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壊し屋と清掃員(3)

やっと登場!掃除屋さんです。




 突如窓から掃い上がってやって来たのは、少し童顔だが背の高い青年だった。よっこいしょと窓のヘリに足をかけて勝手に登ってくる。

見た目は、明るいブラウンの髪にニコ目。前髪だけを後ろに持って行き、上でピンを止めている。その様は鳥のとさかのようにも見えた。


「窓からこんにちは―、水鳥掃除屋の社員、タキっス、よろしくぅ―」


 人あたりの良さそうなニコ目の青年は“タキ“と名乗った。窓のヘリから下りて緩く敬礼して見せる。しかし、まさか本当に呼んだだけでくるとは、カイでさえも思っていなかっただろう。

青年の服装は、青いよれた作業服の下にフード付のパーカーを着て、若者らしさが演出される。ジョッキモップを片手に持っているところ、どうやら本物らしい。カイ達は若干信じられないように目を丸めてその青年を見ていた。


「おおお……呼ぶだけでくるなんて便利だねー」

「いやいやいや、普通来ませんから」


 マヒルは全力で否定する。良い子は真似しませんように。

タキというニコ目の青年は、さっそくやって来たにもかかわらず、なんか照れ臭そうに頭をかきながら緩〜い声で言った。


「やー、自分もさっき通りかかっただけなんスけどねぇ、で、お兄さん用件は?」


 通りかかって呼ばれたからって、勝手に人ん家あがっていいのかよ……しかも玄関じゃなくて窓から。

いろいろツッコミ所は満載だが、このタキという人物が本当に掃除屋さんなのか、得体が知れないのも事実。なんかいまさら“帰ってください“とか言うのもアレなので、とりあえず話を聞いてみることにした。


「あんた、掃除屋さんなんだろ?」

「ええ、まぁ」

「掃除屋って何するんだ?」


 聞くまでもない質問だった。“掃除屋“と名乗っているのだから、掃除をする仕事に決まっている。だが、先程も言ったようにこの青年は得体が知れない。聞けることは聞いとかないと。タキはマヒルの質問に、やはり緩〜い口調で答えた。


「まぁ、基本的には掃除ですけど、頼まれれば何でも何処でも掃除しますよ―、例えば……」





「人……とか」


瞬間、


その場の空気が一瞬にして凍りついた。

まるで空気に圧力がかかったように、その場は重い沈黙に包まれる。

マヒルはこめかみから一筋の汗を流したが、無表情を保っていたカイでさえもその時ばかりは自分の殺気を隠しきれていないようだった。


「まぁ、冗談っスけど」


 マヒルとカイの二人はせーのでずっこけた。


「あれ?どうしたんスか?」


 先程までの緊張した空気はどこに行ったのだろうか。旅にでも出たのだろうか?マヒルは今にもツッコミたい所を抑えて、目元をぴくぴくと痙攣させながら起き上がった。


「いや……ははは」

「あ、でも今来たんスよねー、依頼。この人消して欲しいってのが」


 マヒルは今度は後ろへものの見事にずっこけた。


「ちょっとあんた!いい加減にしろよ!思わず足ずっこけなんてベタなリアクションとっちまったじゃねーか!」

「そこは自分のせいですか?」


 やけに冷静な対応をされるマヒル。

しかしこのニコ目の青年は、とぼけていたとしても、先程ちらりと言ったように“人を消す“

どうやらそれが本業のようだ。始めに言っていた会社とは、多分表で真っ当なサービス業をしているように見せて、裏では人を掃除する。いわゆる俗でいう“暗殺者“という悪業だろう。これは厄介な奴に会ってしまった。だが、こんな治安の悪い街ではよくありそうな(?)こと。ここは慎重かつ穏便に話を聞くしかない。

――が、カイはそんな状況にもかかわらず、動揺する素振りを見せずにあえてタキに尋ねた。


「……で、その掃除(消)してほしいって人は?」


 するとタキは、カイの問に少し困ったように眉をしかめて腕組みしながら答えた。


「それがですねー……依頼は会社側から出されたのに、顔もその人の現在住所も教えてくれないんっスよ」「え?」

「会社が……?」


 カイは目元をぴくりと動かして、興味深そうにタキを一瞥した。


「はい、ええと……ウチの会社は社長の下に何人かの司令塔……つまり上司がいるっス。んで、社長が依頼人スポンサーからの依頼を受けて、上司にノルマを下すんです。そしてそのノルマを達成するために、自分、もとい社員がこうして言われた仕事をこなしてる訳で――」

「つまり、仕事をする本人――社員は、内容どころか依頼人にすら会わないと?」


言葉の途中でカイが変わりに口を開く。


「そうっス」


タキはにっこりと笑って頷いた。マヒルはいまだよく理解していないようでうんうんと唸っている。


「難儀な仕事だねぇ」

「はいっス……おかげでノルマ達成できないと上司にしこたま怒られるし、給料は減るし」

「分かる分かる。しまいにゃ人のせいにするし、スリッパではたいてくるし、無駄に筋肉体質で汗臭いし」「うぉぉぉぉい!それ迅速かつ確実に俺のこと言ってるだろ!?せめて悪口は本人のいない所でしてくれ!」


