6.事態鎮静とお話
僕がそう呪文を唱えれば、パキパキッという音と共にソレの動きが完全停止した。
表面は少し白く、凍ったとすぐに分かるくらい、ソレ自身からも冷気が感じられる。止まったことによって、周りから安堵のため息が聞こえる中、僕の怒りの感情はなかなか冷えてくれなかった。
僕は風の刃を魔法でたくさん作った。それはもう、周りが引くぐらい数多く。
凍ったソレに向けて一斉発射する。全て当たったので粉々になり、突風で跡形もなく飛んでいき、そこには何も残らなかった。
「シェリラ!」
「父上!」
「シルフリード、母さんは無事か?」
背後でマーシュ様の声がした。ウルガー様が知らせて、連れてきたのだろうと思った。
意識こそまだ戻らないが、穏やかな表情を見てマーシュ様は安心し息子2人からことの顛末を聞いている。
僕は会話に割って入る気もなかったから、危険のなくなった温室(だった場所)に近寄っていく。
僕の後ろにはリック様。一応、万が一の警戒をしているのか、付いてきてくれた。
「随分、荒れてますね…」
「この場所にはこの国の王妃でもあり、筆頭薬師でもあったシェリラ様が管理していた温室がありました。多種多様な薬草も栽培されていて、回復薬の研究場所でした。この国の製薬事情の中枢を担う場所でもあったのですが…」
なるほど、と僕は納得した。
製薬事情の中枢。だからアレに対応するためとはいえ、焼き払うという行為を躊躇っていたのだ。
数多くの稀少な薬草が全て失われてしまうのは、そりゃあ戸惑うだろう。根本的な事が解決していない現状、またシェリラ様のように被害を受ける人が出てきてもおかしくないので薬は必要だから。
そんなシェリラ様を僕が治してしまったようなのだが、被害箇所に全て行くなんて僕1人ではきっと無理。
というより拒否したい。魔力はあってもそんな体力はない。
これが、今この国で起きている「問題」なのだろうか?
「ナツ殿。我が妻、シェリラを救ってくれたこと、そしてこの場を収めてくれたことを心より感謝する」
「…いえ、なんとなく、出来てしまっただけなので。それに……」
「どうした?」
「……なんでもないです。それより、あの人は… 毒は消え、体力も半分回復しましたが、熱はまだ少しあります。全てを魔法で回復してしまうと耐性が出来にくくなると思うので、しばらくは安静にして、ゆっくりと自己回復させてください」
「そうか、分かった。部屋まで運ばせよう。ナツ殿は申し訳ないが来てもらえないだろうか。今後のことで話がしたい」
「……父上、私も、同席させていただいてもよろしいですか?」
マーシュ様の『話がしたい』の返事に頷いたところで、彼からそのような申し出があった。
マーシュ様の息子と思われる、その少年。歳は僕とそうたいして変わらない気がするのだが、マーシュ様の息子ということはこの国の王子様。
彼に対して失言はまだしてないはず。会話らしい会話はしてないから当たり前なのだけど。
マーシュ様が同席を許可するとすぐに移動となった。
僕の歩く後ろに王子様。ちらりとその表情を伺うと目が合った。
「あの、ナツ殿、でよろしかったでしょうか?」
「間違ってはないですけど… 殿は止めてもらえると…」
「………」
「…何か?」
おかしなことを言ったわけではないとは思うんだけど、王子様はポカンとしていた。
彼にとっての予想外のことでも言ってしまっただろうか。心当たりはないが、まだこちらの人の感覚は分からないのである意味仕方がない気もする。
ふっと小さく笑ったのが見えた。さっきまでの切迫した状態からは予想出来ない反応だった。
「すみません、思ったより話しやすそうな方だと思いまして。…申し遅れました、私はシルフリード・ル・トリーディル。先程は、母を助けていただいて…ありがとうございました」
礼儀正しく、シルフリード様は頭を下げた。
この人、王子様…なんだよね? 王族がこんな簡単に頭を下げてもいいんだろうか。
僕は戸惑った。戸惑ったけど、同時に思った。シルフリード様は王子としてではなく、1人の人間として、母親を助けてくれた僕に礼を言っているのだと。
僕にはもう、彼に対しての戸惑いは無くなっていた。
「頭を上げてください。…僕は、自分が、治癒魔法を使えるかもって、わりと早い段階で気づいていました。気づいていて、迷ったんです。自分の持つ能力に、不安を感じたんです」
本当に分からなかった。治癒魔法のイメージが今でも分からない。
普通なら負った傷はゆっくりと、時間をかけて癒していくものだ。ゲームだと一瞬で回復するから、イメージもなにもない。
ギリギリになるまでぐずってた。危なかったというのに。
「……ナツ殿、いえ、ナツさんは負い目を感じる必要はありません。父上たちが行った召喚については、私も母上も知っています。どんな人が来たのだろうと母上とも話していました。ナツさんで、よかったですよ。この国に来たのが、母上を助けてくれたのがナツさんでよかった」
シルフリード様のその言葉で、胸の中にあった怒りの感情がようやく無くなった気がした。
