5.毒と治癒
いろいろな所から情報をかき集めているので、表現の仕方がごちゃ混ぜになっているかもしれません。
変な所があればぜひご指摘ください。それらを糧に精進いたします。
ついていく、とは思ったが、体力普通以下の僕と鍛えられた騎士さんたちとでは早さが違う。
僕はこれでも全力に近いスピードを出しているつもりなのに、騎士さんたちと間がどんどん空いていく。分かってはいたけど、目の当たりにするとやっぱりちょっとショックだ。
みんなを探しに行く時までに、もうちょっと体力をつけておこう。せめて半日は歩き進められるぐらいの体力を。
「母上! 母上ぇ!」
「うぁぁぁん!」
騒ぎの現場に近づいてきたからなのか、切羽詰まった子供の泣き声が聞こえてきた。
騎士さんたちに遅れること数十秒。ようやくたどり着いた僕が目にしたのは、日本でいう、災害現場のような光景だった。
温室と思わしき建造物は見事に崩れ落ち、中で育てていた植物は無惨なほど荒れている。
その荒れ果てた場所の中心に鎮座しているのは、今回の騒ぎの元凶のようだった。あれは、何だろう。生物の感じはしないから生物ではない、と思う。
アレが何か分からない僕が、対応なんて出来るはずがない。ここは僕よりも分かっている(はずの)騎士さんたちに任せよう。
チラリと、倒れている女性と、その傍にいる子供2人に視線を移す。
あの巨体に襲われ、意識がないんだろう。かすり傷はあるが、出血しているような怪我はなく目に見える傷はない、けど。
その顔色は非常に悪かった。悪いなんてものじゃない、死人のように青白く生気がまるでなかった。
「……毒…?」
「…!」
ゲームのように、もしかしたら状態異常が出ているのかもしれない。そう思った僕は、さっきは自分に向けた鑑定を今度は倒れている女性に向けて発動してみた。
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シェリラ・ル・トリーディル Lv.28
《薬師》
《イーストペイド国王妃》
種族:人間
状態:猛毒、呼吸困難、発熱
HP:500/800
MP:1000/1200
適性魔法属性:水属性 土属性
スキル:製薬 空気清浄 探索魔法
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おぉ、Lv.28… 高いのか低いのかよく分からない。
この国の平均数値が分からないので、レベルやHPの数値に注目しても今はあまり意味がない。
それよりも状態だ。猛毒、呼吸困難、発熱って、完璧にヤバいやつだった。
それに、もっとヤバいのはHP。数値はともかく、問題は状態異常によるHPの急激な低下。どんどん、どんどん減っていっている。
0になる=死、ということがあってもなんらおかしくはない。だってファンタジーの異世界だから。
一刻も早く回復させなければならない。治癒魔法とか、解毒魔法を使える人、この場にいないのだろうか。
「リック様」
「ナツ殿! 危ないので下がって!」
「あの、治癒魔法とか、使える人いないんですか? このままではあの女性が… 猛毒に侵されているので、命が危険です」
「そんな…! シェリラ様が… でも、ここに、というよりこの国、世界に治癒魔法の使い手はいません」
「どうして」
「使える者がいないと言うのが正しいでしょうか。治癒魔法が使えるのは、光の魔力である《聖属性》を持つ特定の職業の者だけなのです」
「特定の職業…?」
「はい。《聖女》と《賢者》である人物だけです」
聖女と賢者。まさかこの世界に治癒魔法はあるものの、使い手が限定されているとは。
ならこのような事態が起こった時はどうしてきたのだろう。
この女性が《薬師》でもあるらしいから、回復薬的なのはあるのだろう。でなければスキルにある製薬が何のスキルだって話になる。
不意に、僕は「あれ?」っと何か引っかかった。
聖女と賢者。…賢者…… ごく最近、そんなような文字を見たような。
「【ステータスオープン】」
僕は再び自身のステータスを見る。
レベルの横に、ハッキリと賢者とある。
まさかの、今この時点でシェリラ様を助けることが出来る可能性は僕にしかなかった。