 マヒルは後輩のひど過ぎる誹謗中傷にめげずに言い返した。が、本人は全くといって気にしていないようにむかつく顔で拗ねて見せた。


「――で、その人を捜して街を徘徊してたら、掃除屋さーんて声が聞こえたんでやって来たっス」

「すいません。それこいつの仕業です」


 マヒルは横にいるカイのふにふにした頬っぺたを突いた。カイはものすごく迷惑そうにマヒルを睨みつけながら聞いた。


「その人について本当に何も知らないの?」


 カイの何気ない質問に、以外なことにタキは声を弾ませながら答えた。


「あ、名前だけなら教えて貰ったんですよ」

「お、いいじゃん。もし俺らが知ってる人だったら教えることもできるし」

「ホントっスか!?」


 タキはいつになく嬉しそうにニコニコしている。

正直、人殺しに手を貸すのは些か抵抗を感じるが、このまま変なことをするとこっちがとばっちりを受けそうなので、早めに手を引いて貰った方がいいと見た。


「あーよかった、これで上司に怒られなくて済みますよー」


 安堵する笑顔はなんだか無邪気な子供のようだ。

この優しそうな青年が人殺しをするような者には到底思えない。


「――で、そいつの名前は?」

「あ、ハイ。えっと――」


 タキは作業着の胸ポケットから小さな手帳を取り出すと、ぱらぱらとしばらくめくって何かを探し始めた。マヒルとカイはその様を黙って見守る。そして、あ、と声を出して見つけたのかページをめくるのを止めて声を出した。





「“カイ“って名前の男の子らしいんスけど」



――沈黙


 ひたすら沈黙がその場を包んだ。

誰も何も言わない空間だが、多分、何も動じないような顔で立っているカイの横で、今にも失神しそに吐血しているマヒルの心情だけは何となく理解することができる。


「か……かかかか……!」(小声)

「今、その名前呼ぶのは自殺行為だが」


 やけに冷静な対応。しかも普通の音量でマヒルの言葉に答えている。


「しかし驚くほど超高速で見つかったね」

「なんか人事みたいなーーーーーー!?」(小声)


 そこでマヒルはあることに気づいた。はっ、まさか“カイ“ってもしかしたら違う人かも!?そのことを知っててカイは……。


「でも、ここあたりでカイっつったらお前しかいないだろ?」(小声)

「っていうか、この街に俺しかいない」

「もうダメだぁぁぁぁ!」(小声)


 二人のノリツッコミにしばらく蚊帳の外で画面端に追いやられていたタキは、、あまりのマヒルの挙動ぶりに口を挟んだ。


「お二人さん、さっきから何こそこそしてんスか?」


 驚くほど静かな悪びれない声に、マヒルは思わず身を跳ねさせる。

 まずい、これはまず過ぎる。とにかく今は状況整理だ、うかつな発言が命取りになり兼ねない。今はとりあえずごまかすしかないと見た。


「あ、いや〜えっと、悪いんだけど俺らはそんな人は知らないんだよね〜」

「そうそう、黒い猫耳で尻尾がスマートで目が鋭いんだけど黄色の大きな目で今まさにあんたの目の前にいるカイなんて人知らな……」

「一瞬で分かるようなこと言うなカイーーーーーー!」


 マヒルはカイをチアガールの足上げの如く蹴り上げた。カイは四階に続く天井に頭を埋めて首無しのその名の如くぶら下がる。

次に、マヒルは自分がとんでもないことをしてしまったことに気づいた。それはべつにカイを蹴り飛ばしたことではない。だがもう遅かった。後ろからはタキのただならぬ殺気が漂っている。マヒルは恐怖ながら、恐る恐る首を90度ぎりぎりと曲げて振り返った。


「……今、カイって言いましたよね?」


 その場に響き渡る低い声で、タキは静かに呟いた。その言葉には人を精神的に抹殺する力があるのかってほど悍ましさがある。


「あーあ」


 またいつの間に出て来たのか、先程まで天井に埋まっていたカイは、頭から流血しながらもぴんぴんして普通にマヒルの横に立っていた。そして軽蔑の瞳でマヒルを見る。


「お前のせいじゃアホんだら!!」

「でも名前言ったのマヒルじゃ〜ん?俺、マヒルの一言で今死ぬかもしれないんだよ?俺絶対マヒルのこと恨んで死ぬから」

「うぉぉぉ!ここまで自分のしたことを人になすりつける奴はぁじめて見たぁ!ていうかもう一発殴っていいスか!?」


 なんだかおいてけぼり状態で嫌な汗かいてきたんですがと言わんばかりに、タキが恐る恐る口を開いた。


「……えーと、とりあえずカイって人はそこの黒猫くんスね?」

「自信を持ってその通りと言えないがそうです!」

「いばんな!」


 何故か偉そうに腰に手を当てて仁王立ちするカイに、マヒルがいつものツッコミを入れる。

すると、タキは非常に残念そうにため息をついてうなだれて見せた。今にも泣き出しそうな子犬のような目だ。そうして、ジョッキモップを床について顔を上げる。


「せっかくフレンドリーに打ち明けたとこ悪いっスけど、ウチも仕事なんで、恨まないでくださいね」


 タキは申し訳なさそうに言うが、開いた細く鋭い瞳には確実な殺意が込められていた。

……迷いはない。

カイはそう悟った。仕事と割り切っていることもあるだろうが、今目の前で少しでも長く生きていた人を殺すのは、相当な精神力を有する。精神訓練は受けているだろうが、まだ若いのにたいしたものだ。

