壊し屋と清掃員(4)
やっと終わった清掃員! いつもながらくどい 戦闘シーンです(笑)
先に動き出したのはタキだった。ジョッキモップの柄を向けながら、カイに一直線に突っ込んで行く。カイは少し距離を取って構えると、下からツルハシでタキのモップを弾き返した。しかし、タキはすぐに持ち手を換えてバネのように体全体を伸ばし、宙に放物線を描きながらカイにモップを勢いよく振り下ろす。
――が、カイは瞬時に振り返ってツルハシを横に持ち換え、柄でタキの攻撃を受け止めた。じりじりと互いの力が均等に加わり、緊迫した鍔ぜり合いが続く。
するとカイは、タキの下から一瞬にぃっと不敵に笑んで見せた。そして急に片手をツルハシから離して、地面に手をついて支えがわりにすると、足を地面から弾かせ、タキの腹に蹴り入れた。
一瞬タキは反応を遅らせたが、なんとかモップを前に出して衝撃を抑えた。しかし、まだカイの笑みは消えなかった。ツルハシの柄の方を地面につけ、垂直に立てるとそれを軸として体をコマのように回転させ、タキに見事な蹴りを入れる。
タキはそのまま突き飛ばされるが、モップを地面につけて直接衝撃に堪え、なんとかカイから離れたところに着地した。
「!」
次に、はっとタキは細い目を大きく開いた。そして目の前から忽然と姿を消しているカイを探し、次に上を見上げた。
カイはツルハシを右に構えて振りかぶり、鋭い目を向けながらタキに狙いを定めて一直線にこちらへ下りてくる。タキはとっさにモップを構えた。
――その姿が、
“誰か“に重なった。
その一瞬の油断が仇となった。タキはその隙をついて、飛び付いて来たカイをモップで横から薙ぎ倒した。カイはカウンターをモロにくらい、勢いよく突き飛ばされて壁に衝突する。
「カイ!」
端で闘いの様を見守っていたマヒルは、突然突き飛ばされて来たカイに視線を戻した。
カイはツルハシを地面につけて体を支えながらなんとか立ち上がる。さほど痛みはないように見えるが、口を切ったのか、口から溜まった血を地面に吐き出した。そして鋭くタキを睨み付ける。タキには先程の笑みはなく、その姿は別人にも見える。そしてただ無表情にカイを直視していた。
だがおかしい。先程まで優勢だったカイが何故さっき一瞬だけ動きが鈍ったのだろう。どこか怪我でもしたのだろうか……。なんだか、カイの顔がいつもより青冷めているようにも見える。
マヒルは困惑しながら、口を拭うカイを一瞥した。カイはいつになく真剣なようだ。いつもの無駄な余裕がなく、必死さが伺える。そして、タキのことを穴のあくまで見つめてから、ふと呟いた。
「……まずいな」
「どっ……どうした、カイ!」
カイはこめかみから一筋の汗を滲ませた。
「モップ見てると、ルイのこと思い出して気持ち悪くなってきた」
その言葉にマヒルは勢いよく転倒する。
まさかそんなことを考えていたとは……。あまりのことにマヒルもびっくりだ。ていうか、今そんなこと思い出してる場合か!
