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三 閻魔庁

重厚感のある扉を震える手でノックする。

すると中から「はい」と男性の声がした。


「失礼します...」


俺はおそるおそる扉を開ける。

広い部屋の中には、皮張りの書斎椅子に腰をかけた50代くらいの優しそうな男性がいた。


「よく来てくれたね柑凪くん。さ、こっちに腰をかけてくれ。」


彼は自分の前にあるソファに座るように手を広げて勧めてきた。

俺は閻魔と聞いたのでもっと怖い人を想像していたが、案外温和そうな人で驚いた。


「では、お言葉に甘えて失礼いたします」


俺は体を硬くしながらソファに座ることにした。


「私はこの閻魔庁の長官、閻魔だ。よろしく」


「か、柑凪夏之です」


「ははは、そんなに緊張しないでくれ。私が君を呼んだのは裁くためじゃ無いんだ」


「でも、俺死んだから地獄に落ちるんですよね...」


「いやいや、私は君にある依頼があってここに呼んだんだ」


そう言いながら閻魔さんは机に置いてあったファイルの中から俺の写真がついた履歴書のようなものを取り出した。


「これは君の生前の行いについて記録されたものだ。君は非常に勤勉で優しく、このまま死んで地獄に落ちてしまうには勿体ない人間だ」


「え、俺はまだ死んでいなかったんですか?」


「ああ。現在君は病院に運ばれて危篤状態だ」


衝撃だった。俺はまだ生きている。


「君は恐らくこのままだと死んでしまうだろう。だが、私の依頼を受けてもらえればまた現世に戻ることが出来る。君の大切な妹さんともう一度一緒に生活できる」


「...何をすれば良いんですか」


俺はどんな依頼でも断る気は無かった。なつめを一人になんかできない。


「柑凪君、君獄卒にならないかい?」


「はい?」


俺は予想外の問いに驚いてしまった。

閻魔さんはファイルからどんどん書類を取り出していき、明るい口調で説明を始めた。


「獄卒は色々な種類があるんだけど、君にお願いしたいのは現世課で働く獄卒なんだ。まあ、獄卒になるということは黄泉の者、すなわち鬼になることになる。主な仕事内容は、地獄から逃亡した亡者の取り締まり。結構危険で命懸けの仕事だから、給料もそれなりで月給40万円」


「月給が40万円...!?」


俺は今までフルタイムのバイトで稼いできた額よりもずっと高い給料に度肝を抜かれた。

これならなつめの学費も払うことが出来る。


「週に2日休みがあって、労働時間はきっかり8時間。夜勤があるのが少し辛いかも。あとはね、福利厚生とかも割と充実しているんだよ」


そう言いながら、閻魔さんは俺に獄卒について詳しく書かれている書類を差し出す。

保険、手当など色々充実している...というかしすぎている。こんなホワイト企業見たことがない。


「どうかな?すぐに決めてとは言わないけど...」


「是非やらせてください!」


たとえ、ブラック企業の罠だろうが関係無かった。

あの給料があれば妹を十分に養える。


「良いの?ありがたいねえ。君みたいな若くてしっかりした子に獄卒をやってもらいたかったんだ」


俺の前に契約書とペンと朱肉が置かれる。


「じゃあ、もう一度契約を読んでもらって、本当に良ければここにサインをお願いするね」


俺は契約に目を通す。俺はこれから鬼になる。

なつめに会えるなら、断る理由はない。

俺は契約書に名前を書き、拇印を押した。


「ありがとう柑凪君。君のことは現世課に伝えておく。すぐに君の元に連絡をするように手配しておくよ」


「よろしくお願いします」


「じゃあ君はすぐにでも妹さんに会いたいだろうから、現世に帰る手配をしよう。黒金くん」


扉がノックされ開かれ、さっき別れた黒金さんが入ってくる。


「彼を浄瑠璃の鏡の間まで送ってくれ」


「承知いたしました。さあ、行くぞ」


彼は閻魔さんに向かってお辞儀をして部屋から出ていく。

俺もソファから立ってお辞儀をする。


「君の健闘を祈っているよ」

「ありがとうございます!俺、頑張ります。」


閻魔さんは優しい笑顔で俺を見送ってくれた。

俺は部屋から出て、廊下の脇で待ってくれていた黒金さんの元に向かった。


「お待たせしました」

「ああ、じゃあ行くか」


俺は黒金さんについて歩き出した。


「...お前なんの話をしていたんだ?」

「獄卒にならないかっていう話でした。それで俺、獄卒になることにしたんです」

「本当か?じゃあ、ボクたち同僚になるんだ」


黒金さんの笑顔が一瞬だけだけれど見えた。女の子とも間違えてしまう綺麗な彼の笑顔は失礼かもしれないけど可愛かった。女の子だったら恋に落ちるところだった。


「で?どこの課に所属するんだ?」

「現世課です」

「じゃあ違うところなのか。ボクは獄卒部だけど黄泉課なんだ」

「色々獄卒部でも種類があるんですね」


すると突然黒金さんがこっちを向く。


「なあ...柑凪...」

「な、なんですか」


大きい瞳と目があって心臓が跳ねる。

少し恥ずかしげに俯く黒金さんは男性とは思えないほど可愛かった。

何か告白するのではないかという空気感に俺の心臓がドクドクと脈打つ。


「あの...ボクと、とも...友達になってくれないか?」

「...勿論ですよ!!」


友達にならないかという問いに俺は少しだけ拍子抜けした。


「本当か!ボク、今まで友達とかあまり居たこと無くて...。お前みたいにボクに話しかけてくれる奴なんて今まで居なかったんだ」


まあ、確かに黒金さん顔は少し怖いし、厳しそうだからな...


「友達だからボクのことは呼び捨てで呼んでくれ!敬語もダメだぞ」

「分かったよ、黒金」


黒金は満足げに頷いてもう一度歩き始めた。

ともかく、喜んでくれて良かった。

それから俺たちは他愛のない話をしながら”浄瑠璃の間”と呼ばれる場所まで歩いて行った。


「ここが浄瑠璃の間だ」


大きな丸い鏡が中央に置いてある部屋に着いた。


「大きい鏡だね」

「この鏡は”浄瑠璃の鏡”といって、現世と黄泉を繋いでいるんだ。これを使えばお前は現世に帰ることが出来る」


俺は鏡の前に立つ。


「この鏡に触れればお前は現世にある元の体に戻ることが出来る」

「わかった。黒金、色々ありがとう。また会おうね」

「ああ。こっちにも時々来いよ。黄泉を案内しよう」

「ありがとう。じゃあまた」


俺は黒金に手を振り、浄瑠璃の鏡に手を置く。

すると体が鏡の方へ引っ張られる感じがして、目の前が真っ暗になった。




閲覧していただきありがとうございました!

少しでも面白いと思っていただけたら、ブクマ・評価よろしくお願いします。

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