笑って爆弾を落とした。
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