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壊し屋とレインコート(1)




 夏は相変わらず走行中。


 雲ひとつない青々とした空に、丸い光の輪をかけた太陽がさんさんと浮かび、コンクリートを熱く照らしつけている。


 七年ぶりのこの街は、やはり変わることはない。

 この暑い中、鉄板のように焼けた灰色の地面の上を人々が飽きもせずに行き来している。人間とは分からぬものだ。なんで自分にとって不愉快になることをわざわざしようとする?


――まぁ、自らの手で作ったオレが言うことではないだろうが……こいつは予想外だな。




 人で賑わう街、その大通りの真ん中に、まるでカエルの風貌をそのまま形作ったようなレインコートを羽織った小柄の少年が一人。

 忙しそうに行き交う人々の真ん中でその少年だけがじっと立ち尽くしている。そして誰に言うことなくぽつりと呟いた。


「……さて、あいつは元気にしているかな」


 そう言うと、少年はズボンのポケットに両手を突っ込みながら、ゆっくりと人ゴミに混じり、


 やがてその姿を消した。








「どうだー、カイ」


 やかましいドリルの音が鳴り響くここは、とある下水道の工事現場。住宅街の真ん前で作業をしているため、工事現場の周りには通行止めの張りぼてで囲まれている。

……となると、皆様もうお分かりでしょう。


「んー」


 コンクリートがツルハシやショベルにより剥がされ、剥き出しになった道路の下にはパイプ管がいくつも連なる。その奥で崩れかけた通路に頭を突っ込んで顔は見えないが、腰に巻いた上着の下からほっそりと出る黒い尾を揺らせている猫が一匹。


「あんまり無茶すんなよ、頭に血昇るぞ」


 その手前では、筆記用のボード片手に、まるで何かをチェックするかのように赤いペンを持った20代半ばの青年。

――が、パイプの繋がる土の通路を見下ろしながら言った。


 彼らは、この街で働くごく普通の工事員マヒルと、と黒猫カイ。

 今日はこのくそ暑い真昼間から下水道工事

……のように見える。


「どうだ? なんか見えたら教えろよ」

「未来が見える」

「マジで!?」


 するとカイは土ボコリにまみれながら、やっと下水から顔を出した。今は土や泥で汚れてはいるが、一応黒猫なんです。

 そうして、服についた汚れを払いながら言った。


「ダメだ、ここも枯れてる」

「ええ!? マジかよー」


 マヒルは肩を落としてそう言うと、ため息をつきながらボードを見て赤いペンで紙にチェックを付けた。


「どうすんだよー……このままじゃマジで深刻な水不足になるぞ」




――そう、水不足だ


 実はこの街、カイ達が住むビルの立ち並ぶ都会は、ただいま深刻な水不足に直面……しそうなのである。確かに、こんな街中で日中もうだるような暑さの続く真夏の都会。遠い所の街からダムを借りて水を補っているものの、何ヶ月も雨が降らないとなるとは……誰も想定していない事実である。

