勇者の寝相が悪すぎるっ!
以前あらすじスレに投下した物を練り直し、書いてみました。
混沌の彼方。全てが荒廃した、魔の土地。
そびえ立つ魔王城は、今宵一人の免れざる客を歓迎していた。
魔王の間の扉が地響きを鳴らしながら少しずつ開き、遂に訪問者が姿を現す。
其の手に持つは魔を払わんとする聖剣。身に付けているのは人の国に代々伝わる、龍殺しの英雄の鎧。そして何よりも、力強い意志の宿った両眼が魔王を貫いていた。
対する魔王は余りに邪悪。闇に覆われた容貌は観る者から正気を吸い取り、並の者では近付くことさえ叶わない、万物全てを屈服させる様な圧力を放っていた。
「良くきたな、勇者よ」
「魔王……今日と言う今日は許さん、覚悟っ!」
そう言って勇者は剣を魔王に向けた。
「くくく……フハハハハハッ! 仲間は部下に倒され、貴様自身も満身創痍。単身で我に挑む度胸は中々だが、勇気と無謀を履き違える愚かな脳みそは相変わらずだなっ!」
「黙れっ! 以前ならばそうかも知れないが、今回は違うッ! 貴様を倒すために神からスキルを賜ったのだッ!」
勇者はその手に持つ聖剣を高くかざし、叫ぶ。
「《神聖剣》ッ!」
すると、聖剣は強力な光を放ち、勇者の周りに大量の光弾を召喚した。光弾は勇者の周りにまとわりつく様にゆらゆら揺れている。
「ハッ! 貴様、よもやそんな子供騙しで我を滅せるとで……」
そう言いきらない内に、魔王は嫌な予感がして体を少しずらす。
その瞬間、勇者が片腕を振り上げ、光弾が発射。瞬きにも満たない内にピチュンと、異質な音が数瞬前まで座っていた玉座から鳴り響く。
王座は光弾の当たった所からドロリと融解し、滴り落ちた滴はジュウ、と紅いカーペットを焦がす。
「これは……」
「対魔王用に取っておいた、私の正真正銘の切り札だッ! これを温存したからこその満身創痍。まさか、これで終わりだと思ってはないだろうな?」
最早、魔王は一言も喋る事はなかった。
「死ねぇッ!」
勇者の剣が向くのと魔王が動いたのは同時だった。その瞬間から、場に似合わぬ異質な音が絶え間無く鳴り響く。
1秒後、魔王の間は大量の光弾で埋め尽くされていた。
◇
瓦礫だらけの魔王の間。荘厳な印象だったそれは、最早原型を留めぬ程の破壊を受けていた。
突風が吹いて砂埃が辺りに舞い上がる中、バタリと先に崩れ落ちたのは勇者だった。
魔王は勇者に念入りに魔法を放って死んだ事を確認すると、安心して寝転がった。
「……ふぅ。今回もなんとかなったか」
魔王はそう言って額を拭う様な仕草を見せる。その姿は、魔王と言うよりは肉体労働を終えたうだつの上がらないおじさん、と言った方がしっくり来る。
「魔王様ー! 倒せましたか!」
そこに、一匹の魔物が入ってくる。人型のスライムにして魔王四天王の一人、リージェだ。リージェは粘液の後をつけながら、魔王に近寄っていく。
「ああ。しかし、今回は史上最高にやばかった」
「やばい? 私が相手した限りだと以前と比べても然程ぶっ飛んだ強さでは無かったですけどね、勇者。私は囮に足止めされちゃいましたけど」
「それだ。あいつ、魔王戦に向けて切札を温存していやがった。リージェは光の弾なんて使われなかっただろう? お陰で王の間もこの有様だ」
そう言うと、魔王は上を見上げる。そこには薄暗い空が広がっていた。つい最近回収の完了した王の間が一回戦っただけでこの有様。魔王はやるせなくなった。
「え、ええ!? いつの間にそんな技身に付けたんですか!?」
「神が与えたらしい。とんだ邪神もいたもんだ。彼奴の視線の先に放たれるとわかってからは多少楽になったが、我が攻撃を見てから躱すことが出来なかったのは久しぶりだ……」
魔王はあの光弾を思い返す。凄まじい速度は魔王の目を持ってしても軌道を見る事は叶わず、実際始まってから数分間はかなりの数の光弾をその身に掠らせてしまった。
「はあ……しかも、勇者って心が折れて精神的に死んでしまわない限り、肉体が滅びても復活するんですよね。確か、教会で召喚魔法を使うんでしたっけ」
