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壊し屋とレインコート(4)

レインコート編やっとこさ完結!なんだか無理矢理まとめた気もするけど、いつものことなので気にしないで最後までご覧下さい!




 干ばつの続く夜はいつもの湿った空気がなく、すっかりと乾ききって人々も飢えていた。

 水を求めての犯罪。略奪、窃盗……など。同じく街の人々の気持ちも枯れ果てていたのだった。


 そして夜に生きる彼らもまた、例外ではなかった。しかしそれは水を求めて群がる獣とは違い、こちらはむしろその騒動の原因となりうるものだったのだ。




――ここは


 深き闇に混じる獣の屋城。


 ここには連日して、“あるはずのない“水を求めて裏の世界を頼る人々がぞろぞろとまさに群がるように集まっているのだ。


 ちなみに値段も闇価格だった。しかし、人々にとって必要不可欠な水分はどうあっても手に入れなければならない。そんな価格、人々にとってはびた一文ぐらいの値打ちだったのだ。



 最後の客が札束と共に水のボトルを受け取って帰ると、それを最後まで見送った数名の“手下“達が、ふいと後ろを見遣った。



「……いくらになった」



 そのさらに後ろ、路地の奥で暗闇に混じる“長“の声が低く響いた。


「ざっと500万です」

「はっ上出来だな」


 暗闇の中で、ゆらりとその男は体を起こして立ち上がった。

 星の見えないネオンの明かりが広がるこの街の光により、その男の毛色は赤くうつる。鋭い眼光はまるで獣のようで、まだまだ満足いかぬと言うようにあくどい表情で手の中にあるてるてる坊主を見下ろした。


「こいつのおかげで、だいぶ儲けさせてもらったぜ」


 そのてるてる坊主は、見た目こそただの可愛いてるてる坊主だが、その実態はこの干ばつを唯一救うことの出来る雨降らしの道具なのだ。

 そしてこの者達、街を蔓延る赤い犬と言う不良軍団は、何処から入手したのかこのてるてる坊主を使って水に飢えている人々から金を巻き上げていたのだ。


「これで、当分路頭に迷わなくて済むっすね!」


 赤い色をした男、ビリーの横にいた手下が声を弾ませながら言った。


 しかし、その言葉を耳に留めるや、ビリーは手下の男をギロリと睨み返した。 男はビリーのあまりの眼力と刺すような殺気にびくりと身を跳ねさせて縮こまる。


「何ちっちぇーこと言ってやがる。この俺様がこんなことで満足するとでも? もっとだ……このてるてる坊主を使って、この街を俺様の支配下に置いてやるのさ!」


 その底無しの欲望と、身から溢れ出す悍ましい気迫により、周りの手下達もぞくりと悪寒を感じさえする。

 だがビリーはこの閑散とした夜の下で一人、実に楽しそうに朗らかな声を上げて笑い立てていた。










瞬間。


 ぽつりと、笑うビリーの頬に雫が垂れて、輪郭をなぞった。


「ん?」


 初めビリーの流した汗か涙にさえ見えたが、どうやら違うようだ。




――と思った次の瞬間




ザバーーーーーーー!!