……だがしかし、確かにモップを持っているところはルイに似ている。
ビジュアル以外は。
しかし、カイがあれほど青冷めるくらい嫌がるとは、一体あの後何があったのだろうか。
……深く考えないことにしよう。
「いや……待てよ」
マヒルは何かに気づいたように目を開いた。目の前ではカイがタキに押されながらも戦っている。
「カイ!」
「何!?」
「タキのことをルイだと思って闘え!」
「は?」
マヒルの訳の分からない言葉に首を傾げていると、はっと、カイは迫りくるタキに気づいて振り返った。普通に見ればタキがジョッキモップを持って向かって来ているが、カイビジョンだと……。
ルイがハートをちりばめながら向かってくるように見えた。
カイは一瞬にしてその顔を(いろんな意味で)恐怖に変え、迫りくるタキを力まかせにツルハシで薙ぎ飛ばした。
「うあぁーー!来るなぁぁぁぁ!!」
「ええぇーー!?」
タキは訳が分からずに何故か吹き飛ばされる。
まさに目論み通り!と、後ろではマヒルが腕を構えてガッツポーズをして見せた。
「よし!効果ありぃ!」
さっきとは比べものにならない力で押されるタキは困惑した。一体何がカイの引き金を引いたのかは分からなかったが、すさまじい強さ……そして顔だ。
だが、こっちもそうそう引き上げるにはいかなかった。何せこれは仕事。こちとら金貰うために商売してるんです!と言わんばかりに、こっちも意気込んでいる。簡単に負ける訳には行かない……。
タキは次の攻撃を受け止めると、後ろへ飛んでカイと距離をとった。
そして、モップの柄を横にして真ん中を両手で握ると、そこから切れ目が走り、真っ二つに折れた。いや、折って見せた。
「ええーー!?」
マヒルは目を白くして驚いているが、カイにはそれがなんだか分かっていた。“仕込み式ライフル“
暗殺者たる者、表にまで武器を堂々と持ち込むことはしない。時には将軍の寝首をかくこともしなければならない世界だ。このような仕掛けがあってもおかしくはない。
タキは細い目でカイを睨みながら、柄側の方をカイに向けた。
いきなり向けられた仕込み銃に一瞬ためらったが、すぐに反応して横へ飛んでみせる。するとその後すぐに発砲音が響き、カイが先程までいた床には丸い穴が空いた。そして逃げるカイの後を追うように次々と発砲されていく。
しかし、カイはそれを確実に交わしながらタキに近づいた。そしてツルハシを薙ぎ払い、タキのライフルを叩き落とす。
「……!」
「よっしゃ、こ……」
刹那、一発の発砲音がその場に響き渡った。
カイは言葉を言い終える前に、額から煙を出してよろけた。同時に、タキが右手に持つブラシ付きの“ライフル“からも白い煙が立ち上る。
タキは無表情でカイを睨みながらひょうきんに言った。
「……残念、こっちもなんです」
カイはぐらりと後ろへ体を倒し、バランスを崩す。
「カイ!」
――が、
カイはいきなり変な咆哮を上げると、半分まで倒れていた体を異様にぐにゃりと曲げて勢いよく起き上がった。
「――っ……てーーな!!何すんだコラー!」
「「ええーーーー!?」」
マヒルとタキは同時に叫んだ。あまりの出来事に思わず目ん玉が外に飛び出そうになる。
だがカイはマジで痛そうに赤くなっている額をさすりながら、半泣きで叫んだ。
「ちょっといきなり何すんだよ!びっくりすんじゃん!」
「ふ、普通はびっくりじゃ済まないんスけど……」
タキは動揺を隠せないようだ。何せ普通の銃弾を至近距離で受けて、額が赤くなるだけで済むのだからたいしたものだ。そういえば、前も同じようなことがあった気がする……と、マヒルは何となく思った。
まさか銃弾が聞かないとは思ってもいなかったタキは、先程カイに当たった床に転がる銃弾を眺めて舌打ちをした。……だが、
「ならば……」
下に転がっている柄の長いライフルを拾い、もとの長さのジョッキモップに戻すと、今度はブラシのついた方から鋭利な刃が飛び出した。
「どーーなってんだ、あんたのモップはぁーー!?」「これも会社特注のスーパーブラシです。ちなみに税込み価格58,900円」
タキは淡々と言って、再びカイに標的を定めると、モップを構えてカイへ向かった。鋭い刃がカイへと襲いかかる。タキが横からブラシを向けて振ってくると、カイは刃を寸前でかわして髪に擦らせたがなんとか避けた。