「ほんと、ずるい連中だ……我にはこの体しか無いというのに」
勇者だけに無限の命が有る。そこはかとない理不尽を感じ、魔王は神を恨んだ。
「幾ら我でも寄る年波には勝てん。最近は瞬間移動を少ししただけで気怠さを覚える始末。それなのにあの女勇者ときたら、毎回どこかしら強くなって戻ってくる」
全く歳を取らずに強くなる勇者。段々と年老いて弱くなる魔王。最後には勇者が勝つ、なんて予定調和があるように感じてしまい、魔王は心底うんざりと言った感じでため息をついた。すると、胸周りに掠った光弾の傷がズキズキと痛む。
「ああ、いたた……光弾の傷が治らん」
「ああ……これは聖属性の傷ですね。私が吸収しましょう」
そう言ってリージェは魔王の体に纏わり付く。すると、傷はみるみる内に治っていった。
「あぁ〜気持ちいいわ……そのまま肩揉みも頼む」
そう魔王が頼むと、スライムは肩にまで覆う範囲を広げた。
「魔王様、凝ってますね……もしかしたら五千肩かも知れませんよ」
「五千肩、か……年寄りの病気だと思っていたが」
魔王は昔のことを思い浮かべていた。
昔、近所にいた魔女。五千肩で肩が石化していき、遂には重さと関節の石化でろくに腕を上げられなくなっていた。
自分もいずれはそうなるのだろう。もちろん魔王は部下が慕ってくれる限り続けたいのだが、老化してみっともない姿を見たら、彼らはどう思うか。
魔王はそう考えると、魔王を辞めることについて真剣に考え始めていた。
「もう我も、魔王を辞める潮時なのかも知れんな……」
そんな事を魔王がいうと、リージェはすぐに纏わり付くことをやめ、魔王の正面に立って抗議を始めた。
「ちょ、ちょっと、魔王様! 何馬鹿なこと言ってるんですか!」
「いいや、至って真面目に考えてる。実際問題後数回も勇者と戦えば、我は間違いなく敗北するだろう。尊敬してくれる部下達の為にも、恥を晒すわけにはいかない」
「そ、それなら勇者が挑戦しなければいい話でしょう! 魔王様が辞める理由にはなりませんっ!」
「ううむ、そう言われても、な……」
今代の勇者は非常に強い。それこそ、長年生きてきた魔王が圧倒される程度には。
そして、魔王絶対殺すマンだ。別に魔王の国が人の国へちょっかいを出しているわけでも無いのに、ほぼ一月に一回は魔王討伐パーティを組んで来る。
彼女が魔王討伐を諦める未来を、魔王はどう足掻いても想像することが出来なかった。
「そうだ、幻術とかどうです?」
「幻術?」
「魔王様が討伐されたような幻影を勇者に見せるんです! そうすれば諦めてくれるかも!」
悪くない、魔王はそう思った。しかし、幾らでも欠点は挙げられた。
「多分一時凌ぎにしかならん。淫魔の報告によれば、人の国からでも魔王と勇者の生死は判別できると言う。死んでないことがわかれば、彼奴は怒髪天でここに押し入るだろうよ。
それに、そもそも幻術は勇者に聞きにくかった筈だ」
「そう、ですか……。いい案だと思ったんですけど」
「しかし、着眼点は悪くない。出来ればもう少し、こちらの都合の良い状態にしておき、たい——」
その時、魔王の脳内に閃きが走る。
こちらの都合の良い状態。そうする為には出来るだけ人の国から隔離した状態が望ましい。
そして、勇者召喚。これは、死んだ勇者を蘇らせる為の儀式。生物を呼び寄せる魔法と死者を蘇らせ、肉体を現界させる魔法は全く別物。生きた勇者には効果がない筈だ。それならば——
「? どうかしましたか?」
「そうだ、夢だ! 勇者を先に召喚し、夢の中に閉じ込めるのだ! そうすれば、厄介な召喚も魔王討伐も出来まい!」
3大欲求を根底に持つ夢や睡眠への干渉は、幻術と違って非常にレジストされにくい。そういう意味でも、夢に閉じ込めるのは理想的な発想だった。
「その手がありましたか、さすが魔王様! ……けど、召喚魔法って教会以外でも成功するんですか?」
「魔法の発動条件に場所は殆ど関係ないから、あれは教会のメンツの問題だろう。つまり、我々でも召喚は可能だ!」
「おお!」
そもそも魔王側からの召喚は何度か過去に行なっている。永遠に召喚し続けるだけの魔力と人材が足りないだけだ。