ほわっと温かくなった。マーシュ様も、ウルガー様もみんな優しかったのだけど、シルフリード様はどこか、帆高を思わせた。
もちろん、シルフリード様は帆高とは違う。
話し方も性格も違う。それなのに、なんだろう、この安心感は。
「……それに、ナツさんにならあの事が頼めそうですし」
「…?」
「あぁ、いえ、こちらの話です」
はぐらかされたが、どうやらシルフリード様は個人的に僕に対して用があるみたいだ。
今ここでは言えないことなのだろうか。でも彼の様子からすると、ここではというより父親の前だから言いにくいというような感じにとれる。
親に隠れてやりたいことはこの年齢の頃ならあるだろう。僕には、もうよく分からないことだけど。
そこで会話は一旦途切れた。途切れて少ししたところである部屋に通された。
王城の一室だからか、想像していたよりも斜め上に豪華な部屋。昨日、僕が寝ていた部屋と同等くらいにきらびやかだった。非常に落ち着かない。
そわそわしながらソファに座る。隣にシルフリード様、向かいにマーシュ様。
「ナツ殿、すでに察しているかとは思うが、昨日少し話したこの国の問題というのが、シェリラを襲ったあの植物のことだ」
「植物、なんですね…」
「それらが現れる原因は分からない。調査中ではあるのだが、一向に解明しないのだ。しかし、今回のシェリラのように毒に侵される、というのは初めてだった。本当に、ナツ殿がいてくれて助かった」
「……対処の為に、僕を呼んだのでは?」
言い方が少し嫌味っぽくなってしまった。
もちろん、そんなつもりはない。ただ思っただけだ。
それに、自分のステータスが見れるようになってから、少し疑問に思ったことがあった。こういう問題が起きた時って、召喚されるというのは『勇者』とか『聖女』とかいった職業を持つ者なのではないのか。
小説や漫画の読みすぎだろうか。でも思ったのだから仕方がない。
召喚されたそんな僕は『賢者』だった。聖女同様、治癒魔法が使えるとはいえ、どうして賢者なのか。
「そうだな… まず、召喚するのは魔力が膨大であること、頭がいいこと、そして冷静に物事を見れること。この3つが絶対条件だった。回復出来るかどうかはどちらでもよかったのだ。薬については、我が国は他国より秀でているからな」
「薬師が、いるから…?」
「その通りです。我が国の薬師の能力は一級品で、母上がその筆頭薬師でした。薬草の栽培環境も悪くなく、人手もあった。私も、弟も母上の手伝いをしているので薬師事情も製薬事情もよく分かっています。だから回復云々よりも、あの出所の分からない植物をどうにかしないといけなかったんです」
治癒魔法の使い手が、いないと言っていいこの世界で。
何よりも重要となるのが薬だった。その次に材料となる各種薬草。
聞けば、薬草を育てている場所自体は各地にあるようなのだけど、シェリラ様の温室はここでしか育てられない、稀少なものばかりだったらしい。
まさかそんなところに現れるとは思っていなかったため、対応がもたついてしまったということだった。
何もかもが初めて尽くし。狼狽えるのも戸惑うのも無理はない。
「要は問題を解決に導く、知識や発想力のある者を喚び出せればそれでよかった、と?」
「そういうことだ。ナツ殿が《賢者》であることは嬉しい誤算ではあるがな」
「対象だけを凍らせ、粉砕させる魔法なんてコントロールがとても難しいのです。魔導師自体はいても、それほどまでの使い手となるとなかなか育たないので」
「魔法で攻撃するしかまともに攻撃が入らない植物なんて、その方面に詳しいシェリラでも分からないと言っていた。他の国でも現れているとは聞くが、うちに比べれば微々たるものだ。発生源はともかく、対処法を早く確立しないとこのままでは手におえなくなる…」
対処法、とはおそらく焼き払う以外の対処法。
さっき僕がやったみたいな感じで、あまり周りに被害のない方法が望ましいんだろう。
マーシュ様やシルフリード様の様子から察するに、今までは焼き払っても問題のない場所にばかり現れてきたようで。
もし、周りに被害の出せない、シェリラ様の温室や、例えば住宅地なんかに現れてしまったら火なんて使えない。
悩ましい問題だった。でも、やりようはあるんじゃないかと思う。
どのくらいの実力かにもよるけど、魔導師自体はいるということなので聞いてみることにしよう。
シルフリード・ル・トリーディル
イーストペイド国 王太子殿下
15歳。父親同様、国民の支持は厚い。
素直で向上心のある性格。製薬を母から教えてもらっている。後に那都から魔法を師事してもらおうと思っている。
母親の一件で那都と初対面し、即落ち。恋愛に近い感情を抱いている。…が、無自覚。
弟思いの良きお兄ちゃん。基本甘々だが、叱るときは叱る。
友人のことが心配すぎて国を飛び出した那都についていった1人。
那都といることで、魔法の実力が飛躍的に上がった。頭は良いし、手先も器用なのでわりとなんでもできる。