第28話 罰
僕は肩に刺さった氷柱を引っこ抜いて治癒をかける。
「さあ、ミリア嬢! 素晴らしい演武を見せるがいいかね! 夜はこれからじゃあないかね!」
ミキュロスが興奮した様子で叫んでいる。
「あらあら陛下、演舞祭は来年。まだ先ですわよ」
そう言ったミリアは指先を僕に向けて氷柱を放つ。
魔塞は起動しているが防御に期待は出来ない。
咄嗟に横っ飛びして氷柱を避ける。
外れた氷柱が倉庫とは反対側の練兵館の壁に突き刺さる。
ミリアは余裕を見せている。
「勝った気になってんじゃねー。僕はまだ負けてねーぞ」
僕は寝転んだまま、いつかの不良のような台詞を口にする。
「あらあら。お顔は可愛いらしいのに、噂以上のじゃじゃ馬ですこと。台詞は敗者のそれですけれど、ちょうど良かったですわ。私の前で魔王を名乗った罰、その身にたっぷりと刻み込んで差し上げますわ」
ミリアはそう言って、氷柱を撃つ。
それをすんでのところで回避して、界雷を放つ。
ミリアの周りに氷壁が立ちはだかり、界雷を防いだ。
僕は動揺する。
七系統で最速を誇る雷魔法、しかも無詠唱のそれを防御したからだ。
だとすれば自動発動型のスキル。
僕の持つ魔法が通じない事を意味する。
鉄鎖縛陣でミリアを捕縛しようとするが、地面から生えた鎖はミリアに到達する前に氷漬けにされた。
「ミリア嬢よ! 貴殿にお願いして良かったかな! やはり頼れるものは級友であるかな!」
ミキュロスがはしゃぐ。
「あらあら。私はたまたま目的が一致したから、殿下に協力しただけですわよ。殿下に楯突くつもりはありませんけれど、殿下の風下につく気もございませんの。少なくとも、学園内ではね」
「わはは! 構わんかね! そのガキに一矢報いることができれば、余はそれで──」
僕の界雷がミキュロスに直撃する。
「きゃあー!! ビックリしたあ! こんのガキゃあ! 何でいつもいつも余が喋っている時に魔法を撃ってくるのかね!!」
いきなり大将首は無理か。
ミキュロスはまた防魔の指輪をつけているらしく、見えない防壁が界雷を防いだ。
「あらあら、まだ私がお相手しているでしょう? 浮気はいけませんわ。私、妬いてしまいますわ。それにしても無詠唱なんて代物が存在するとは驚きですわ。まあ、私には通じないようですが」
ミリアが氷柱を放つ。
魔塞を突き破って僕の太ももに刺さった。
簒奪の魔導を起動する。
王国やワンスブルー家からは文句を言われるだろうが知ったことか。
しかし、簒奪の魔導が氷柱の魔法を奪うことはなかった。
そんな。
……なぜ?
血統系スキルは奪えないのだろうか?
氷は水の状態が変化したもの。
だとすれば、水を氷に凝固させる変化系スキルを使っている?
それなら、自分に向けられたスキルしか奪えない簒奪の魔導は発動しない?
すぐに氷柱を引っこ抜いて治癒で傷を塞ぐ。
その間も氷柱は際限なく飛来した。
僕は時に熱星球を。
時に石礫を。
知っている魔法を全て曝け出してなんとか凌ぐ。
何本かの氷柱が僕の身体をかすめる。
その間も僕は観察を続ける。
何か弱点はないか。
戦況を打破する策は。
とにかく氷壁を突破する必要がある。
自動発動型なら至福の暴魔のような発動条件があるはず。
敵意に反応するだとか、魔法に反応するだとか。
何か発動条件を満たさない攻撃がすり抜ければ、その魔法は彼女に届くはずだ。
例えば、ランダムな攻撃?
熱星球の熱気?
あるいは石礫がバウンドしたり──
僕はミリアの右側1メートル程を狙って魔塞と同時に石礫をミリアに放つ。
石礫に氷壁が発動することはなく、僕は魔塞で作った見えない壁に石礫をバウンドさせる。
しかし、魔塞にバウンドした石礫はミリアの目前で氷壁に阻まれた。
「あらあら? なるほど考えましたわね。私の聖天の氷壁が敵意を持った攻撃、もしくは私が認識した攻撃に自動反応するスキルだと当たりをつけましたか? でも残念。これは自動発動型ではありませんわ。常に、どんな攻撃からも身を守る、常時発動型のスキルですの。つまり、殺意のないランダムな攻撃にでも発動する絶対防御ですわ」
「くそが……。良いスキルを持ってやがる」
僕は誰に言うでもなく独りごつ。
だがな、こりゃ漫画や小説じゃないんだ。
自分のスキルの特性を曝け出すなんて、愚行だぜ!
