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◇既知よりも、未知を その2

 言ってしまった後で羞恥のあまり、まともに目を合わせることができずにうつむいたが、ユリウスの反応も気になるので恐る恐る視線を上げてみた。すると、彼はなぜか水を失った魚のように口をぱくぱくさせている。信じられないことを聞いた、とでも言いたげだ。


「――え?」


 見たこともないその表情に思わずあっけに取られていると、彼は唐突に私の肩を掴んだ。今度こそしっかりと互いの視線が絡み合う。否、私がいくら視線を外そうとしても、そうはさせまいと顔を覗き込んで離してくれない。


「ねえ、姫さん。今、なんて言ったの?」


 まるで先刻の言葉をもう一度確かめたいとでも言うかのようで、ユリウスの切なげな闇色に見つめられると、熱に浮かされたように何も考えられなくなる。


「に、二度も言わせないでよ! その……私も……あなたの、ことが」


 あんなに思い切って口にした言葉をまさか聞いていなかったのだろうか。そう何度も連呼するものではないのに、もう一度言わせようなんて意地が悪過ぎる。私が恥ずかしさに目を逸らすと、ユリウスはなぜか楽しそうに声を弾ませて追い打ちをかけてきた。


「うんうん、俺のことが?」


 顔を見なくてもわかる。きっとこれは、楽しんでやっている。


「もう、言わないわよ!」


 私が頬を膨らませると、彼はいかにも不満げな声を上げた。


「ええ……ひどいなあ。俺は、何回でも言ってほしいんだけど?」

「ちょっと! やっぱり聞こえていたんじゃない。もう、ひどいのはどっちよ!」


 一人取り乱したままの私をよそに、彼は有無を言わさず私の両頬を挟んで顔を向けさせた。熱い頬にひんやりとした手のひらが触れると、手の温度とは裏腹に私の体温はますます上がっていく。


「ごめんごめん。あんたの反応が可愛くて、ついからかっちゃった。悪く思わないでよ。でも、そういうところも、俺は好きだよ」

「――っ?!」


 どうしてこうもさらりと、息をするように恥ずかしい台詞を吐けるんだろうか。私が恨めし気に見上げるとユリウスはさもおかしそうにくすくすと笑った。


「ほら、ちゃんとこっち向いて?」

「また、いつもみたいにからかってるんでしょ? ほら、あなたの言葉って、どこまで本気かわかんないんだから……」


 そのせいで勘違いしてしまったらどうしよう、と悩んでいたことを知られたら、ますます調子に乗るに違いないので、ここでは伏せておく。


「俺はいつだって本気だったよ。ただ、ちょっと自分の気持ちに気付くのが遅くなっただけ。でも、それはあんたも一緒でしょ? せっかくあんたも俺のこと好きだってわかったんだ。俺たち、だいぶ遠回りしちゃったけど、相思相愛なんだね」


 改めてそう言われるといまいち実感がわかない。まだ信じられないでいる私をよそに、彼の手は優しく私の髪に触れた。もうだいぶ見慣れてしまった私の赤みがかった金髪をすくいあげると、おもむろに唇を落とす。


「なっ……?!」


 私が身じろぎしようとすると、先ほどよりも強い力で背中に腕が回された。あたかももう逃さないかのようだ。


「逃げないで。お願いだから、俺を信じて。大丈夫、だから」


 何がどう大丈夫なんだろうか。そう尋ねようにも質問する隙も与えられず、ユリウスの手に、指先に触れられるごとに思考が奪われていく。その手つきは言葉通り優しく、拒むことなどできそうにもない。本当は逃げ出したいくらい恥ずかしいはずなのに、安堵と緊張が同時に訪れるような未知の感覚に満たされていく。知らなくて怖いはずなのにこの先が知りたい、と思ってしまう。


「な……なにを……」


 私が視線をさまよわせていると、彼の瞳がすぐそばまで近づいた。互いの睫毛が当たるのではないかと思うほどの距離。吐息が耳をくすぐり、鼻先にはひんやりと冷たい肌の感触が伝わる。目を伏せた睫毛が影を落とすさまを見ながら、少しずつぼんやりとした感覚に囚われていく。


「目。閉じた方がいい? 開けたままでも俺は良いけど」

「――はっ?!」


 いったい何をするつもりなのだろうか。躊躇いと好奇心がせめぎ合い、無駄な悪あがきを試みが、ユリウスの腕の中ではそれもかなわない。

 彼の唇が額をかすめる。眉、瞼と降りてくるにつれて、どくどくと破裂しそうなほど鼓動が高鳴っていくのを感じる。


「ローネ。今だけは、何も難しいことは考えないで。ただ、目の前の俺だけを見て」

「……言われなくても、そうしているわよ」


 ずっと考えないようにしてきた癖だろうか、つい逃げ腰になってしまう私を見越しているようだ。


「今だって……いつだって、ずっと余裕なんてないわよ」


 観念してそう打ち明けると、彼はにやりと形の良い唇を持ち上げてみせた。


「そう。それは、好都合だな」


 鼻先が触れる。唇が近づく。漆黒の双眸に吸い込まれそうになりながら、だんだんと頭の中が痺れていくように何も考えられなくなる。今は、ただ。今だけは。その魔法の言葉に絆されるように、距離が縮まっていく。

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