四 現世
気づくと俺は病院のベッドの上にいた。
トラックに轢かれたはずなのに、起き上がってもどこも傷まない。
突然、病室のドアが勢いよく開いた。
「お兄ちゃん!」
すごい勢いで俺の胸になつめが飛び込んできた。
「お兄ちゃん...!本当によかった...」
「なつめ...」
俺は自分の胸で泣く妹の頭を優しく撫でる。
俺は本当にまた現世に戻ることができたということを実感した。
「心配させてごめんな」
「ううん、いいんだよ...お兄ちゃんが無事だったなら...」
なつめは大きな瞳に涙を溜め微笑んだ。
ドアがノックされ、医者が入ってきた。
「柑凪さん、少しよろしいですか?」
「はい、わかりました。遅くなるかもしれないからなつめは先に家に帰っていてくれ」
「うん。お兄ちゃんお大事にね」
俺はなつめと別れた後、レントゲンなどの多くの検査をした。
しかし、驚くことにいくら調べても轢かれた痕跡は俺の体から発見されなかった。
「不思議ですね...轢かれたのにも関わらず打撲痕すら見つからないなんて。体に痛みなどはありますか?」
「いや、一切ないです」
「では今日は帰宅していただいても良いのですが、大事をとって一週間ほどは安静にしておいてください。あと、体に不調がありましたらすぐに病院へ来てくださいね」
「わかりました。ありがとうございます」
体に怪我がなかったのはもしかして、獄卒になったのが関係しているのだろうか。
俺はそんな考えを巡らせながら病院の外に出た。
すると足元に首輪をつけた白い犬が駆け寄ってきて、足元にちょこんと座った。
「お前迷子なのか...?」
こっちを見て尻尾を振る犬をよく見てみると、首輪に手紙のようなものが挟まっている。
「なんだこれ」
首輪からその手紙を抜き取り、宛名を見ると”柑凪夏之様”と書いてある。
「なあ、お前これどこから...」
俺は手紙から顔をあげ、犬の方を向くとさっきまで座っていたはずの犬は忽然と姿を消していた。
...あの犬はもしかしたら、閻魔庁からの使いだったのだろうか。
俺は帰宅して、妹に体の調子などを一通り話してから自室で手紙を開封した。
そこには、閻魔さんが俺に見せてくれた書類などが入っていた。
「ここが閻魔庁獄卒部現世課の拠点か」
俺はある場所が記された地図を見つけた。そこは子供の頃、幽霊が出るという噂があった古いビルを指していた。
「出勤日は明後日。持ち物は筆記用具、服装は自由か」
俺は他の書類に目を通しながら床に寝っ転がった。しかし、色々なことが立て続けに起こって疲れていたのかいつの間にか眠ってしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
事故から2日経過し、いよいよ今日が現世課への初出勤の日だ。
この日まで俺は掛け持ちしていたバイトを全て辞めてきて、新しい仕事に励むための準備を整えた。
俺が家から出る準備をしていると、後ろからなつめが不安そうに声をかけてきた。
「お兄ちゃん、本当に大丈夫?まだ休んでた方がいいんじゃない?」
「全然大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。なつめは本当にやさしいな」
俺がいつものようになつめの頭を撫でるとなつめは少し照れ臭そうに笑った。
「絶対無理しないでね」
「勿論だよ。じゃあ、行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
俺はかわいい妹に見送られて家を出る。
「俺はお前のためならなんだって頑張れるよ」
一人そう呟き、俺は地図を見ながら現世課を目指して歩き始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ここだよな...」
俺は子供の時と変わらないボロボロのままのビルを見上げる。
あまりにも古かったので人がまだ使っていたなんて思っていもいなかった。
古いガラス張りのドアを押して中に入る。
地図によると、現世課は3階にあるらしいので薄暗い階段を恐る恐る上がっていく。
「ここが現世課...?」
俺は現世課と書かれた白いプレートがかかったドアを見つけ立ち止まる。
ノックしてから開けると、そこには人の姿も何も無く、ただポツンと鏡が置いてあった。
「誰もいないし...。これは鏡...?」
俺はその鏡拾おうとそれに手を伸ばす。
すると、つい最近体験した鏡の方へ引っ張られる感覚。
「これ、もしかして浄瑠璃の鏡...!?」
視界が暗転した。
次第に引っ張られる感覚がなくなり、視界が明るくなっていく。
恐る恐る目を開けると、目の前にはさっきいた古いビルとは思えないほど綺麗なオフィスが広がっていた。
「おっ来た来た。きみが新入りの子でしょ〜。おじちゃん、歓迎するよ」
突然後ろから明るい男性の声が聞こえ、肩を組まれる。
俺は驚いてそちらを向くと、サングラスをかけて無精髭を生やしたガラの悪い中年男性が立っていた。片手には酒瓶を持っている。
「ようこそ、現世課へ〜ヒック」
この人めちゃくちゃに酔っている。なかなか酒臭い。
すると、この男性が誰かに引き剥がされて床に倒される。
「痛えよ、美希ちゃん」
「課長、新人が驚いてしまうでしょう。ごめんなさいね、ボク?」
「い、いや全然!」
俺は突然現れた女性にドギマギした。
彼女は艶やかな黒髪の眼鏡をかけた美しいいわゆる女教師風の女性だった。
広く開かれた襟から見える豊かな胸を見てしまわないように目を逸らす。
「うふふ。ウブで可愛いわね。私は現世課の課長補佐の宇佐美美希よ」
「オレは課長の伊善利玄都だよ〜よろしくねえ」
依然、伊善利さんは床に倒れたままだ。
「あともう一人新入りの子が来るから少し待っててね。来たら説明を始めるわ」
「わかりました」
「...課長邪魔です」
宇佐美さんはそう言うと床に転がる課長を蹴飛ばした。
閲覧していただきありがとうございました!
少しでも面白いと思っていただけたら、ブクマ・評価よろしくお願いします。