表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

壊し屋とレインコート(3)

二週間くらい置きましたが、文章少ない!だって会話だけなんだもん!(泣)




 夕暮れになって、空はすっかり赤らみ、街は鼠色が淡い橙色に変わってきていた。


「帰んの?」


 あるアパートの一角。メッキの剥がれかけている壁と、安っぽい作りのトタン屋根。驚くほど静かな夕方に、鉄製の階段をカン、と降りた足がぴたりと止まった。

 丸い子供のような目がゆっくりと振り返って、階段の淵にいつの間にか立っていた黒猫に目を止める。

その者を見るや、子供はしばらく間を空けた。


「……まぁな」


 子供の体型をした神、レニはその顔に似合わずニヤリと笑ってそう言った。


「こう見えてもオレも神の身だ。そう暇でないんだよ」

「とか言って、実はリストラされたから追い出されてたりして」

「ハハハ、笑えない」


 そう言葉を交わした後、しばらく沈黙が続いて互い無言を貫いた。空のカラスが一羽から二羽に増えて、カイはそれを見送ってから言った。


「今日は来てくれてありがと」

「何、お前の元気そうな顔が見れてよかったよ」


 レニはいつものようにズボンのポケットに手を突っ込んで、ぶらぶらと足を揺らしてからカイの顔を見上げた。


「少しは慣れたか? ここの生活に」

「ん、まぁね。……なにせ7年も立つからさ」


 カイはまるで遠くを見るように目を伏せてから、茜色の空を仰いだ。そんな素振りを見てから、レニは錆びてペンキの剥げかけている壁にトンと背をついた。


「……7年か」


 何を思ったのか、確認するように呟くレニの目は、夕日の逆光を浴びて光り震えていた。今度はカイがレニを一瞥して、だがすぐに反らした。


「……あんたにとっては、短いだろうな」


 そうして、体をベランダの方に向け、木々の隙間から見える橙色の街を眺めた。相変わらず賑やかな街は、ここから見たらやけに離れた世界に思える。そして誰に言うこともなくため息混じりに呟いた。


「でも、俺には長かったよ」


 カイのその一言を聞いて、すぐに何のことか悟ったレニは返答した。


「……あの頃のことか」


 顔を向けずにそう言うレニの一言に、カイはほんの数秒間をおいてから、うんと頷いた。その時、瞳がほんの少しだけ白んだ気がしたが、レニは何も言わなかった。

 するとカイはいきなり大きく伸びをして、体をほぐしながらひとしきり唸って見せた。レニはその様を黙って見つめて、カイはうんと頷く。


「ま、いまさら言っても仕方ないって」


 そして、ベランダの柵に両手をついて体重をかけ、外を見渡すような素振りをとった。


「……戻る訳ねぇもん」

「…………」


 その時、ほんの一瞬だけカイの目は違う色を見せた。いつもの楽観的な目ではない。そう悟るのに時間はかからなかったが、カイのそんな笑い方は珍しかったので、レニは少しの間カイを眺めるように見ていた。


「――で? 今日はホント何しにきたん?」

「ん?」


 いきなりカイはいつもの表情に戻ったと思ったら、くるりと振り返ってそんなことを言って来た。


「ホントはその為に来たんだろ? ……でなけりゃ、自由奔放のあんたが、わざわざここへ来るはずがないからさ」


 レニの方を向いたまま、カイはベランダに腰をかけてひじをおっかけた。少し生意気なその態度を見て、しばらくキョトンとしてまさしく子供のような表情をしていたレニは、俯いてふっと笑むとまたいつもの憎たらしい顔に戻った。


「……ご名答、ホラ」


 すると、レニはポケットに入れていた左手を出して、中から取出した白い紙切れのような物をカイに投げ渡した。カイは片手でそれを受け取ると、四つ折にされているそれをさっそく開いて見せた。その間を使って、レニは説明をする。


「“壊し屋“であるお前に依頼だ」


 カイはさほど長くもない文章を左から右に読んで一通り目を通すと、ふいとレニを上目で見た。


「……そんなこったろうと思った」


 深くため息をつくカイを実に楽しそうに見ながら、レニは続けた。


「最近、雨が降ってないことは分かるだろ」


 確かめるような物言いで、レニはカイを見る。その言葉と目にカイは納得したように頷くと、何気なく紙を折り戻しながら答えた。


「やっぱり……な。神であるあんたが、自分自身でもあるこの街をわざわざ傷つけるようなことは、自殺するのと同じだからな」


 そう言って、紙を折る手を一旦止めると、横目でレニを見やった。


「――……何かあったのか」


 カイの何かを悟るような鋭い目は、まるでレニを睨むようだ。しかしレニは半ば呆れるように首を振るだけで、そんな殺気には全く微動打してないようだった。


「……全く、カンが鋭いのも相変わらずだな」


 その言葉に、カイはやっぱり、と当たり前のように返す。

 レニはそんな態度を気にせず、壁から背を離すと、カイに体は向けぬまま街の方向を見て話を続けた。


「実は、雨を降らすのはオレの役目でもあるんだけど、その雨を降らす道具である“お天気てるてる“がね」


…………

 カイの目が点になると同時に、なんだか妙な沈黙が流れる。


「……お天気てるてる?」

「お天気てるてる」

「…………」


 多分、雨降らす道具なんだろうな。と、カイはこの話の流れにより推測して無理矢理納得した。だがこの言葉のニュアンスにより想像できる物体は限られてきて、どうも仕事内容が軽い物に思えて仕方がない。


