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壊し屋と月うさぎ(3)

今回はリノの幼い頃の回想シーンなのでカイ達は出てきませーん。本当はこうゆうのって番外編とかにやるものだと思うのですが、“リノの過去が気になる“という意見がいくつかあったので入れることにしました(笑)ちなみにギャグ無しですよー(ぇ




 比較的裕福な家庭だった。西の小さな農村で、“ベルソナル“という領主の家で育った。僕はそこの双子の長男に生まれた。


 都会とは違って、その村はどちらかといえば田舎と言うのがふさわしく、村の周りには毎年秋に黄金色の小麦畑が広がる。


一面に


 僕はそんな村に不満などなく、むしろそんなのどかさと懐かしさが好きだった。村の人々は穏やかで、領主の息子というだけでなく、一個人として、僕も そして双子の弟にも非常に優しくしてくれた。


 僕は不満などなかった。


 父さんも母さんも、家族はみんな優しい人達ばかりだった。

 と言っても、両親は子育てに甘えなど見せず、それなりに貴族として正しい立ち振る舞いを徹底された。それは決して生易しいものではなかった。得に父さんはいつも無口だったが、叱る時の迫力と来たら、弟のリオも泣きべそをかくぐらいだった。

 だけどその奥には優しさがあることは、当時の僕には分かっていた。そんな真面目で無口な父さんが、僕は好きだった。


大好きだった。


 そして母さん。

 恥ずかしいが、僕とリオは酷く甘えん坊で、昔から母さんを取り合ったりしていた。もちろん母さんはそんな僕らに平等に優しくしてくれた。

大好きだった。

 誰もが母親に抱かれるあの温もりと安心感は、なにに例えられようか。

 今でもその感触はまだ覚えている。


 僕は幸せだった。

幸せだったんだ。

この風景が、日常が崩れることなどないと思っていたんだ。

そんなこと、考えてすらいなかったから。





――でも

僕は思い知った。

あの夜を。

全てを包むあの闇を。










『兄さん……リノ兄さん』


 それは静かな深い夜のことだった。

 僕はいつものように、リオと寝る前に本を読んで、ちょうどうたた寝をしていたところ、リオに揺さぶり起こされた。


『ん……』

『兄さん、風邪ひくよ。ちゃんと自分の部屋に行かないと』

『……ここで寝る』

『また兄さんはー、また父さんに怒られるよ』


 ぐずつく僕を、リオが呆れたように叩く。僕はまだ寝ぼけていたが、仕方なく起きることにした。

 眠い目を擦って、広いベッドを下りる。淡いオレンジ色のランプに照らされる部屋は、どこか心地よくて眠りを誘った。

 リオはベッドの上に散乱する絵本をひとつ手にとって、寝ぼけながらドアに向かう僕に言った。


『兄さんと僕って……どうして双子なんだろうね』


 いきなりの言葉に、僕はキョトンとして眠い目を開いた。


『なんだよ、いきなり』

『だって思わない? 同じ顔で同じ風貌で、同じ日に生まれて……』


 リオはいつになく大きな目をキラキラさせている。すると僕は、そんなリオの言葉に不満を抱いて口を尖らせながら言った。


『でも、リオは銀髪じゃないか。僕と違って』

『あっ……いやまぁそうだけど』


 リオは僕の言葉に気兼ねするように焦りの色を見せた。なにせ、髪の件は僕にとって禁句の何物でもない。

 そう、双子の僕らは髪の色が違う。僕は金、そしてリオが銀だ。おそらく僕は母さんに似て、リオは父さんに似たのだろう。そのせいか、僕には“金髪は女らしい“という認識があり、どうも自分の髪を好きになれないのだ。


『僕は綺麗だと思うけどなぁ。その髪』

『なんで……銀の方が男らしくてカッコイイじゃないか』


 僕は皮肉じみた言葉で言った。だって父さんは本当にカッコイイ。お世辞じゃなくて、肉親の僕から見てもそう思う。きっとリオも大人になると父さんみたいにかっこよくなるんだろうな……とか思うと、なんだか兄として弟に負けた気がして無償に腹が立つのだ。 ふて腐れる僕を、リオはキョトンとした目で見て、その後すぐにニッコリとして、言った。


