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◇回想 人魚の過去 その1


 夢を見ていた。

 これはたぶん、「人魚の私」の記憶だ。


 六人姉妹の末っ子。五番目の姉とは年が離れていたので、誰もかれもに溺愛されて育った。父は人魚の国グレーネの国王。国と言っても岩やサンゴ礁で住処を造り、人魚たちが集まって暮らすだけのささやかなものだ。母は物心のついたころにはすでにいなかったが、上の姉たちが面倒を見てくれたので、寂しくはなかった。 


 記憶がわずかに残っているのは、7歳ごろ。私は王女という立場でありながら、自由に海の中を泳いでよかった。もちろん、制約付きで、だ。くれぐれも人間には注意するように、父には口を酸っぱくして言い聞かせられてきた。


「いいかい、ローネ。海の中を見て回るのは良い。どんなに大きな魚たちも、私たちの言うこと聞くからね。でも、人間だけには見つかってはいけないよ。奴らは、恐ろしい怪物だ。泳げもしないくせに、船で私たちの海を汚し、魚を分捕るだけでは飽き足らず、海をも征服しようと考えるような野蛮な輩だ。くれぐれも、気をつけなさい」


 「だめ」と言われるものほど、魅惑的に感じるのはなぜだろうか。


 人魚の私は幼いころから好奇心旺盛だった。海の底で難破船を見付けては、中に沈んでいる人間の財宝を持ち帰り、自分の部屋に飾った。海の中では呼吸もできないほどひ弱なくせに、野蛮だという人間は、いったいどんな暮らしをしているのだろうか。海の向こうには陸があるというけれど、人間の暮らすそこは海よりも広いのだろうか。私は自分の持ち帰った「宝物」を眺めては、私たち人魚とは似て非なる存在に思いを馳せた。時には水面から顔を出しては、人間の船が通りかからないかと海を見渡してみたりもした。


 案の定、この危険行為がばれると、父や姉たちには大層怒られた。


「人間に捕まったら、陸に連れていかれるのよ! 奴らは血も涙もないの。私たちを解剖して食べたりするのよ! 海の魔女より恐ろしいわ!!」


 海の魔女のことも、たぶんそこから知ったのだと思う。人魚の国のほど近くで、ひっそりと暮らしているらしい、ということも。その後にこっそり住処を探してみたこともあったが、当時はどんなに血眼になって探しても、結局見つからなかった。


「人魚の体には利用価値があると考える者は多いわ。人間と、魔女に注意するのよ」


 私のすぐ上の姉は、耳にタコができるほどそう言って聞かせてきたし、他の人魚たちも決して魔女には近寄ろうとしなかった。


 グレーネの外れの薄暗い海には、魔女の使い魔とひそかに呼ばれている小さな子供がいた。人魚がそこを通りかかると、薬の素材として涙や鱗を要求されるというのだ。姉や他の人魚たちは言いつけ通りに無視していたが、まるでそこにはいないかのように扱われる子供が、私には不憫に思えてならなかった。


「なんで、ここにいるの?」


 幼い私は好奇心の塊だった。きっと未知のものに魅力を感じる(たち)だったから、その怪しげな子供にも近寄っていけたのだろう。


「魔女のおばあさんが……人魚の涙を貰うまでは帰ってくるな、っていうんだ……」


 真っ黒なマントを被った子供は、黒い目を潤ませて見上げてきた。


「人魚の、涙?」

「……お薬を作るのにいるんだって。でも、みんな僕のことを無視する……」


 吸い込まれそうな瞳に見つめられると、願いを叶えてあげなければかわいそうな気がした。 


「ローネ、ローネ! 何してるの! 海の魔女に関わったらダメなのよ! 早く戻ってきなさい!!」


 すぐに近くにいた姉に叱られて引き戻されたが、私はあとでこっそりとその子供のところへ戻って、無理やり悲しいことを思い出して涙をあげた。もちろん、後で姉にばれてしまい、家族にはこっぴどく叱られた。


 そんな風に、人魚の私は幼少の頃から自由奔放に過ごした。海は広く、好奇心を満たすもので一杯だった。海底には火山があり、きらきらと光り輝く不思議なクラゲや、いかつい格好をした蟹、巨大なイカなどが泳いでいて、見ているだけでわくわくした。


「ねえ、今日はあっちに行ってみましょうよ」


 そう言って姉たちや他の人魚たちと一緒にあちこちを泳いで回った。イワシの大群に巻き込まれてくすぐったかったり、大きなクジラに出会って挨拶したり、海の中は冒険のし甲斐があった。

 思い出せるのはそれくらい。あとは、17歳の誕生日の日――あの嵐の日のことくらいだ。

 


              ***



 人魚の成人は17歳だ。そこから先は、自立した大人だと見なされる。父には一番上の姉たちのように他の人魚と結婚して、幸せな家庭を築くように、と寂しそうに言われた。もちろんすぐ上の姉のように、家族のもとに留まる選択肢もあった。決めるのは私だと言われると、なんだか文字通り大海原に投げ出されてしまったようで、誕生日だというのに私は居心地の悪さを感じていた。


 自分の部屋である岩陰で眠ろうと思ったが、その日は嵐のせいもあり、どうにも落ち着かなかった。嵐の日は海の中もごぼごぼと水音がうるさく、水の流れが速い。嵐が来るから決して水面に上がってはいけない、と父には言われていたが、素直に聞くような私ではなかった。


「ローネ、ローネ! どこへ行くの?」


 部屋から出ていく私を引き留めたのは、五番目で、私のすぐ上の姉だ。私に似ているが、それよりも大人びた顔をした、赤茶の髪の人魚――エリーネ。


「エリーネ姉さま。私、雷が見てみたいの。嵐の時って、わくわくするじゃない?」


 何を考えたのか、その時の私は完全に頭が沸いていたと思うのだが、こことは違うどこかへ行きたくてうずうずしていた。エリーネはあきれ果てたように首を振った。濃い紫の瞳が、心配そうに揺れている。


「何をバカなこと言っているの!! 海の上は危険なのよ。船が流れてきたり……人間に見つかったりしたら……」

「人間て泳げないのよね? やばくなったら引きずり込んじゃうから、大丈夫!」

「ローネ! あなた、ねえ……」


 エリーネにとってはたった一人の妹と言うこともあり、彼女は私の面倒をよく見てくれていたように思う。それでも私を行かせてくれたのは、17歳になり、大人になった私の意思を尊重してくれたからなのだろう。


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