壊し屋とメイド少年(4)
長い!まだ続きます(汗)ルイの正体が分かる……かも。
静かな空気がその場に流れた。それは決していいものではなく、閑散とした場にふさわしくない、重苦しいものだった。
カイはしばらく黙ったまま、目を反らすことなく一心に、目の前にいる者を見つめた。怒りも、悲しみも、哀れみも何もない。ただ無心の瞳が、ルイを捕らえる。
「何か言いたそうだね」
ルイが聞いてすぐに、カイは少し間を置いてから言った。
「……このヤクザ達、全部あんたがやったのか」
カイの恐ろしく冷ややかな声色にたじろくこともなく、ルイは淡々と答えた。
「ああ、そうさ。こいつらは“僕に襲いかかって来たから仕方なく反撃した“」
棒読みの言葉。まるでこの質問のために考えられたような言葉だ。それはもちろんカイにはとうに分かりきっていることだった。
だがそれでもカイは、はぐらかすようにわざとらしく言った。
「……それにしては……やり過ぎじゃないかなぁ?」
カイの意味深な発言を聞き逃すことなく、ルイは眉をしかめて尋ねた。
「……何が言いたいのかな」
ルイの静かな殺気に気づき、カイはゆっくりと視線をルイに戻した。その瞳は微弱な月の光に照らされ、妖艶な色を見せる。
「おかしいと思ってさ。」「何が?」
「まだはぐらかすんだ……」
「その死体」
そうして、ルイの足元に転がっている無残な残骸共を見下ろした。
ルイも、何かに感づくように目元をぴくりとさせる。
「そんだけばらばらにされてんのにさぁ……血が全く出てないんだよね」
ルイは沈黙を守り続けている。だが、カイは低い声のまま容赦なく続けた。
「……そして、そいつらにはもう一つだけ共通点があった」
「……共通点?」
カイの言葉に、ずっと押し黙っていたルイが眉をしかめながら口を開いた。
カイは、軍手をはめた指でルイのすぐ下に倒れている男
――の首筋を指さした。
そこにはくっきりと、何かに刺された間隔的な穴が二つ。開いて微量の血が流れ出ている。
「……傷、これが“致命傷“だと俺は見た」
カイはその発言後、口を開くことはなかった。
その場に微かな夜の生暖かい風が通って、しばしの沈黙が続く。
すると、ルイは微かな含み笑いをし始めた。そしてそれは徐々に大きな高笑いに変わり、静寂なこの場に響いた。
「ははっ……やっぱり君に目をつけておいたのは当たりのようだ」
ルイはもう一度短く笑うと、すぐそこで転がっている男の頭を力強く蹴った。蹴られた頭はゴロンと転がって、猿のように口をポカンと開けた顔が露になる。
「こいつら……弱すぎて話になんない、血もおいしくないし」
そうしてもう一度、実に朗らかな表情でうっとりとカイを一瞥した。
「僕はやっぱり……君みたいな子の方がゾクゾクする」
その誰もがぞっとするような殺気の篭った笑みを向けてくるが、それに微動打することなく、カイは悟りきった表情で言った。
「……やっぱり、吸血鬼か」
カイの鋭い瞳に身震いして、ルイはそこに落ちている頭を持ち上げる。そして人形を抱えるようにして頭を抱きしめ、くるくると無邪気に回って見せた。
「そうさ、僕は真祖の吸血鬼。ルイ=ペトラ。この低俗達の血を餌とする化け物です☆」
女の子に負けないくらいの愛らしい笑顔を見せながら、血まみれの頭を抱えてくるくると踊るように回っている。顔は可憐なのに、この惨状を起こした本人とすると、あまりにも酷すぎる。……いや、そんな言葉では現せない。
……化け物め。
しかし、これで謎が解けた。この場にいる者達も、先程運ばれていた者達も、相当の怪我を負っているにもかかわらず血が全く出ていなかったのは、この“吸血鬼“が血をほとんど飲みほしてしまったからだ。その証拠に、ルイに血を吸われた者達の首筋には血を吸った跡である歯型が残っている。
「……始めから、俺の血欲しさに近づいたんだな?わざわざ変な“猿芝居“までして見せて」
カイの静かで咎めるような言いように、ルイはぴたりと回るのを止めて、男の頭を抱えながら向き直った。しばらくその顔は先程の無邪気さがなかったかのようにまるで無表情で、カイから目を離さなかった。
「……いや、あれは結構本気だったんだケドなぁ」
……は?