『そうかな。僕は好きだよ兄さんの髪』





 いきなり言われたその言葉に、僕は一瞬返答に困った。


 リオはいつもそうだ。躊躇いもなく恥ずかしい言葉をすらりと言い切る。しかもそれに悪気がないから驚きだ。全く、こちらが恥ずかしくなる。

 僕はそんななんとも言えない歯がゆさに我慢出来ず、とりあえず部屋を出ることにした。


『あ、兄さん』

『ん?』


 リオはまたニッコリと笑って僕に言った。


『おやすみ』












――それは本当に突然の出来事だった。

 まるでつむじ風のように、雷のような出来事で……。


 幼い僕には早すぎた。





 血みどろの廊下。

 きっと今、この広い屋敷のほとんどは血で満たされている。

 暗闇に異様に鼻をつくその匂いは明らかに血の匂い。赤、とにかくその場は赤としか言いようがない。


 トイレに出て来ただけだった。いつものように廊下を渡って、ただ帰って来るだけだった。

 誰がこんなこと予想していたのだろうか。少なくとも僕は考えてすらいなかった。



 まさかこの屋敷の自分以外全員が殺されていたなんて――



『なんだ……これ……』


 僕はとにかく困惑した。何が起きているのか分からなかった。ただ、目の前に広がる血の海の惨状を目前とした。床に転がる屋敷の執事や家政婦の骸を恐怖の色をした瞳で見つめることしか出来なくて――。

 酷い吐き気が僕を襲った。めまいがした。立っているのがやっとで、とにかく僕はその出来事が信じられなかったんだ。


 震える体を動かしたのは、家族の身を案ずる意思だった。僕はすくむ足を持ち上げて血に染まり骸が這う廊下を駆け出した。そして、広間へ滑りこんだ。ここに父さん達がいる。


『父さん! 母さん!!』





 開けるべきではなかったのかもしれない。

 入るべきではなかったのかもしれない。



 今の僕には、あまりにも早過ぎた。


『リ……ノ』


 剥き出した目がリノを捕らえた。

 月明かりが照らす部屋には、一人の死体と、かろうじて生きている者がいた。


 やがてその者も動かなくなった。




『うああああああああああああああああああああああ!!』



 それは突然で、

あまりにも悲惨で無残で、僕の幼く小さな胸を容赦なく切り付けた。


 目の前には、血まみれの死体が二つ。そしてそれは確かに僕のよく知る二人だった。

なんで、どうして。いつ、なんで、どうして!!


 理由が知りたかった。

とにかく今この状況を知る術が欲しかった。

嗚咽を吐いた。



 そして、月明かりの部屋に、二つの死体の他、


 もう一人ちゃんと生きた人間がいた。

月を窓から見上げるように見て、じっと立ち尽くしていた。そして、突然入って来たリノにゆっくりと振り返った。


 月明かりに照らされて影となった顔は見えなかったが、確かに“それ“ははっきりとなぞられて見えた。




白い髪――



 驚くほど純白の髪は、この恐ろしい惨状に合わない綺麗過ぎる髪。

 僕はその色が目に焼き付いて離れなかった。


 同時に恐怖を感じた。焼けるような殺気も、悍ましさも、凶暴さもない。

ただ静かでまるで気配もなくその場に立ち尽くしている。

 その様はあまりにも堂々としていて、逆にただならぬ恐怖と悪寒が感じられる。



 僕は確かに思ったのだろう。ただ一つ分かること。


“こいつが殺したんだ“


 そして、次に殺されるのは僕だということを。


『う……あ……』


 逃げなきゃ。

逃げなくてはならない。そう察するまで時間はかからなかった。だけど体が言うことを効いてくれない。まるで金縛りにあったかのように、体は硬直して息は詰まり、もう成す術もない。


 白い髪の者は人影を揺らしながらゆっくりとこちらに近づいて来る。

僕は徐々に恐怖の心拍数を上げ続けた。


嫌だ……来ないで

嫌だ

嫌だ!

嫌だ!!






