第11話 その笑顔
風船ガムが弾けるような音が聞こえた瞬間、すぐに沈黙は銀が起動する。
最初は新たなスキルに目醒めたのかと思った。
しかし、正確にはそれは違った。
確かに、少しだけ違和感は感じていた。
最初に店先の用心棒を倒した時、火弾の威力はいつもと変わらなかった。
次に店員を殺した時もあまり変化は感じなかった。
そして魔導士を倒した時だ。
魔導士の頭は僕の火弾の直撃をくらい、どうなったか。
頭が弾け飛んだのだ。
最初の用心棒の頭には二発の火弾を撃ったが、頭を消し飛ばす程ではなかった。
それが、魔導士相手に一発でこの威力だ。
熟練度が上がった?
それは考えづらい。この五年間ひたすら撃ち続けた火弾だ。
最初から比べたら威力は上がったが、この短時間での上昇量はおかしい。
これはもう何かのスキルの恩恵だと考える方が自然だった。
そしてスキンヘッドの斬撃を魔塞で止めた時に『神』の音が脳内に鳴り響いた。
沈黙は銀を介して現象を理解し、全ての合点がいった。
そう。
ついに目醒めたのだ。
僕の中で未だ謎に包まれていたスキル。
至福の暴魔。
僕はスキンヘッドの剣を眼前に受け止めながらその使い方を認識する。
至福の暴魔はある条件を元に発動する補助系スキルだった。
条件は、
──怒り。
身を焦がし我を忘れる程の怒りが引き金になり、ある権能を授ける。
その権能は同系統のスキルか魔法を連続で使用すればするほど、その威力が上昇するというもの。
僕はずっと火弾を撃ち続けていた。
途中、水弾を奪ったがそれは使っていない。そもそも周りに水がないから使えない。
火弾はこの店で最初に使った時から至福の暴魔の影響下にあったと見て間違いない。そして撃つ度に威力が倍々に上がっていく。
撃てば撃つほど際限なく魔法の力を底上げする。
僕が次に撃つ火弾は先程の威力を遥かに超えるのだ。
「魔導士は、距離を詰めれば何もできねえ。俺らの業界じゃ常識だぜ」
僕のスキルに阻まれながらも、スキンヘッドが勝ち誇ったかのようにギリギリとロングソードを魔塞の見えない防壁に押しつける。
「へえ。知らなかったよ。なら剣士は剣がなきゃ何もできないってのも、お前らの業界では常識なのか?」
そう言って僕は偶像操作を起動する。
操作対照はスキンヘッドの持つ剣だ。
人形を操る能力だが、前に試した時は石ころでも操作できた。
同じ無機物である剣に効かない道理はない。
狙い通りにスキンヘッドの剣を操作する。
スキンヘッドのロングソードは勝手にスキンヘッドの手を離れて天井に突き刺さる。
「な、な、俺の剣が! か、勝手に」
至近距離からスキンヘッドの腹に火弾を放つ。
──ぐちゃり。
火焔が弾けた後に、生ゴミをぶちまけたような音と肉の焼ける匂いが立ち込める。
スキンヘッドの腹には大きな風穴が開いていた。
「ひいいい!」
状況を飲み込んだ実行犯二人が腰を抜かし、股間からは液体が垂れている。
「あ、あのガキは返す! だ、だから命だけは──」
実行犯の一人目掛けて火弾を放った。
しかし、次に放った火弾は既に初級魔法の域を超越していた。
僕の指先から放たれた巨大な火の玉が実行犯の一人の身体を完全に消し飛ばし、隣にいたもう一人の片腕も巻き込んだのだ。
「ぎゃあああ!」
イズリーを担いで運んだ方の男はその影も形も残さずこの世から消え失せ、僕を蹴り上げた方の男は右腕の肘から先が無くなっていた。
「た、頼む! 頼むからもうやめてくれ!」
パラバルと残った実行犯の男が必死で命乞いするが、僕はもう止まらない。
「俺に命乞いが通じると思うな! 下郎が!」
僕は無意識にそう叫んでいた。
もう、止められない。
パラバルに指先を向ける。
その時、片腕を失った男が苦し紛れに瓶のような何かを投げつけた。
すぐに魔塞で防ぐ。
瓶は魔塞に当たると黒い煙を撒き散らした。
──煙幕か!
すかさずパラバルがいた方向に火弾を放つ。
「ぎゃあああ!」
黒い煙の向こうでパラバルの絶叫が店の中に響き渡る。
するとそれに紛れてバタバタと階段を上る音が聞こえた。
腕を失った男だろう。
狙いはイズリーか!