召喚されればされる程勇者は少なからず強化されるので、どのみち無理なのだが。
「勇者が死んだ以上、いつ奴らが召喚の儀式を行うかわからん! 奴らが儀礼だの作法だの言ってるうちに終わらせる、今すぐに始めるぞっ!」
「そうですか、それではメアを呼んできます!」
「わかった。では我はその間に魔法陣を描く。何しろ召喚魔法は複雑だからな」
それから数十分後。魔王の間にリージェと羽の生えた小さい男の悪魔が戻ってきた。
「魔王様、戻りましたよー!」
「魔王様、僕を呼ぶなんて珍しいね」
「おお! メアも来たか。話はリージェから聞いているだろう? メアには勇者に夢封術をかけて欲しいのだ」
夢封術。対象を昏睡させる魔法の中でも、最上位の強度と効果を持つ魔法だ。
かけられた相手は現実世界の記憶を失い、夢の中で今よりも幸せな人生を経験する。脱出するには幸せを全否定しなければならないという、何ともタチの悪い魔法だ。
「夢封術……いいけど、あれはかなり高度だから準備が必要だし、動き回る相手には使えないよ?」
「フッフッフッ……そういうと思って魔法陣に術の補助をする魔法を組み込んで置いたぞ」
そう言って魔王はメアとリージェに魔法陣を見せる。そこには魔法陣の中に更に幾つもの魔法陣を同封した、美しい幾何学模様が出来上がっていた。
「どれどれ……お、凄い! 魔王様こんな魔法陣かけたんだ! 知らなかったよ」
「なあに、五千年も生きていれば、小手先の技術など勝手に入ってくるものだ。効果としては、召喚対象の衰弱、昏倒、虚脱になる。全部挑戦時には効かなかったから、どれだけ効果があるかはわからんがな」
「魔法陣についてはよく分かりませんけど、要するに魔王様が凄いって事ですよね! 魔王様凄い!」
リージェも続いて魔王を褒める。褒められた魔王はちょっぴり自慢げだ。
「いいや、それ程でもない。こんなの長生きしていれば誰でも出来る事だ」
「そんな訳ありません! 魔王様は凄い!」
「いや、あの、今のは謙遜と言ってだな」
「凄いったら凄いんです!」
「はい……」
まるで狂信者の様に魔王凄いを繰り返すリージェ。魔王は褒められているというのに、えも言われぬ気持ちになった。
「と、ともかく準備は整った! 勇者の遺体は……残っているな! それではこれより召喚を始める!」
〝《勇者よ、この地に顕現せよ》ッ!〟
魔王がそう言って魔力を流し込むと、魔法陣は甚大な光を辺りに撒き散らし、天井の無い魔王城に一本の光の柱を立てた。
そうして、暫くすると光が弱まり始め、中心には——
「勇者が見えた、今だメア!」
「了解! 《深淵よりも深い幸せに溺れよ》!」
メアが勇者に向けて夢封術を放つ。術式は、一見勇者に吸い込まれた様に見えるが……。
光は完全に消え、勇者がその場に崩れ落ちる。
「どうだ、リージェ。勇者は寝ているか?」
リージェが勇者を覆い、体を調べていく。
「はい、問題ありません! 呼吸的にも完全に寝ています!」
「と、言う事は……」
「……成功だ! 勇者の封印に成功したぞ!」
魔王は飛び跳ねながら喜ぶ。メアとリージェも満面の笑みを魔王に向ける。
「やりましたね、魔王様!」
「僕も夢封術が効いて一安心だよ!」
喜び合っていた三人。しかし、その喜びは1秒と立たぬうちにぬか喜びと化した。
ムクリ、と勇者がその場から起き上がる。
「ッ!? 魔王様!」
「……どう言う事だ、これは」
勇者は顔を伏せたままその場に立ち、戦闘の構えまでしているではないか。
「夢封術は成功した筈……。じゃあなんで勇者は……まさか、レジストされたのか!?」
一触即発の空気。ハラハラする三人を傍に、勇者は突然あの、光の弾を召喚した。
「二人とも、あれは危険だ! 我が相手をする!」
「いいえ、魔王様! 私は魔王様を御手伝いします!」
「リージェはともかく、レジストされるなら僕って要らない子だよね……」
三者三様の対応を見せる中。
「あったか〜い、あはは」
勇者が突然そんな事を言ったではないか!