カイの目が点になる。
「君かわいいからさぁ、ホント、ちょっと気になってたんだよねぇ」
その時、カイは思った。信じられん……。
まさか本当にこの世に女装趣味で、しかも男好きの奴がいようとは……。
しかもその標的が自分。思わずさぶいぼが浮き出てくる。
「……でも、それでも君はやって来た」
すると急に、ルイの声色が変わった。カイは少しキョトンとしながらも顔を上げる。
ルイは頭を両手で抱えながらうなだれるように言った。
「僕に血を吸われることを分かってて、……なんで?」
――なんで、
そう言われて、カイは一瞬返答に詰まった。だが、すぐにいつものなんとも考えてなさそうな表情に戻って、
「何となく」
それだけ言った。
「……は?」
二度目の正直。さっきカイが言った言葉を一点のくもりなく言い返す。
カイはこんな状況にもかかわらず、いつものように抜けた感じで話した。
「……いや、別に誰かのためとかさ、みんなが危ないからとか、そんな理由じゃないよ。大体、今あんたが抱えてるヤクザ達だって、心底どうでもいいし」
作業用のズボンに手を突っ込みながら淡々と話すカイを、ルイは黙って見つめた。
カイの言いようは、強くもなければ宥めるような優しさもない。不思議な感じだった。
「それに、この世の人達を全部守ろうなんて、そんな正義っぽい考えも、優しさも俺にはないよ」
……でも
そう言って、カイは地面についていたツルハシの柄を掴むと、勢いよく持ち上げて刃の部分をルイに向けた。
そして不敵に笑みを浮かべ、ルイを挑発する。
「俺だって、死にたくないんでね」
ルイは、一瞬間が抜けたかのようにほうけて見せた。――が、すぐに先程までのうずうずした子供のような笑みを戻すと、抱えている男の頭に力を込めた。
途端、男の頭はパンと音を立て、まるで泥が渇いて固まった土クズのように、ルイの腕からボロボロと崩れ落ちた。
砂の粒子が辺りに舞って、ルイはどこから取り出したのか、いつの間にかモップを構えていた。
「……やっぱり、僕は君の血が欲しい」
言葉を言い終える前にルイは動いた。灰となった男に呆然として見ていたカイだったが、すぐそこに迫りくる殺気の塊に気づいてとっさに後ろへ引いた。ルイはやはり直進してカイへ突っ込んだ。威力はそこまでないが、なんとも素早く次の攻撃を仕向けてくる。棒きれにモップがついただけの道具が、まるで生きてルイと一体化したかのように思えた。
カイが隙をついてツルハシの柄を振り回すと、ルイはモップの柄でそれを受け止め、変わりにそれを飛び越えて蹴りを食らわせてきた。
「つぅ……!」
カイは珍しくその顔を痛みに歪ませた。
肩を全体重をかけて蹴られ、体のバランスを崩しかけながらもなんとかその体勢を保つ。
……重い。
ルイはカイの苦境の表情に安堵するかの如くにんまりと笑みを浮かべた。
「ははっ!どうだ、僕は通常の5倍の血を飲んだからね。昼間なんかとは比べモノに――」
刹那、
スパッと、綺麗に空気の切れる音が響いた。宙に鮮血の血が舞って……それは霧のように吹き上がった。
ルイは、しばらく自分の身に何が起きたか分からなかったが、その後すぐに右肩に走るピリッとした痛みに気づいて、自分の右横を一瞥した。
そこはかなり深く切り込まれて、赤く大量の血が白いエプロンを染めて地面に滴っている。ルイが何も思ってない顔をしているところ、
多分その血は……
「血がたくさんあるなら……それを抜けばいい」
血の霧の向こうでカイが鋭い瞳を向け、ツルハシを振りかぶる姿が見える。
「へぇ……」
ルイは感心するような、そんな余裕の表情を見せて肩を抑えた。血は絶えず溢れ出てくるが、表情に苦しみなどひとかけらも見えない。
「それでこそ殺しがいがあるものだ」
一瞬、ルイはその瞳に邪を住まわせた。いきなりそこから無邪気さが消えて、一変するように魔の形相になる。
さすがのカイもこればかりは背筋を凍らせた。恐怖というよりも、自分への危機感を感じとったからだ。そしてその体は、いつの間にか後ろへ引いていた。
……それが間違いだったと気づいたのはすぐ後のことだった。