すぐに僕も男を追って階段を駆け上がる。
イズリーが囚われていた部屋の扉が開いていた。
その部屋の中には、後ろ手に縛られたイズリーを無理矢理立たせた片腕の男がいた。
まだ残っている方の腕をイズリーの背後から彼女の首に回し、手に持った小さなナイフをイズリーに突きつけている。
「シャルル! 助けてぇ!」
叫びながら、イズリーは苦しそうにもがいている。
「この部屋に入るな! 魔法を使おうとしたらこのガキ殺すぞ!」
廊下に立つ僕から男までは距離がある。
男のナイフを取り上げてしまおうかと思ったが、ギリギリ偶像操作の射程範囲外だ。
一気に距離を詰めて偶像操作を使うか?
しかし、偶像操作の発動からナイフを操作するまでの時間を考えると絶対に成功させる自信はない。
かと言って、今の威力のまま火弾を撃てば確実にイズリーごと消し飛ばしてしまうだろう。
至福の暴魔は同系統の攻撃には、僕の意思とは関係なく効果を及ぼす。
有用なスキルだがとんだ問題児だ。
さっき魔導師から奪った水弾を使うか?
だが、魔導師の熟練度がどの程度のものか未知数だ。
威力はそこそこだったが、精度はどうだっただろう。小さなナイフを撃ち落とす程の精度があるだろうか?
もし僕の火系統の魔法を見て、苦手な系統でも有利な水系統を使っていたとすれば、精度に関しては安心できない。
これもイズリーに当たるかもしれない。
それに、肝心の水がない。
さっきの魔導師から水筒を奪っておくべきだった。
「参ったな。俺はこの期に及んで慎重すぎる」
自分を卑下するかのように、僕はそんな言葉を口にする。
一瞬でいい。一瞬でも男の意識が僕から離れれば。
体内魔力も残り少ない。
その時、さっきから展開させ続けていたスキルに気付く。
怒りに我を忘れてすっかり頭から抜けていた。
僕は大きく深呼吸して、そのスキルに意識を集中する。
ぶっつけ本番だが、これが一番良い策に思える。
やってやる。
ついさっき、及び腰になった自分を後悔したばかりじゃないか。
成し遂げる力はあるはずだ!
男とイズリーの背後の窓がガタガタと音を立て、窓ガラスが勢いよく割れた。
大量の蝙蝠が部屋に侵入して来る。
僕は夜王で操っていた一匹の蝙蝠を起点に、娼館の周りを飛行していた蝙蝠をありったけ使役し、この部屋に突撃させたのだ。
男が一瞬何事かと怯む。
すぐに偶像操作の射程距離まで詰め寄る。
男のナイフを僕の偶像操作が捉えた。
体内魔力は残り一割程度まで減っている。
男からナイフを取り上げるほどの出力が出せない。
男の腕が外れてイズリーが僕の方に駆けてくる。
僕はイズリーを抱き寄せ、最後の力で未だ至福の暴魔の影響下にある火弾を放つ。
──ぱすん。
と、気の抜けた音が情け無く響く。
魔力が尽きた。
蝙蝠達は我に帰ったように僕の支配から解放され部屋をランダムに飛び交い、偶像操作は起動を停止して男のナイフを自由にした。
自分の手にあるナイフから抵抗が消えた男がイズリーと僕を見る。
男の表情に一瞬余裕が戻った。
「魔力切れか! ざまあねえ!」
ここまできて、魔力切れなんて──
その時、僕の頬すれすれを一陣の風が吹き抜けた。
男の手がナイフを持ったままポトリと床に落ちる。
「イズリーはわたしが助ける!」
背後から声が聞こえた。
ハティナだ。
いつの間にか僕の後ろにいたハティナの放った微風が部屋を乱舞する蝙蝠の大群の隙間を縫うようにすり抜け、男の手首から先を切り落としたのだった。
残った方の腕すら失い、絶叫しながらうずくまる男。
僕は魔力切れによる疲労と安堵で膝から崩れ落ちた。
蝙蝠はほとんどが窓から逃げていった。
「シャルルぅ! ハティナぁ!」
それだけ言ってイズリーは大泣きを始めた。
ハティナがイズリーを縛る縄を解き僕を見る。
「……あなたのおかげで大切な妹を助けられた……ありがとう。……シャルル」
彼女は目に大粒の涙を溜めて、僕の名前を呼ぶ時にだけ少し照れたニュアンスをその顔に表してそう言った。
「ハティナ、僕からも礼を言うよ。ありがとう、助かったよ。今度はちゃんと当てられたね。素晴らしい精度だった」
僕がそう言うと、ハティナはふっと頬を緩めた。
流星のように彼女の頬に涙が伝う。
「……にへへ」
ハティナは照れたように笑った。
まるで銀嶺の雪融けのような美しい笑顔で、彼女は笑った。
意味わかんないミスしてましたごめんなさい泣