「んで、それをついうっかり街に落としちゃったんだよねぇ」

「あんたほんとーに神様?」

「はい、お口みっふぃー」


 レニはカイの尖る唇に指をつっつける。

して、


「だから困ってんだよ」

「ちょっと、それおかしいだろ。そのお天気てるてる……? を落としたんなら、そもそもあんた神の意味ないじゃん」

「甘い!」


 せっかくレニの指を口から退けたと言うのに、レニは逆の指を今度はカイの頬に突き刺した。

カイは軽く悲鳴を上げるがそんなの気にもとめずにレニは続ける。


「いいか、確かにオレくらいの神レベルになると、あんな道具無しにでも雨を降らすなど容易でもない……が! 考えて見ろ! 例えばトイレ(大)の方をして、自分のケツを拭い忘れたあの感じだ!」

「例えが汚ねぇよ。つーか痛いんですけど」


 未だカイの頬に刺さったままのレニの指。しかしレニはその体制のまま話を続けた。


「いいか、これだけの干ばつが続いてるんだぞ。そんな時に、いつでもどこでも雨を降らしてくれる万能マッシーンてるてるくんが出てきてみろ」


 マッシーンと来たか……と、カイは感嘆するがあえてスルーする。


「当然、そんなもの悪用せずにはいられないと思うがな」

「成る程」


 カイが頷くと、レニはぱっと手を離して、くるりと背を向けた。今まで指が突き刺さっていたカイの頬はほんのり赤くなっている。

そんな頬をさすりながら返答を待つカイ。その間を最大限使ってレニは、もう数段階段を降りると、近くの手摺りにひじをつきながら言った。


「この神たるオレに対して愚かな挑戦だな。相手はこの街に蔓延るゴミ共……赤い犬とやらだそうだ」



 その言葉を聞き、カイの黄色い瞳は大きく開かれた。それと同時に、ある記憶が脳裏を掠める。


「うへ〜……」

「どうだ、嬉しいか」

「めちゃくちゃ嫌なんですけど……」


 めんどくさそうに深く息をつくカイを、レニはあからさまに楽しそうに見た。


オレからの依頼は二つ。お天気てるてると赤い犬を壊せ」

「また面倒な」

「お天気てるてるはまだストックあるから、壊せば自動的に雨が降る。赤い犬は……ムカつくからとっちめてこい」

「それ完璧私私情混じってるよね」


 カイは深くため息をついた。その様はかなーり嫌そうだ。そんな姿を見て、


「まさかできないとか言うのか?」


 ちょっとからかうような、その気もないのに煽るような言いようでレニはニヤリと笑って見せた。しかしカイは全く動じずにキョトンとして、


「いや?」


と言った。


「むしろ好都合だね。最近収入源がなくて生活ギリだったから調度いいや」


 じゃあいいだろ、と言うレニを、カイはふいと見遣った。


「でも、こんなめんどーなことしなくたって、アンタの方が遥かに手っ取り早いんでないの?」

「ダメだ」


 カイの何気ない言葉に強張った顔で即答するレニ。いきなりそんな顔されたために、カイはふとこの場に流れるただならぬ空気に敏感に反応した。


「夕方からこの間見忘れた大河ドラマの再放送があるんだ」

「……あー…そう」


 やけに真面目な顔で言うところ、レニにとっては重大なことなのだろうが……。今ここにマヒルがいたら即ザバトなんだろう。残念ながらカイにはツッコミの免疫がないので誰もツッコミはしない。


 その後レニは、手摺りから体を起こすとまたポケットに手を突っ込んだ。そしてカイに背を向けながら言う。


「じゃあ頑張れよ。オレは腰が痛いからもう行く」

「はいよー」


 カイはレニの姿を見ずに手をふらふらと振って見せた。しばらく街の方を眺めていたが、何を思ったのか、すぐに階段の方を見遣った。

 しかし、もうそこにはレニの姿はなかった。

 それを確認してからふと頭をかき、そして誰もいない空間に向かって抜けた口調で呟く。


「しっかし、よりによって赤い犬かぁ」


 赤い犬と言えば、

いつだったかヒナのことを追い回していた集団のボスだ。その時、必然とはいえあんなことをしたのだ。そりゃあ目をつけられたっておかしくはない。


 ま、次会ったらただじゃおかないかもね。


 でもこれも仕事。依頼されたのはアジトとてるてるの破壊だ。


「ま、なんとかなるかな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