……とまるでバケツをひっくり返したような水が、一瞬にしてその場にいる男共全員を包み込んだ。

 そして全員をすっぽりと濡らし、アジトは水浸しとなる。


「うわぁーーーーーーーー!!」

「雨が降って来たーー!」

「もう終わりだー!!」

「ええい落ち着けバカ野郎共!!」


 いきなりの出来事にびしょ濡れのままうろたえる男達。


 だがそれもそのはず。

 雨が降ってしまったら、この水出し万能マッシーンのてるてる坊主の意味がなくなってしまうからだ。

 しかし、ビリーも言っているようにすぐ止んだところ雨ではないらしい。



「ふふふ……」


 すると何処からか、

この騒ぎ立てる中で誰のものでもない不相応な声が響いて、ビリーははっとその声の元を探した。


「誰だ!?」


 その者は予想のつかぬところから現れた。


 アジトの上。路地を挟むようにして立つビルの端から、淵に足をかけてビリー達を見下ろすようにして顔を出す。


その姿は……




 ただ紙袋(スーパーの茶袋)を被った猫だった。



「マジで誰!?」


 その場にいた全員は突然現れた人物(?)に向けて一斉に口を揃えて総ツッコミを入れた。


「我が名は……紙袋マン!」

「いやなんだよその名前! 少しは捻れよ!」

「うっせーなぁ、じゃあペーパーバッグマンでいいよ」

「英語に直してどーする!」

「お頭ぁ! ツッコミ所がズレてます!」



 手下のツッコミ返しにより我に返ったビリーは、はっと自分の置かれた立場を思い出して紙袋マン(?)に指を突き付けながら言い放った。


「くそっ……お前一体誰……いや何? いや違う誰……えっと、とりあえず何の用ですか!?」


 あまりの出来事に動揺と戸惑いが隠せずにテンパり気味のビリー。

しかし紙袋マンの方はこの状況に至って冷静でいた。そしてその質問に答えるようにゆっくりと話し出す。


「俺は……」


 紙袋マンは何処に忍ばせて置いたのか、腰に手を回すと長い柄を掴んでツルハシを取出し、大きく横になぎって下にいるビリー達に切っ先を向けた。


「アンタらを壊しに来た」


 そう顔の見えない猫は平淡な口調で言った。

 その言葉と向けられた切っ先で、男達は喧嘩を売られているのだと認識すると、ギロリと紙袋マンを睨み上げた。


「何ぃ……?」

「お前らがそのてるてる坊主を使って水を集め、干ばつの続くこの街の住人に高値で売り飛ばしていたことはもう了承済みだ」


 これだけの数の不良軍団達の殺気を受けながらも直変わらぬ口調で話す。その様が気に入らないのもあるのか、不良の一人は前に出て言い放った。


「何だ? 警察とグルなのか? ハッ! 残念だがな、警察もこれは認めてるぜ! ある奴が苦悩のあまり水を高値で買ってくれたからな」


 開き直るように吠える男達に、紙袋を被った猫は呆れて首を振った。

 多分、警察まで手を回されてしまったのだろう。

……が


「そんな負け犬共と一緒にされちゃ困る」


 そうして、紙袋の下から静かな敵意を男達に向けた。男達は一瞬その気迫に圧されかける。


「無論、あんたらとも」

「あぁ!?」


 まるでわざと挑発するような物言いで、紙袋は続けた。


「こんな小さな街で一端にでかい顔してるだけじゃいつまでも小さいままだって言ってるんだ」

「てめぇ……!」

「言わせておけばぼろくそ言いやがって!」

「覚悟できてんだろうな……!」


 紙袋の挑発にあっさりと頭の線を切らせて怒りを露にする男達。もう下の者達の殺意は紛れもなかった。

 だが紙袋は、そんな緊迫した空気の中でも平静を保ち、全く動揺した素振りを見せない。それどころか、この男達の長である赤い犬、ビリーとただ眼のくれあいをして互い目を反らさなかった。ビリーは紙袋の今の発言に怒ってさえいたが、他の犬達とは別でただその鋭い眼光をまっすぐに紙袋へ向けて静かな殺気を立てるだけなのだった。


 今、この目が反らされれば男達はその隙をついて一斉に紙袋マンに襲い掛かる。そうすれば、この場は途端に大乱闘の渦に巻き込まれるだろう。男達はただパイプや角材など、各々の武器を持ち、“合図“を待った。