そんなことを考えた僕は、結果的に漫画や小説でチート能力を持つ、都合の良い主人公の前に散る悪役のように、彼我の圧倒的な力量差の前にひれ伏すことになる。
一方的な蹂躙だった。
およそ戦いとは呼べない類のもの。
ミリアは氷柱を飛ばし、足止めに地面を凍らせ、僕からの反撃は聖天の氷壁が完封する。
僕は文字通り何もさせてもらえないままに追い詰められる。
僕の体内魔力は残り半分を切っている。
夜王で操った蝙蝠をけしかけても一匹残らず撃ち落とされ、偶像操作で目につく石や枝を投げても聖天の氷壁に防がれる。
至福の暴魔は起動しない。
それもそうだ。
僕は失血から遠のく意識をやっとのことで繋ぎながら、そんなことを考える。
僕が最初に彼女を見た時に感じた感情。
それは恐怖。
恐怖の感情は怒りよりも強い。
怒りで恐怖が麻痺することもあるだろうが、最初に尻込んだ僕に至福の暴魔が応じることは決してないだろう。
スキルが僕に手を貸さないんじゃない。僕が先に……スキルを裏切ったのだ。
体内魔力を闇に染めて、纏威圧制を発動してみる。
おそらく状況を覆すことはないだろう。
しかし、それでも勝負を投げるよりはマシだ。
ハティナとイズリー、彼女たちのために、僕は絶対にこの勝負を投げられない。
纏威圧制はミキュロスと不良の取り巻きを地面に張り付けるが、魔力抵抗が高いミリアは余裕の表情だ。
「あらあら、本当に色々な手札をお持ちだこと。けれども、私には通用しないみたいですわね」
「ミリア嬢! 約束! 覚えておられるかな?」
地面に張り付いたまま、ミキュロスが声を上げた。
「はいはい、とどめは殿下。でしょう?」
そう言ってミリアは僕を氷漬けにする。
僕の鎖骨から下を氷で覆い、身動きを取れなくした。
スキルと魔法には、肉体と精神の状態が強く影響する。
氷漬けにされて体内魔力が乱れたことで纏威圧制が停止する。
「わははは! 魔力も限界かな? 以前、君には前歯を全部折られたかな。おかげでこの歳で全部入れ歯になったかな。今度は余の番だ! そうは思わんかな? まずはその小癪な言葉を紡ぐ口から歯を全部抜いてやるかな! そうして君を裸にして、校門に吊るして晒してあげようかな! 王族である余を愚弄した罰。その身で償ってもらおうかな」
纏威圧制の束縛から解放されたミキュロスが近づいてくる。
僕は身体を氷漬けにされたまま、界雷を放つ。
指先から放たれる界雷。
僕の指先は当然、氷の中だ。
魔法は届かないだろう。
それがどうした。
こうなりゃ焼けだ。
絶対に最後まで諦めてやるものか。
戦う前から敵に恐怖し怒りも忘れた臆病な僕が、僕自身のスキルにできる償いは、それだけなのだから。
許せ。
至福の暴魔。
不出来な主人ですまないな。
界雷は氷に阻まれて僕の体に電流が走る。
「わははは! じ、自爆したかな! いい気味かな! その魔法で散々余を苦しめてくれたかな!」
僕の髪が静電気を帯びる。
毛先だけが赤く染まっている、不思議な色合いの髪が逆立つ。
それでもお構いなしに界雷を放つ。
身体が痙攣する。
ミリアが「あらあら」と呆れている。
三回目の界雷。
三度目の電流が僕の身体を駆け抜ける。
その時、沈黙は銀が突如として起動した。
──新魔法生成──
聞いたことのない呪文が僕の頭に流れて泡のように消える。
沈黙は銀がその新魔法を保存、あるいは記録したのがわかった。
恥も外聞も誇りも体裁も投げ捨てた僕に、スキルが手を差し伸べたようだった。
新魔法は雷系統。
僕は生まれたばかりの魔法に名前をつける。
全ての魔法は呪文から生まれ、名付けによって効力を発揮する。
不良並みにそのままなネーミングだけど、それで良い。
不出来な魔王にできる最後の足掻きだ。
これは誇りを失くした魔王への懲罰。
凍った魔王が座すのは玉座じゃない。
その身を焦がす、電気椅子だ。
夕陽が陰り、空に稲妻が走った。
夏の空に暗雲が立ち込める。
突如として訪れた夕立ちの気配。
これは罰。
これは償い。
これは報い。
そして、これは狂気。
平然と理を踏み越える、狂気の沙汰。
泰然と理を切り捨てる、白痴の蛮勇。
己が身を焼く、雷霆の狂乱。
シャルル・グリムリープが詠う。
贖罪の唄よ響け。
己が狂気に花を手向け、我が身を以て贄とせん。
走れ紫電。
焦がせ雷電。
愚かなこの身を焼き尽くせ。
──起動。
──懲罰の纏雷──