ルイはさらに強い力で押してくる。先程とは桁違いだ。まるでモップ全体が鋭利な刃物のように、カイの体を確実に痛めつけてくる。それと先程後ろへ引いたこともあった。体が自然と後ろへ後退していることがわかる。これはまずい。そう思ったが、あまりの太刀筋にカイは受けることしか出来なかった。
――と、
カイは不意に足元を掬われて、体のバランスを大きく崩した。後ろに後退していたせいもあるが、これだけの悪臭を満たす死体共に気づかなかったのは誤算だった。途端、カイはそのまま後ろへ転倒して、勢いよく壁に背をつけた。
「ぐっ……!」
背中を強く打ったことで、全身に電気が走ったような間隔に陥る。
カイはとっさに起き上がろうとしたが、それはできなかった。目の前にはもう、モップの柄を横に向けて、ルイが勢いよく突っ込んで来ていたのだから。
カイはモップの柄と足でがっちりと体を抑えられ、身動きが取れなくなった。
「うっ……」
「つーかまーえた」
ルイはまたも子供のように無邪気な笑顔でカイに攻め寄り、顔を寸前まで近づけた。身動きの取れないこの状態では反撃することも出来ない。
「残念だったね、僕の勝ち☆」
余裕満面に微笑み、なめ回すようにカイの顔をじっと見てくる。
そして、カイの半袖から出ている細い腕をさすった。
「こんな華奢な体で僕に敵うわけないでしょ、でも、ま、よくやったよね」
カイは、やはり何も言わずにルイを睨んでいる。
人を軽蔑する鋭い瞳だ。そんなカイの視線を直に受けても、ルイはまたそれが快楽のようにぶるぶると身震いした。
「んー……なんか、ホント君ってかわいいなあ……殺すのがもったいなくなって来た」
ルイの瞳は、もはや少年の無邪気な目ではない。
目の前の獲物を食らいつきたくて仕方ない野獣のような、殺戮を望むだけの瞳だ。
だが、そんな化け物を目の前にしても、カイは一度も喚くことなく、その顔を恐怖に染めることもない。ただ冷たく尖った瞳で、ルイのことを見ているだけだった。ルイはカイのなんとも思わない顔に疑問を覚えて、
「どうしたの?怖がらないの?君、今死ぬんだよ」
そう尋ねた。しかし、カイは何も答えようとしない。変わらぬ瞳でこちらを見ている。それは、今ここで命を断つことのしょうのない諦めか、はたまた誰かが助けてくれるという希望あってのことか。……いや、助けがくる訳がない。現に今もバカな警察共が必死にこの場を探しているだろうが、こうしていつまで経っても奴らは来ない。
……では、この表情は一体なんだ?
理由はいろいろ出てはくるが、殺戮に快楽を望むルイにとって、カイのこの余裕ぶった表情は不快でしょうがなかった。
「……まあいい、本当はどこかちぎってから吸う方が僕も楽でいいんだけど……」
そう言って、ルイはカイの服に手を掛けると右肩部分を裂いて、カイの華奢な首筋を露にした。
「ゆっくり吸い出して、じわじわと死の恐怖を味合わせてやろう」
カイは一瞬抵抗しようとするが、それを待つこともなくルイは口の両端から鋭い牙を剥き出しにしてカイの柔い首筋にかぶりついた。
カイは首筋に走る痛みに眉をしかめ、指先から血が勢いよく首筋に向かって流れていく恐怖にさらされた。
「うっ……あぁぁぁぁ!」
脳天に響くくらいの悲鳴が上がる。それはこの閑散とした空気に何度も共鳴して響いたが、カイとルイの二人しかいないこの空間には全く無意味なものだった。
それにやっと、ルイも安堵した表情で微笑んだ。
……だが、カイの悲鳴は決して“そのような“理由ではなかった。
瞬間、血を吸っているルイの体に異変が起きた。体全体が何かの振動を受けて、一瞬機能が停止する。
ルイは本能的に身の危険を感じて、とっさにカイの首から口を離してカイから距離をとった。
まず感じたのは、突如口全体に広がったカイの血の味だ。苦いとか、そんな低脳な話をしている訳ではない。それは言葉では表現しきれない。なんとも不可解な感触。
「なんだこの味は……」
ルイは訳も分からず恐々した。ふと口元に何かが垂れる違和感を感じて、条件反射でそれを拭った。
見た先はまず目を疑った。
黒い……血?」
戦闘シーンになると文章が長くなっちゃうんですよね(汗)全く、読みづらくてすみません。次でメイド少年編が終わる……といいなぁ。