すると


「バッカじゃねぇの?」


 紙袋がこの息の詰まる空間にひょうきんな声を出して言い放った。

 あまりの唐突さにほかの者達も呆気として力を抜きかける。


「な……に?」

「言っとくけど、俺は警察でも正義の味方でもねぇよ。だからアンタらみたいないかにもあぶねー奴らとタイマン張る訳ないじゃん」


 すると、その猫は懐をあさり出すと、何か小さな棒のような物を取出した。手におさまるそれを指にかけると、シュボッと音を立てて淡い火が灯った。


「そんじゃ」


 一瞬、紙袋の下から、まるであくどく笑む顔が見えた……が、手に握っていたそれはその後すぐに落とされて全員は視線を落とした。


ライターだ。

 そう悟った時にはもう遅かった。




瞬間、

 ゴゥっと音を立てて、その場一帯が炎に包まれた。

 赤い犬達は瞬く間に広がった火に困惑し、あっという間に逃げ場を無くしてしまう。さらには体にまで火が回る者も相次いだ。


「わぁ!」

「くそっ、さっきの液体は灯油か……!」


 そんな大混乱の最中に、ビルの上からすとっと綺麗に飛び降りた紙袋マンは、炎の燃え上がるアジトを背にニィと笑んで見せた。


「そんじゃーね☆ワンコさん方」


 そうして、その騒動に混じって逃げ去ろうとした


――刹那





「待て」

「―――!」



 ぞくりと感じた背中の悪寒に気付いた時にはもう遅かった。

 とっさに振り返ったため軌道はズレたが、ツルハシを構える暇などなく肩から目にかけてざんっと刃が一線した。


「つっ……!」


 顔を覆っていた紙袋は真っ二つに切られ、ハラリと地面に落ちる。そしてその反動を受けて後ろに倒れて腰をついた。

 ビリーは静かにその者を見据えたまま、露になった顔を一瞥する。


「……やはりお前か。壊し屋」


 静かで冷淡な声が響いた。


 左目と肩から血を絶えず流しながら、カイは静かな敵意でビリーを睨む。

 もう左目はビリーを捕らえさえしないが、その流血からして相当な痛みを伴うらしい。カイのこめかみにうっすらと汗が滲んだ。

 ビリーの手にするトンファーには、この前とは違く切っ先に刃が装着していて、カイを切った方のトンファーからは少しよどんだ血が垂れている。

 ビリーは剥き出しの殺意をカイに向けたまま言い放った。


「……お前から受けた傷、忘れたことなどない。俺があんなにコケにされたのは、あれが初めてだ」


 その鋭い瞳はカイを見据えていたが、心ではカイに初めて会い、一生消えない屈辱と傷を受けた日を思い出していた。

 それはカイも同じだが、見えない左目。流血で薄れていく意識。その全てが、今この状況は危ない。そう諭させてカイの頭の中で螺旋するのだった。


 ビリーは、ふっと手にしている右のトンファーを持ち上げ、カイに切っ先を向けたまま振りかぶった。

カイは抵抗する素振りも見せずにただその様を黙って見守っている。


「だが……」


 ぽつりとそう言ったビリーの目に、迷いはなかった。ゆっくりと上にかざした手がぴたりと止まり、次の瞬間


「これで終わりだ」


 勢いよく、カイの脳天に向かってトンファーの切っ先が振り降ろされた。


 ざんっと大きく空気を切る音がして、暗闇が炎で輝くその場は、手下達のざわめき声だけが響き渡った。


 仕留めた。

トンファーの先に感じる刺した感覚でそう悟る。




 しかし、それは肉を切った音ではなかった。


 ずっと黙りこんで、燃える音だけが響くその場に、ふっと笑む者がいた。


 そして、遥か天空から、雲を突き抜け、空を切り、一直線に下へと落下する物が――



「な……」


 ぽたりと、ビリーのこめかみに落ち、輪郭をつたって流れ落ちた。


 カイは、笑んだ口元を薄く開いて呟く。


「残念」


 刺したはずだった物は別の物だった。

 カイは刺される寸前に、いつの間にかビリーから奪い取ったお天気てるてるを前に出し、身代わりにしたのだ。トンファーの切っ先は、可愛いらしいてるてるの顔に貫通している。


 すると、渇いてゆらゆらと揺れる赤い炎の影を映していた地面に、少しずつ連鎖するように何かがぽつぽつと落ちて来た。

 それを肌で感じて、ビリーはまさかと顔を引き攣らせる。


「チェックメイト」


 いたずらな顔でそう言った刹那、

てるてる坊主はカッと光り輝きまるで破裂するように弾け、轟音と共に辺りを霧で包んだ。

 それとほぼ同時に、空は黒み大量の雨が降り出す。


「くっ……くそ!」


 いつの間にか目の前にいたカイは何処かに行ってしまったらしい。しかもこの霧と雨だ。アジトに回った炎はこれで消えるだろうが、肝心のカイを逃がしてしまったら仕方がない。