 そのせいか水の通わなくなったパイプが出て来てしまい、こうしてカイ達工事員が街の水道管を点検しているという訳だ。


「いくら暑いからって、さすがに干ばつはねーよなぁ」


 呆れるように首を振りながら言うマヒルの横で、カイはすっかり泥だらけになった体を掃っている。


「こりゃあ、今後は水の使い過ぎに気をつけないと……」

「うっへぇ……最っ低、口ん中までヘドロが……帰ったらシャワー浴びよ」

「……人の話聞いてましたか? カイくん」

「は? 何が?」


 全く悪びれがないような顔で振り返りながら、カイは近くにあった水道からホースを繋いでたっぷりと水浴びをしている――所をマヒルにコンマ0.2秒で吹き飛ばされた。


「だっから干ばつだっつってんだろぉが! しまいにゃその頭二つに割るぞ!?」

「もー、そんな怒んなよ、軽いカイジョークだってば」


 頭にボーリングの玉バリのたんこぶを乗せながらひらひらと手を振るカイ。相変わらずマヒルの激しいツッコミを喰らってもダメージを感じないカイには感服するものがある。

……それはさておき、


「わかってんのか? 水不足になるってことは、いろいろ不便になるんだぞ」

「いろいろ……」


 カイはマヒルの言葉を聞いて、思い当たる節をぽつぽつと思い浮かべてた。そしてある可能性に気づいてハッと目を開き、途端声を上げた。


「あぁ!」

「ど、どうしたカイ!」

「プール用の海パン買うの忘れた!」

「もういいからお前消エロ」


 強制ツッコミ拒否。


「だってさー……さすがにパンツのまま入れないじゃん」


 そうゆうことじゃないとツッこむのもあほらしいが、カイは真面目なようだ。意味分からず恥ずかしそうに頬を赤らめている。


「だから水不足って言ってんだろが! つーか何で赤くなってんの!?」

「いやね、まー実際ブリーフで水泳授業受けてた奴いたけどさ、小学校の頃」

「いたの!? ってかそれ以前にお前学校行ってたの!?」

「でも残念ながら、俺ブリーフじゃなくてトランクス派なんだ。ごめんねみんな」

「いや、誰もそんなこと期待してねぇし! ていうか聞いてすらいねぇし! 話ズレてるし!」


 マヒル名物三段ツッコミ炸裂。……はさておいて、

 話題を戻しましょう。はい、干ばつでございます。



「つーか、水不足なんだからプールなんてやってる訳ねーだろ! それなら家庭に水回すよ!」

「なぬー!? 俺の愛すべきプール日和を邪魔するのかお前は!」

「なんで俺のせいなの!?」


 というか、猫がプールに入りたがるなんて、こいつ本当に猫で主人公なのか心配になってきた……。と、マヒルは心の底で思った。

 しかしカイはやはり納得行かないようにその場でじだんだを踏んでいる。そんな姿は見た目通り子供っぽい。そんなカイを宥めるように、マヒルはカイの頭に手を置いた。


「諦めろカイ、干ばつは天災だ。誰のせいでもねぇよ」

「くそー……」


 するとカイは、先程までずっとむくれて俯いていた顔を、ふと何かを思い出したような表情にして不意に空を仰いだ。

 空は相変わらず雲ひとつなく、雨が降る気配などみじんもない。だがカイは、まるで何もない青々とした空の、さらに向こうを見るように目を細めた。


「……おかしいな、なんで“あいつ“がいるのに、雨降らないんだ?」

「あ? なんか言ったか?」


 ぽつりと呟いたカイの言葉に、マヒルは反応してカイの顔を覗きこんだ。

 しかしカイは、それでも吸い込まれるように空を見上げて上の空状態でいた。


「いや……何も」









―という訳で


「おーーっす、帰ったどー」


 水道管の点検が終わり、仕事が一段落ついたカイ+一名は、とりあえずカイの住むボロアパート203号室へやって来た。というか帰って来た。

 カイがドアを開けると、さも当たり前のように白い猫がぱたぱたとやって来た。


「お帰りー」


 眠たげな青い目をした白猫、ヒナは未だにカイの家に居候中。もはやカイの家族というか、兄弟というか、そんな感じである。

 しかし、同じく未だ独身一人暮らしのマヒルにとっては、自分より年下の部下が先に女の子と一つ屋根の下で同棲しているとなると、悔しがらずにはいられないのが上司の性というもの。


 “同棲“という言葉が出てきて、思わず赤くなるマヒルだが、まさかそんなことこの状況で考えているなんて、カイもヒナも思いもしないのであった。


「あ、そうだ。カイにお客さん来てるよ」

「俺に?」


 カイは泥だらけになった体を拭きながらヒナの言葉に答えた。

 それを聞いていたマヒルも、その言葉に少し以外な表情を浮かべる。


 カイに用のある人?まだカイを諦めきれてないルイとか?それか新聞の勧誘とか家賃滞納している大屋さんからのブーイングとか、借金取りが保険金かけに来たとか……。


「もう少しマシな客いないのかよ、俺によ」


 まるで俺がトラブルメーカーみたいじゃないかと言わんばかりにカイは軽蔑の目をマヒルに向ける。

――それはよしとして、カイは再度ヒナに向き直って尋ねた。


「で、その客ってのはどこ?」



「ここ」


 それを言ったのはヒナではなく、またもや窓から聞こえてきた。


「うあーーーーーーー!」


 まるで窓をはい上がるかのように出て来たその貞子並の恐ろしい情景を見て、マヒルは頭半分を吹き飛ばしながらカイにしがみついた。


「よっこい……しょ」


 窓から現れたのは、カイやヒナよりも小さいナリをした少年だった。カエルの顔のついたフードつきのカッパをすっぽりと被り、ズボンのポケットに手を突っ込んだ少し小生意気そうな子供だ。大きなくりくりとした目がカイ達を捕らえて、少年は悪戯に笑みながら言った。


「やぁ少年、元気にしていたか?」

「レニ!」


 あからさまにカイよりも年下に見える少年は、カイに向かって親しげに言い放った。それに答えるように、カイも前のめりになって言う。


「えーと……お知り合い?」


 よく状況が読み切れてないマヒルは、カイと少年の顔を交互に見比べながら尋ねた。

 まぁ見る限り知り合いっぽい、というかカイにわざわざ会いに来た客なんだから親しいはずだ。しかし、こんな見る限り年端もいかない少年とカイに、何の関係があると言うのだろうか。


「知り合いも何も……この街にいるなら常識なんですけど」

「は?」


 思いがけない言葉の意味が分からず、マヒルは目を点にしながら尋ね返した。するとそれに答えるようにして、窓際に立つ少年が横から口を挟んできた。


「全く、最近の街の者は困った時の神頼みと言う言葉がお似合いすぎて普段着にでもしてるのか? この神たるオレを知らないとは……去れクズが!」

「この初対面なのに図々しいかつムカつく物言い……間違いなくカイの知り合いだ! うん!」


 たぎる怒りを拳に抑えながら、マヒルは悟った。


 そこでふと、今の会話の中に気になる点があったことに気づいて、目をぱちくりと瞬かせた。


「え? ……神?」


 そこへ変わりに質問の返答を代弁してカイが言った。


「そ、レニはこの街の神様。土地神様だよ」

「ええええええ!?」


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