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◇後日談 惚れた弱み その2

「細かいことは気にするなよ。とりあえず、飲んでみたらわかるから」


 いや、飲んでからでは遅いのだが。この魔法使いは何を言っているんだろうか。思わずため息が漏れ出る。


「教えてくれる気はなさそうね……」

「だって、教えたら罰ゲームにならないじゃないか」


 それもそうか、と納得しかけて慌ててはっと我に返る。これではユリウスの思うつぼではないか。


 そもそも、彼のことだから、薬の中身は私を害するような類のものではないはずだ。思えば監禁だとかいう不穏なことを口にしていたのは最初の頃だけだったし、実際に行動に移したことは無い。それどころか、本当に命の危険に晒されたときには身を挺して助けてくれたのだ。一番近くにいる私が、彼を信じられなくてどうするのだ。

 材料から考えても、ヤモリの卵以外はこれといって危険そうなものはなかったはずだ。だが、効能が全く予想もつかないのに加えて、全身で「危ないですよ!」と主張しているような見た目では、さすがに体内へ摂取するのは遠慮しておきたい。


 私がどうやって逃げ出そうか頭を抱えている間に、海の魔法使いは心底嬉しそうに私の顔を覗き込んできた。


「いいねえ、その顔。あんたが俺のことで真剣に悩んでるなんて」

「なっ! だ、誰のせいで……」


 黒の双眸がすっと細められている。初めて会った時よりも心なしか大人びた顔は、剽軽な笑みが浮かべられると子供な部分をのぞかせる。その笑顔は嫌いではない……いや、むしろ好きなはずなのだが、今はなぜか無性に腹立たしい。


「まあ、そろそろ姫さんが知った時の反応の方が気になるからね。特別に教えてあげてもいいよ。」

「……え?」


 あまりにあっさりとした展開に拍子抜けしてユリウスを見つめ返すと、その悪戯っぽい瞳の奥に宿っていたのは、剽軽な表情には似つかわしくない艶めかしい色だった。……おかしい。こんな彼は初めて見る。慣れない空気にだんだんと鼓動が早くなっていく。


「――惚れ薬、だよ。」


 ホレ、グスリ。

 意味を成さない音の羅列が脳内で反響する。そして言葉としてその意味を理解した瞬間、顔から火が出るかのごとく、かっと頬が熱くなった。


「――っ?! な、な、な、何を……」


 声にならない悲鳴と共に、何とも突拍子もない薬の正体に口をパクパクさせる。彼が一歩、また一歩と歩を進めるにつれて自然と逃げ道はなくなる。今ここで私が全速力で扉まで泳いだとしても、きっと魔法の力で阻まれてしまうに違いない。


「だから、さ。付き合ってよ、姫さん」

「……は?」


 それでも外へ出るタイミングを今か今かと身構えていた私は、唐突な告白に唖然として動きを止めてしまった。


「えっ? いや、それはもう、私たちはすでに、って……ん?」

「ああ、ごめんごめん。実験にって意味だよ。」


 言葉の綾を利用したその一瞬の隙を突いて、手首をつかまれる。やられた、と思ったが、時すでに遅しである。


 それにしても、もう惚れているのにどうして惚れ薬なんか、と言いかけてはたと気付く。……もう惚れている、だなんて。そんな恥ずかしい事実を自分の口から改めて言えるわけがない。ひとまず私は大きく深呼吸した。目前のおどろおどろしい液体からはなるべく目を逸らしつつ、努めて冷静に答える。


「えーっと……私の知っている惚れ薬は、その気のない相手に飲ませて自分に惚れさせるものなんだけど?」

「うん、その通りだよ」

「その……もうその気がある相手だったら、大した変化は見られないんじゃないかしら?」


 かなり遠回しに言ったつもりだが、それでも恥ずかしさのあまり、穴があったら今すぐにでも頭を突っ込みたい気分だった。


「うん。でも、それは憶測でしかないよね。実際にやった例はないわけだから」

「……え、えっと?」


 有無を言わさぬ態度でずい、と迫られると私はじりじりと後ずさりした。しかし狭い住処のこと、すぐに背中に冷たい壁が触れる。一寸先は文字通りの闇。そして、赤黒い液体。それでも私は最後の悪あがきを試みる。


「あ、あの……ね? そ、その薬、お世辞にもおいしそうには見えないし」

「まあ、良薬口に苦しとも言うからね。当然だよ」


 ああ言えばこう言うとはまさにこのことで、良薬は断じてそんな禍々しい色はしていない。


「あの、えっと……」


 言葉に詰まってくる。うまい言い訳が出てこない。これ以上私が何を言ったところで、彼のいいように言いくるめられてしまいそうだ。もはやこれまでか、とついに観念して目を閉じた。


 一秒。二秒。……三秒。五秒。わざと焦らしているのかと思い、恐る恐る薄目を開けようとしたその時、突然唇に柔い感触と共に生暖かい液体が流れ込んでくる。


「……っ?!」


 必死に口を閉じようとしても、無理やりこじ開けるかのように、ぬるりとした感触の何かが入ってくる。無我夢中で押し返そうとするが、そうなると絡めとられるかのようにますます呼吸ができなくなる。どれだけ拒んだところで次々と口内に侵入してくる液体は、それ以上の行き場を無くして、あっけなく私の喉を流れ落ちていった。


「……はあ……はあ……」


 息ができるようになった時は、すでに瓶の中のあのおどろおどろしい液体は綺麗に空になっていた。これが自分の身体の中に入ったとはにわかには信じがたいが……何があったか考えたら負けな気がするので、今は息を整えることに集中する。


「てなわけで、姫さん。効果が出るまで、ここから出ちゃだめだよ」


 当のユリウスと言えば、何事もなかったかのような涼しい顔で空の瓶を振っている。……なんだか悔しい。

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