「「「????????」」」
理解できない。誰もがそう考えた、次の瞬間。
「らんららんら、らんららんら、らんらんらん〜」
「避けろォ!」
勇者がよく分からない歌に合わせて全方向に光弾を撒き散らし始めた。
しかも、今回は先程の戦いと違って全く法則性が見えない。聖剣がないので数は少ないが、下手すると前回よりも質が悪かった。
「ちょぉ、どうなってるんですか、魔王様!」
「私にも分からんッ!」
「やばっ、僕逃げます! 一抜けぴ!」
メアが早送りしてるかの様な手際で魔王の間から逃げていく。
「おいメアッ! 貴様、我を裏切る気か!」
「そんなの知らないよ! こんな危険な職場、いたくないもん!」
「おのれえええぇぇぇッ!」
しかし、叫んでも状況は変わらない。あいも変わらず勇者は光弾を放ちまくる。
(どうしてこうなったのだ……術のかかりが悪かった? それとも魔法陣の欠陥か?)
暫く避け続けると、勇者は急に動きを止めた。
「やっと術がかかったのか……?」
安堵と困惑をした瞬間。
「魔王様!」
あろう事か勇者はこちらに駆け出してくる。しかし。
(敵意が全くない、だと?)
勇者は毎回身の凍るほどの殺気を魔王に浴びせてきた。それと比べると、今回の突進は余りに戦う意志を感じられなかった。
別に、当たったところで痛くもない。魔王は半信半疑ながらも勇者の突進を受けることにした。
魔王が勇者を受け止めると。
ぽふ、と魔王に勇者が抱き付いていた。
「〜〜〜〜ッ!?」
魔王は訳がわからなかった。先程まで殺し合いをしていた相手に抱きつく? 安堵よりもむしろ、恐怖の方が優っていた。
抱き締める力は益々強くなっていく。
「ちょっと勇者、魔王様から離れなさい!」
リージェが加勢するが、スライムは強力な能力の割に非常に力が弱い。焼け石に水だろう。
魔王は暫く困惑していたが、ふと、勇者の顔を覗き込んだ。
目が閉じている。口元はだらしなく開き、よだれがたらりと垂れていた。
「……まさか」
この勇者。
「これでも寝てるって言うのかぁ!?」
勇者はスリスリと魔王の胴に髪を擦り付け、心地良さそうにしている。
魔王は恐る恐る勇者の手を解き、その場に寝かせた。勇者は頬を緩ませながら、「はぁ〜」と気持ち良さそうな声をあげている。
「こ、これでですか? 流石にこれで寝てるとはいえないでしょう」
「いや、しかしそうとしか考えられん。メアの魔法は間違い無く成功していた」
「つまりは、夢遊病って事ですか? 魔法を周囲に放つ夢遊病なんてあるんですか!?」
「現に放ってるんだ、それ以外どう説明しろと!」
言い争う二人を尻目に、勇者は再び起き上がった。
「あははははっ!」
そして、楽しそうにかけっこをし始めた。
魔王とリージェはただその様子を眺めていたが、耐えきれずに叫ぶ。
「勇者の寝相が悪すぎるっ!」
……魔王の受難は続く。
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