――が、カイは気付かなかった。さっきテレビを見て投げっぱなしにしていたリモコンに。そして、不意に後ろへ下がった瞬間、カイはリモコンを踏んづけてしまい、見事にバランスを崩した。だが、後ろの窓のヘリにぶつかったためなんとか倒れずにすむ。それでもタキはその隙を見逃さなかった。
「これで終わりっス!」
――瞬間だった。
鋭利な刃をしたモップをカイに突き立てて振り下ろすまさにその時、
何かに圧迫されたような、そんな感覚が突如タキを襲った。カイを突き刺そうとした手が止まり、全く言うことを効かなくなる。
――なんだこの殺気は
まるで体全体に電気が走ったかのように、タキの体は痺れて動かなくなった。このとんでもない圧力のある殺気は一体どこからくる?タキは困惑しながらも、まるで動かないモップを構えた先にある“そいつ“を見遣った。
長い前髪の下から、一瞬だけ見えた鋭い瞳。それは鷹か鷲……獣を狩るハンターの如く妖艶な金色に光り、タキを貫くような視線で睨んでいた。タキはほんの一瞬目が合って、とっさに身を引いた。それはタキの意思ではなく、本能がそれを察した。
カイはその一瞬を見逃さずに反応すると、隙をついてタキの足をツルハシで払った。あっと叫んだ時には、タキはバランスを崩して後ろへ倒れていた。
そして、カイは空になったタキの腕を急に掴んで、勢いよく振りかぶった。
「おらぁ!」
カイは叫ぶや、タキを窓に叩きつけた。自分も振りかぶり際に全体重をかけたために巻き込まれ、途端に窓ガラスは衝撃で砕け散った。そしてそのまま二人は外へ身を投げ、3階の高さをガラスの破片と共に落下する。
轟音が響いた。
地盤が揺れて、アパートの裏庭に落下した二人の周りには砂煙がどっと舞い上がる。上からは遅れてガラスの破片がばらばらと音を立てて落ちて来た。
「か、カイ!」
マヒルは、割れた窓からカイ達が落ちた庭を見下ろした。砂煙がまだ舞っているが、徐々に晴れていくそこにはたしかに二人の姿が見えてくる。
タキは痛みに朦朧としながらも、体にあまり深い外傷がないことを確認して起き上がった。下が草地だったおかげだろう。もしここがコンクリートだったら確実にあの世行きかもしくは再起不能の大怪我だ。安堵したタキは、地面に手をついて体を起こそうとした。その時だった。
首にひやりとした感触を感じると同時に、体にずしりと何かが乗る重みを感じて、タキは一瞬背筋を凍らせた。
気を抜くべきではなかった。酷く後悔した。……いや、自分の身を案じて他のことに目がいかなかったのは確かなことだったかもしれない。
「ほい、30秒。俺の勝ち☆」
確実に30秒は過ぎていると誰もが思った。
しかし、そんなの全く考える素振りも見せずに、カイは勝ち誇った不敵な笑みでタキの首にツルハシを掛けて見下ろしていた。
いつの間にか上に乗られて、タキは身動きも取ることができない。いや、首にツルハシがかかっている以上、少しでも抵抗したら大変なことになる。
そうして、カイは実に楽しそうに言った。
「さて、首チョンパか」
言うなりツルハシの柄を掴む手に力を込めようとすると、
「待った、タンマ」
タキはいつものニコ目に戻り、少し苦笑いしながら両手を軽く上げた。
「降参しまス、俺もこの年で死にたくないっス」
タキの白旗発言に、カイはキョトンとしてから、ツルハシの刃を黙って退けた。いつの間にか、目はもと通りの丸い目に戻っていた。
「おーい!大丈夫か!?」
――と、そこへ少ししてマヒルが庭にやっときた。カイとタキの二人はもう和解したらしく、タキはやっと体を起こしたようで怠そうだったが、カイはぴんぴんして横に立ち、やって来たマヒルに振り返った。
「おー、マヒル」
「あ……アレ?何?もう終わった系?」
「うん、俺が勝った」
カイは自信満面にガッツポーズをとるが、顔はいつもの抜けた感じでなんとも緊張感がない。タキはその様を苦笑いして見ている。そして、急にやって来た痛みに顔をしかめた。
見ると頭から一筋の血が流れている。
「あ……あんた、血が!」「ああ、これくらい慣れっこです。仕事上何回かあるもんで」
