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第93話 強さ

 密かにアスラたちに心の猛抗議をしていた僕の背後で、跳躍した獣人が剣を振り下ろしてきた。


「王国選抜主将! この根草のラットウェイが討ち取った!」


 仲間の魔導師に光魔法で迷彩をかけて貰った騎士だろう。


 そんなことを叫びながら不意打ちを仕掛けてきた獣人を僕の鉄鎖縛陣(チェーンロック)が捕縛した。


 僕は彼を見ることなく告げる。


「念しで感知してるからバレバレだよ。いきなり大将首は流石に無理でしょ」


「くそ! 背中に目でもついているのか!」


「と言うか。君、不意打ちなのに大声出しちゃダメじゃない?」


 僕は彼を締め上げて戦闘不能にしようかと考えたが、鎖の玉座の真下にいたイズリーと目が合う。


 金色の瞳をキラキラと輝かせて僕を見つめる天使が、そこにはいた。


「……」


「……」


 僕とイズリーの間に、無言の時間が流れる。


狂化酔月ルナティックシンドローム、使わない?」


 根負けした僕が言う。


「うん!」


 元気な返事だ。


「約束できる?」


「うん!」


「ほんと?」


「うん!」


「ほんとにほんと?」


「うん!」


「……」


「……」


「じゃあ──」


「やった! あ! 違くて違くて……」


「……」


「……」


「ハティナに怒られても知らないよ?」


「うん!」


「僕のせいにしない?」


「うん!」


「ほんとに?」


「うん!」


 そこまで確認して、僕は獣人を遠くに放り投げた。


 イズリーは僕の方向を向きながら、目線だけはしっかりと空を舞う獣人を捉えている。


「約束だよ?」


「……」


「イズリー?」


「……うん? あ! うん!」


「じゃあ戦っておいで、終わったらすぐ──」


 すでにイズリーの姿はなかった。


 さながら滑空するフリスビーを追いかける犬のように、彼女は空を飛ぶ獣人の方向に駆けて行った。


 ……複雑な気分だ。


 彼女にしてみれば、花より団子……いや、花より戦なのだろう。


 僕がそんなことを考えていた時には、もうイズリーは地面に落下した獣人に馬乗りになってボコボコと殴っていた。


 例の名乗りは済んだのだろうか?


 彼女はきっとそんなことは忘れてしまっていることだろう。


 僕にとっては都合が良いけど……。


 一方、アスラとシャフトの戦いは苛烈を極めていた。


 シャフトも火の魔法が特に秀でている魔導師だった。


 アスラの放つ王国火魔法と、シャフトの獣人国火魔法が炸裂して激しく燃え上がり、闘技場の一角を火の海に変えた。


 アスラとシャフトは二人とも火魔法の使い手であるが、その魔法の特性は正反対だった。


 アスラの火魔法が広範囲に効力を及ぼすものが多いのに対して、シャフトの火魔法は狭い範囲ながら貫通力に特化している。


「これが王国のレディレッドか! 聞きしに勝る剛の者よ!」


「やれやれ、獣人国は弱体化していると聞いていたが、シャフト殿は一線級だね」


 そんな会話をしながら、二人は魔法の応酬を繰り広げる。


 ラファを中心とした騎士たちは、ウォシュレット君の加勢を受けて徐々に相手を押し込んでいた。


 ウォシュレット君もすごいが、団体戦になった時のメリーシアの強さは群を抜いていた。


 強さ、そう呼ぶのが正しいのかはわからない。


 メリーシアの魔法は水魔法を接着剤のような形態に変える魔法だ。


 コレが騎士にはかなり効いた。


 元々、相当な重量を持つ防御に特化した鎧を着込んだ騎士たちだ。


 メリーシアに泥濘の抱擁(ラヴスムーチュ)を頭からかけられては、ほとんどそれだけで戦闘の続行は難しい。


 今は相手の魔導師がメリーシアの接着剤を水魔法で洗い流したり、あるいは火魔法で蒸発させたりしているが、それだけでも魔導師の動きを一順遅らせることには成功しているわけだ。


 騎士が防御を担当し、魔導師が攻撃を担う団体戦において、メリーシアの能力はかなりの有効性を持っている。


 しかし、これは次回以降の演舞祭では課題として議論すべき案件だろう。


 メリーシアは戦闘能力自体はかなり低い。


 選抜戦でも反則技で残ったくらいなのだ。


 つまり、本来であればメリーシアはこの場にいない。


 しかし、彼女はこの試合で最も活躍している。


 本来なら戦闘能力の低いスキルが、チーム戦になった時にはその表情を一転させる。


 従来の戦闘能力だけを基準にした選考には疑問が残る。


 むしろ、近年の王国の停滞はこの選考基準の所為かもしれないのだ。


 魔法は奥が深い。


 ただ火力だけで選考していれば、より高い火力を持つ魔導師に勝つ見込みはほとんどない。


 しかし、泥濘の抱擁(ラヴスムーチュ)のような搦手は違う。


 戦い方次第、戦闘の条件次第で大きく戦力を向上させる。


 現にメリーシアがいなければ、肉体能力に勝る獣人を王国騎士がここまで抑えられるかと言われれば、それは無理だと言わざるを得ない。


 メリーシアは対戦相手に毒を盛るほど演舞祭の出場に拘りを持っていた。


 もしかすると、彼女自身、自分の能力はこんなモノじゃないと、もっと評価されて然るべきだと、そんなことをアピールしたかったのかもしれない。


 王国魔導師の重鎮がもし、メリーシアが戦場を支配しているこの光景を観れば、考え方を改めざるを得ないだろう。


 きっと、彼女の狙いは正しくソレなのだろう。


 僕の考えは結果で示された。


 獣人国の騎士の中核を担っていた象の耳を持つ大柄な獣人が、メリーシアの泥濘の抱擁(ラヴスムーチュ)に捕まり、ウォシュレット君の豪流瀑布(ティアドロップ)を受けてリタイアしたことで、戦線が崩壊した。


 まだ魔導師が残っているが、時間の問題だろう。


 そして、アスラとシャフトの戦いも決した。


 アスラは新魔法を編み出していた。


 やはり抜け目ない人だ。


 僕との決闘で、雷刃(グローザ)からヒントを得たのだろう。


 アスラは手に持つワンドに、炎の鞭を宿した。


 陽蟒蛇(プロミネンス)


 後にアスラは僕に言った。


 強くなる秘訣は模倣だと。


 強い魔導師の強い魔法を自分が使えば、自分はさらに強くなる。


 そうやってこれまで強くなってきたと。


 彼は炎獅子の舞(ライオンダンス)で造った獅子の頭を持つ巨人の影から、シャフトを炎の鞭で一閃した。


 シャフトの首輪が赤く染まる。


 ここに、王国選抜の勝利が確定した。




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