僕は――

 暗い闇の中にほうり込まれた。

それから先は、覚えていない。





 気づいたら、朝になっていた。驚くほど清々しい朝だった。朝日が窓から降り注いで、目の前の惨状は昨日よりもはっきりと見えた。

血、

少し渇いた血が部屋一帯に飛び散っている。目の前には、父さんと母さんが、血みどろになって冷たく横たわっていた。


 僕は無事だった。


 だが、今の僕には何も考えることが出来なかった。ただ絶望感と空白が、頭の中をいまだ渦巻いていた。体は抜け殻のようで、手と足は前に投げ出してある。そして長い間、ずっとそうしていた気がした。



 次に、一番大切なことに気づいた。


 気づくのが遅すぎたか、だがそうも言っていられなかった。僕は抜け殻になった体を起こし、とっさに部屋を飛び出た。

 血みどろの廊下を駆けて、ある部屋にたどり着き、扉を勢いよく開ける。



『……兄……さん?』


 掠れる声がベッドの中から聞こえて来た。僕は入ると同時にその方向を見据えた。

 真っ白なシーツに飛び散る赤い血。そして、綺麗な銀色の髪までもその血に染める。

うなだれているリオの右目からべっとりと……。


『うっ……うわっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 僕は自分でもよく分からなかったが、確かに、さっきまで空白だった僕の頭には恐怖と絶望感と苦しみが同時に流れてきて――


よく分からなかったけど、とにかくその時の僕は、縺れながらリオに駆け付け、必死にしがみついたんだ。


 そして、目からは絶えず涙が溢れて来た。まるで堰を切ったかのように。

僕の中に溜まっていた何かがこぼれるように、

僕は目の前の確かな温もりに縋り付いたんだ……。









――それから、

 数年が過ぎた。屋敷の者は、僕と……リオ以外全員殺されたらしい。

 そしてその家族を殺したそいつは、誰かに依頼されて殺す“殺し屋“と言うことを僕らは知った。


 何故、家族が殺されなければならない?そして、どうして僕とリオだけ殺さなかったのだろう。――いや、リオの右目を潰したところ、リオは始めから殺すつもりだったのだろう。では何故、僕には傷ひとつつけなかった?


……悔しいのではない。

僕一人が無事だったのが、……あの時、殺し屋を目の前にして何も出来なかった自分が、腹立たしくて仕方ないんだ。






『兄さん』


 僕は小麦畑の広がる畑の前で立ち尽くしていた。

そして、聞き慣れた声に呼ばれて我に還る。


『リオ』


 そこには、少し怪訝そうな表情でリオが立っていた。あの頃よりほんの少し大人びいたリオの右目には、痛々しく眼帯が巻かれている。


『……兄さん、やっぱり行くの?』


 リオは、僕の姿を見て言った。僕は、荷物の詰まった鞄を担ぎ、革のブーツを履いた姿で振り返る。そうして、リオは続けた。


『やっぱり……兄さんを行かせる訳には行かないよ』


 そう言って俯くリオを、僕は真っ直ぐに見つめる。


『だって、殺し屋を……敵を打ちに行くなんて……!そんなの危なすぎるよ!』


 今にもその左目から涙が溢れ出そうで、リオの言葉には必死さが伺える。そんなリオに僕は淡々と言った。


『リオ……父さんと母さんを殺した奴が憎くないのか?』

『ゆ……許せないよ、でも……』


 それ以来、リオは俯いたまま黙り込んでしまった。きっとリオは、僕を行かせたくないのだろう。今やたった一人しかいない肉親である僕を。


……リオの言いたいことも、気持ちもわかる。だけど……


『分かってるさ』


 リオはゆっくりと顔を上げた。


『 僕のしようとしていることが、間違っていることはわかっている。……けど、僕は例えその道が蛇の道でも……この手を血に染めても、お前の目をそんなにした奴を――』


白い髪の者を――



『必ず、この手で殺す』





 それが僕のけじめだ。


やっとテスト終わったー!過去のことはもう忘れようと思います(笑)    しかも初っ端から脇役の回想シーンかよ!うっぜー!とか思ってる人もいると思います!カイとかヒナとか出るの期待してた人ごめんなさいね。え?一人忘れてる?……はて、三人もいたっけ?

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