「アハハハハハ」


 するとすぐそこの角の方から、感情のあまり篭らない笑い声が聞こえてビリーはとっさに振り返った。この雨と霧のために姿ははっきりとは見えないが、それは確かに“奴“の後ろ姿だった。

 そして、そいつは去り際にふいとこちらを見て言い放った。


「……そんなんじゃ、俺は殺せないよ」


 そう言い残すと、カイは雨の中を走り去る音を残してこの場を離れて行った。

 そしてビリーはそれを黙って見送っているだけだった。激しい雨に打たれながら。


「頭ぁ! 火はなんとか消えました!」

「……そうか」

「……あいつ、逃がしちまいましたね。追いますか?」

「いや……いい」


 ビリーは淡々と言ってから、もう一度カイが去った方向を見た。



 追うことは出来た。

 負傷しているあいつを殺すことはたやすかったはずだ。

 だが、あいつは自分を殺そうとしている俺を見て、不敵に笑んで見せた……。


 そしてまるで偶然、いや……必然のように雨は降った。

 これも全てあいつの計算か?いや、俺に切られた時点でそれはない。


「まるで……神に見初められているようだ」

「え? 何か言いましたか? 頭」

「……いや」




それでも――

あの時追わなかったのは、“今“のあいつは殺せないと……そう悟ったからかもしれない。




 雨に混じるあいつの血を眺めて、

俺は思った。












「痛ってーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 雨上がりの澄み渡る空に向かって、

鳥達もビビるほどの雄叫びが響き渡った。


「やかましい! じっとしてろこのバカ!」


 ボロアパート203号室。

通称カイの部屋では、

傷をこさえて帰って来たカイを荒々しく治療するマヒル。

&、それを見守り尻尾を振るヒナ。


「痛いってバカ! 傷口に消毒液直射するとか何のイジメだよ! DV反対! DV反対!」

「黙れ不良猫! さんっざん心配かけたお仕置きじゃ!」


 その言葉に、カイは騒ぐのをぴたりと止めて、くるりと振り返った。


「……心配……したの?」


 上半身を脱いだカイの肩には痛々しく傷が残り、マヒルが丁寧にガーゼを当てていく。左目にはもう眼帯が当ててあり、見るからにケガだらけと言っていい。

 その様をじーっと眺めていたヒナは、はたりとカイの視線を受けて顔を上げた。


「うん、した」


 丸い目がそう言って、カイはふぅんと相槌を打った。そしてまた前を向こうとする。


「……あんまり、無茶しないでね」


 いきなりそう呟くヒナの震える声を聞いて、

カイは一瞬また振り返りそうになる。

が、あえて振り返らずに


「うん」


 とだけ答えた。


「そうだぞ! ヒナにまで心配かけやがって! 罰として今日はお前の給料でおごって貰うからな!」

「はぁぁぁぁ!?」




 そんな騒がしいアパートの屋根、赤く古い錆びたトタン屋根の上には、

小さな影がポケットに手を突っ込んで街を見下ろしていた。雨上がりの街はいつもより活気づいていて、涼しい風が吹き通っている。屋根の下では、相変わらずやかましい元気な猫の鳴き声が響いていた。


「……やれやれ。今日もこの街は平和だねぇ」


 そうして、その者はふぅと一つため息をついて誰に言うこともなく呟いた。だが、呆れるような子供の顔は何故か清々しく見える。


子供は、屋根からいつの間にか道路に降りると、ポケットに手を突っ込んだまま何事もなかったかのように人ゴミへと歩き去って行った。


 その腰には、可愛いらしい顔をしたてるてる坊主がニコニコ笑ってぶら下がっているのだった。




END


なんだか、これを執筆中かなりの間がありましたねー。私もどんな話か途中で忘れかけてたり(ヲイ   まぁなんとか終わってよかったですよ(笑)大体半分くらいまで来たーって感じですか。なんだか長いですね。未だにクライマックスを考えていない(汗)  明日はどっちだ!

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