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◇船上の果たし合い その3


「さて。ローネちゃん。君の安全が保障されるのは、僕の質問に答えてくれた後だ」

「質問……?」


 喉元に向けられた剣先はそれ以上私を刺し通すなんてことはなく、私を牽制するようにただそこにある。あたかも私をがんじがらめにする鎖のようだ。


「そうだ。だが、それは今この場ではしない。二人だけの秘密にしたいからね。もちろん、答えてくれるよね?」


 有無を言わせない圧を感じる。剣を向けられたままでは否定はおろか肯定のそぶりも見せられない。それに気付いたのか、レオナルドはふっと表情を緩ませると、そのままつうと私の喉を撫でるように剣先を動かした。


「な~んてね。驚かせちゃったかな? ごめんね。」


 先刻までの出来事は子供の悪戯であった、とでも言うかのように、彼は唐突に剣を下ろした。あの冷たさなど嘘のように、朗らかである。レオナルドは足の力が抜けて、今にも崩れ落ちそうになっている私の腕を掴むと、自分の元に引き寄せた。その唇が耳たぶに触れると、低いささやきが耳をくすぐる。


「これで……君は正真正銘、僕の物だ。」


 その瞬間、身体中の血の気がさっと引いていく。私は思わず呼吸をすることも忘れて戦慄した。


「ローネ! ……ローネ!」


 セアンが私を呼ぶ声も、どこか遠くから聞こえるようにぼんやりと薄れていく。一同がはらはらと成り行きを見守る中、ただレオナルド一人だけが楽しそうだった。


「さあ、約束は約束だ。彼女は連れていくよ。だが、セアン殿下の潔さに免じて、うちの艦隊は残らず引き上げるとしようじゃないか。ああ、港の海賊は今から向かえばきっと鎮圧できるんじゃないかな? それでは、健闘を祈っているよ。」


 そのまま元いた船に戻ろうと、強引に私の手を引いた。


「待ってくれ……行くな! 行かないでくれ……」


 セアンの悲痛な叫びに思わず振り返ってしまいそうになるが、今彼の姿を視界に入れてしまったら、もっと別れがつらくなるだけだと思い直すと、私は前を向くことしかできなかった。背後では珍しく平静を失っている兄を、カイがたしなめている。


「兄上、早く港へ戻りましょう。あの一味を早く捕らえなくては」

「わかっている。だが、彼女はどうなるんだ! 必ず……必ず私が助けに――」

「何を寝ぼけたことを言っているんですか! いい加減、目を覚ましてください。あの女のことは……仕方ないんです。早く、あきらめて下さい。俺たちは、ロステレドを守らなければいけないんです」


 すがすがしいまでの正論。むろん、わかっている。セアンが負けてしまったことも、立場上追いかけてはならないことも。まして、助けに行くことは許されないのだということも。それでも、引き留めてもらえない寂しさと虚しさに、胸が張り裂けそうになる。


 いつのまにか渡されていた板を伝い、横付けされていたロゼラムの船へと移る。途端に、乗り込んだ船は私たちを待ち構えていたかのように、速度を上げて動き出した。だんだんと、先ほどまでいたセアンたちの船との距離が開き、離れていく。


 私はセアンの悲痛な面持ちも、カイのやりきれない顔もまともに見送ることができずにうつむいていた。



                 ***



 ロゼラムの船上は操舵手や船員がまばらにいるだけで、甲板には私とレオナルドの他には誰もいなかった。船内を案内する時間も惜しいのか、彼はすぐに私に向き直ると、どこか満足そうに目を細めた。


「さて、これで邪魔者はいなくなった」

「……何が目的なの?」


 もはや私の方にも余裕はない。正直、彼があっさりとロステレドから引き上げようとしているのは意外だった。だからこそ、他に目的があるのではないかとついつい疑心暗鬼になってしまう。


「いいね。僕もまわりくどいのはあまり好きじゃないんだ。話が早くて助かるよ。」


 先ほども質問がある、とは言っていたが……一体何が目的なのだろうかと思わず身構えると、彼はおもむろに切り出した。


「単刀直入に訊こう。君は、人魚と知り合いなんだよね。それも、君そっくりの人魚と」


 ――やはり、か。どうやら浜辺でのエリーネとの会話を見られていたのは確実なようだ。レオナルドの真意を探りつつ、私はどう切り抜けるべきかと逡巡してみる。今はとりあえず、ロステレドから完全に手を引かせなければ、セアンたちの身が危ない。いつぞやのバッドエンドのように、ロゼラムと戦争になって二人の王子が死んでしまうのは、何としてでも避けたいのだ。そのためには、できるだけ穏便に済ませなくては。


「……人魚、ね。そんな空想上の生き物がいるなんて、本当に思っているの?」


 そう口をついで出た一手は、彼の前には通用するはずもなかった。いや、きっと彼は私の言うことを聞く気など、はなからないのだろう。こちらの反応など待たずして、一方的に話を進めていく。


「年頃は二十歳前後、赤みがかった肩までの金髪、それにおそらく紫の目。ロゼラムにもロステレドにもいない珍しい容姿だよね。《《彼女》》も、君も。もし仮に、人魚と言う種族があるとするのなら……納得だ。」

「――《《彼女》》?」


 十中八九、エリーネのことだとわかってはいるが、いまいち意図がわからず要領を得ない。そんな私を知ってか知らずか、レオナルドはなおも畳み掛けるように続ける。


「そうだ。昔からロステレドの海には人魚がいるとまことしやかに噂されてきた。君は自分とよく似た人魚とお知り合いだというじゃないか。どういうわけか、説明してもらおうか」


 今は別に剣を突きつけられているわけでもないのに、心臓が跳ねあがる。どうあってもこの男は、自分の言うことを曲げるつもりはないようだ。


「だから、人魚なんているわけ……」

「僕は最初に言ったはずだ。君の安全が保障されるのは、僕の質問に答えた後だ、と。もしや、君は本当は僕に痛めつけられたい趣味でもあるのかな? 紳士な僕としては、君とはもっと楽しいことをして遊びたいんだけれど」

「……」


 暖簾に腕押しの押し問答に、うまく誘導されているようで歯がゆくなる。

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