カイの瞳は静かに目の前の人物を睨んだ。



「ちょ……ちょっと待てよ!」


 すると、そこへマヒルがものすごい形相で口を挟んできた。


「なんでカイが狙われなきゃいけないんだ!?カイは確かに依頼でいろんなもんぶっ壊してるけど、人に恨まれるようなことはしてないはずだ!」

「マヒル……」


 カイは、必死に自分を庇おうとしているマヒルに感動……。


「マヒルが言うとなんか気色悪い」

「テメーはどこまで根性曲がりなんだよ!少しは素直に喜べよ!」


……する訳がない。


 二人の勢いだけのコントを見ながら、ふとタキは、ああ、と言って手を叩くと何かに気づいたように細い目を開いた。


「なーんかどっかで見たことあると思ったら、あんた壊し屋の黒猫さん?」


 マヒルといらぬ小競り合いをしていたカイは、はたりとタキの言葉に反応した。


「そうだけど」


 キョトンとしているカイを再度見て、タキはしまったと言わんばかりの表情を浮かべ、場が悪いような素振りで頭をかいた。


「そっかー……だからか、あんたを消せって言われたのはー」

「「は?」」


 タキの何気ない発言に、マヒルとカイはほぼ同時に反応した。そんな二人のリアクションに、タキは少し苦笑いしながら言いにくそうに答えた。


「ウチの会社、さっきも言ったように、セルフサービスの仕事なんです。だから同じような役職っぽいのは邪魔なんで消してってんですわー、多分、それで君を消すように言われたのかもな」

「それ、めちゃくちゃ悪行じゃないっスか!!」


 マヒルの鋭いツッコミにタキは言う術もなく、平たい笑いを返すことしかできなかった。

思えばそうだ。人の命を金を通して奪ってる仕事だ。もちろん、裏で他の企業を潰すことくらいやっててもおかしくない。だがこれでカイの仕事が減っている理由がわかった。このタキが働く掃除会社は、なんでも“掃除“すると言うことで営業している。その分カイの仕事を取っているということになる。それは向こうも同じことであって……とにかく、これは大変なことになった。このままじゃマジでカイは……。


「え?何?」

「人が重大なこと考えてる時にテレビ見てんなよ!」


 いや、そういえばちょうど昼ドラの時間だったなと、カイはマイペースに答えてテレビを消した。


「で、俺が何?」

「だからー!金渡してジャマな奴消そうって言ってんの!その標的がお前なのーーーー!!」


 しばしの沈黙が続く。


「それヤベーじゃん俺!」「おせーよ!!」


 マヒルは半泣きになりながら、テレビのリモコンでスパーンとカイの頭をぶっ叩いた。もうマジでこの単細胞生物をどうにかしたい。


「いまさら気づいてバカじゃねーのお前!ってか死ね!」

「安心しろマヒル!こんなこともあろうかと俺にはちゃんとした策略がある!」


 カイのいきなりの発言に、マヒルは驚きながらもさっそく期待の色を見せた。


「ほ、本当か!?」

「企業的な向こうは確かに人数が多いけど、壊し屋はこの街で俺一人だ!」

「だからどうしたーー!繁盛とかそれ以前に、そのこの街でたった一人であるお前が今殺されそうなんだよ!いい加減状況分かれバカ!」


 マヒルはいつになく必死のツッコミを見せる。何故なら、いくらムカついてバカで上司にタメ口きくオタンコナスでも、後輩の命が狙われているのだ。そりゃ目から血を出してでも動揺する。カイは、そんな見るからにヤバイマヒルを見て、やっと状況を飲み始めたのか少し困った顔をして言った。


「すいません、門前払いダメですか?」

「きくか!」


 タキはいまさら命ごいしようとするカイに、半ば呆れたようなため息をついて首を振ってから、ジョッキモップを床にトンとついて柄を掴んだ。


「さてさて、お話はもういいっスか?いい加減かたさないと、また先輩に怒られるんで☆」


 相変わらず子供のように人あたり良のさそうな笑いを見せるタキは、カイに向き直った。


「むぅ……気は乗らないけど、俺の仕事とるってんなら、聞き逃すわけにもいかないな」


 カイは面倒くさそうに口を尖らせて少し拗ねてから、頭をかいて壁にかけてあったツルハシを手に取った。そして刃先をタキに向け、一瞬で雰囲気を変えた鋭い目で睨む。


「30秒で終わらせる」


 タキの方も、やる気満々で声を弾ませながらジョッキモップを肩にかけた。


「じゃ、おそーじ始めますか」


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