薬があったところで、今から取りに行っていては到底間に合わない。けれど今すぐに対処しなければシェリラ様は亡くなってしまうだろう。
僕はほんの少し迷った。だって、賢者といっても昨日この世界に来たばかりで、魔法も使い始めたばかりだ。
適性魔法属性∞ってことは、聖属性も使えるってことだったのかな。そうだとしても治癒魔法なんて、どうイメージしたらいいか分からない。
呪文は、なんとなくだが分かる。そこは問題とはしていない。
考えていたら後ろから手を掴まれる感覚があった。振り向くとシェリラ様の傍にいた少年がいた。
「あの、母上が毒状態って本当ですか?」
「本当、だけど…」
「治し方… 何が必要か分かりますか!? 教えてください!」
「えっと…」
「兄上ぇ! 母上が…!」
僕が答える前に、容態が急変したのか、より悲痛な声が彼の弟と思われる少年から発せられた。
僕は急いでシェリラ様のステータスをもう一度見た。500あったHPが67になってしまっている。今の数分でだいぶ削られてしまったようだ。
「(どうすれば……)」
本当は、どうすればいいのかなんて分かりきっている。でも何故か体が硬直したかのように動いてくれない。
元々少なかった呼吸音がさらに聞こえなくなってきた。
小さくなるにつれて、大きくなる兄弟の母を呼ぶ声。
兄の目から涙が零れたのを見た時だった。
言い表すことも出来ない沸々とした感情が、胸の奥底から沸き上がってくる。同時に昔の記憶がフラッシュバックした。
たった1人で待っていた広い部屋。
冷たくなった両親。
もう2度と、自分を映すことのない瞳。
「っ!! 《キュア》《ヒール》」
気づいたら僕はそう唱えていた。ゲームや小説を読むことが日常的だったから、呪文の方は間違っていないと思う。
解毒をしてから体力を回復させる。そう考えながら唱えた呪文は効果的だったようで、シェリラ様の表情は落ち着き、呼吸も穏やかになった。
まだ意識は戻らないようだけど、先程までの死人のような顔が嘘のようだ。
ホッとしたのも束の間、僕の後方からのただならぬ気配にゾクッとした。
「くそっ… どう対処すれば…!」
「焼き払うしかないだろう! あの巨体も調査によれば植物の1種だと聞いている」
「シェリラ様の温室がある場所だぞ!? 無事なものもあるし、稀少なものもある。壊された所も使えそうなのを集めれば薬も出来る。この国にとって今ここを失うわけにはいかないっ!」
どういう理屈であの巨体が出現し、ここに存在しているのか分からない。
けれども、貴重な場所といえど、このままこれをほっとけないのも事実なようで。アレをどう対処すべきか分からないようだ。
僕は、アレに対して怒りの感情が湧いてきた。植物に対して抱く感情ではないのかもしれないけど。
僕はゆらりと立ち上がり、少しフラフラとした足取りでそれに近づいていく。
シェリラ様の周りにいた人は何事かと慌てたが、僕が無意識に発していた雰囲気によって声を出すのを躊躇っていた。
「ナツ、殿…?」
リック様の隣をスタスタと通りすぎる。
ちょうどソレの影響が届かないギリギリの所で止まって、自分でも怖くなるくらい落ち着いた気持ちでソレを見つめた。
ソレに向かって、手をかざす。
動き回っているわけではないから、狙いを定めるのは容易だった。
「イメージは……急速冷凍されたバラ… 一瞬で、崩れる感じに…」
いつだったか見たバラエティー番組でやっていた実験。液体窒素とか使ってたと思うけど、なにぶんまだ幼かったのでハッキリとは覚えていない。
けど、イメージさえ出来ていれば大丈夫。たとえ対象がバラより数十倍大きくても、どうにだってなる気がする。
集中して、周りには影響を与えず、アレだけを凍らせる。
「【凍結】」
シェリラ・ル・トリーディル
イーストペイド国王妃。31歳。
元公爵家のご令嬢。サバサバとしたした性格で、全くお嬢様っぽくないお嬢様だった。
でもそのハッキリとした性格ゆえに人望はあり、彼女を指示する声はかなり多い。マーシュの一目惚れで瞬く間に婚約が決まった。
今は王妃兼、薬師として、国の回復薬の販売や製作の責任者である。温室の管理が主な仕事。
息子と仲良くする那都を見ていると、息子が増えたような気分になる。
息子たちに文句はないが、本音を言うと娘も欲しかった。