多分、先程ガラスを割った時に破片で切ったのだろう。何せ直に頭からガラスに突っ込んだのだから。だがタキが笑いながら言うところ、どうやら深い傷ではないらしい。するとタキはそこにあったモップを手にとってゆっくりと立ち上がり、深く息をついてカイに向き直った。
「……しかし、無茶しますねぇ君も」
「何が?」
カイはきょとんとして振り返る。それを見てから、ふと割れたカイの部屋の窓ガラスを見上げた。
「あの高さから一緒に飛び降りるなんて、下が草場だったからよかったっスけど……君も大怪我してたかもしれないんですよ?」
咎めるようなそのもの言いに、カイは目を丸めた。そして、そんなこと……と呆れるように開き直って頭をかきながら言う。
「でも、してない」
カイの言葉に、タキは半ば驚いたように顔を上げた。
「俺は、不可能なことはしない」
カイの目に迷いも、わざとらしい冗談さもなかった。よく考えれば、バカげた言葉だ。自分が死ぬかもしれないのに、躊躇なく敵と一緒に窓から落ちる者がいるだろうか。
――いや、この少年ならやりかねない。そう思うと、なんだかさっきまでまともに闘っていた自分がバカらしくなって、ふと笑みがこぼれた。
「ははっ……化け物だ」
化け物――
そんな言葉が浮かんで、タキは再び細い目を開いた。……あの時、突如自分を襲ったあの悪寒。あれは尋常ではない殺気だった。まさかこの自分が指一本も動かせなくなるなんて……。恐らく、あのカイという少年のものだろう。あの小さな体のどこにあんな悍ましい力が隠れているのかと思うと、また悪寒が襲ってきた。そしてあの目……ただの目ではない。
殺し慣れてる目だ。
これは……ウチよりも厄介かもしれませんね。
「あ?何?」
「いやいや」
感づかれた……?いや、違うか。タキはごまかすようにまた愛想よく笑って、モップを軽々しく振り上げると肩に掛けた。
「しっかし、今回は悪いのを相手にしてしまった……仕事で失敗するなんて初めてっス」
「そう?悪かったね。仕事ダメにして、でも、俺も死にたくないし」
カイは全く悪びれた様子もなく淡々と言った。確かに自分だって死にたくない……。だけど命ごいの素振りも見せないカイのこの度胸は感服するものがあると小さく笑った。そんな態度でもタキは営業スマイルを忘れずににっこりと笑って言う。
「いや、気にすることないっスよ、俺の力不足です。それに、今まで弱い奴らばっかでヒマしてたんで、久しぶりに思いっきり闘えて楽しかったです」
本当に嬉しそうなタキの顔を見て、カイは一瞬何を思ったのか目を丸めて少しの間を空けた。だがすぐにふっと笑んで、
「そ」
とだけ言って見せた。
タキは嬉しそうに笑って頭を深々と下げて言う。
「また、手合わせたのんます」
「ん、いいよ」
―そして
ドンドン、カンカン
「いや〜、やっぱり上司に叱られましたよ、たんまり。ええ、いや別に皆さんのせいじゃないっスよ?ただしばらく自宅謹慎と夏のボーナスを大幅カットされただけですから。ハイ、ぜーんぜん気にしなくていいですよ!」
タキはこれでもかと言うほどの満面の笑みで言った。なんだかひじょーーーに恩着せがましい言葉にカイは素直に喜べないらしく、めちゃめちゃ冷めた顔で言う。
「へぇ……」
ドンドン、カンカン
「これもぜーんぶカイくんのおかげっスね!」
「とりあえず納得いかないけどよかったね」
さっきから話の腰を折るように会話の途中に混じってくる音が、そろそろ気になり始める人が出てくるだろう。しかしタキとカイの二人はそんなの気にしないように平たい笑いを並べてる。
――ま、いっか
「よくねーーーー!借家がばらばらじゃねーか!散々暴れやがって、直せーーーー!!」
金づちとタオル片手に、臨時出勤するマヒル。タキとの一戦で弾痕の残った床や、激しく割れた窓を張り直してるのに(マヒルが)大忙し。すると、その言葉に膨れながら二人は言ってきた。
「壊すのなら得意だけど」「自分も掃除なら……」
瞬間、二人の額に見事金づちが命中し、スコーンといい音を奏でた。
「ええい!手ぇ動かせ!不良共!!」
END
これ書いてる間、ピクミンの曲聞いてました。何となく……。 なんか食べられたり投げられたり可哀相ですね。 ……カイくんもオリマーみたいかも。




