3.魔導書と魔法
本日3話目の投稿です。
~※~
僕は帆高によく言われる。無神経というか、図太いって。
隼斗からはマイペースだと言われる。貶されているわけでもないけど、褒められているわけでもなさそうだったので言われた当時は少し複雑だったな。
けど、今は言われた意味が分かる気がする。見知らぬ土地に来たというのに目覚めはスッキリ、超熟睡だった。
次帆高に会ったら順応性が高いに訂正してもらおう。
「おはようございます。ナツ様」
「…おはよう、ございます」
「では支度のお手伝いを…」
「自分で、やります」
「でも……」
これからここでお世話になるということで、護衛の騎士さんやらお世話する城仕えの侍女さんが僕に付けられた。
まぁ、一応、救世主様としてこの国に呼ばれ、特別対応されるのは分かるんだけど、自分でやれることは自分でやりたい。じゃないと帆高に見られたら怒られる。
昔は両親が共働きで、元々1人で何でもやることが多かった。たまに帆高の家にお世話になってたけど。
どこかのお姫様、お坊ちゃんではないのだから着替えなどの支度ぐらい自分でやれる。
「よく眠れましたか?」
「…はい、もう、ぐっすり」
ちょうど着替え終えたところでウルガー様が部屋に来た。それに合わせて侍女さんたちも壁際へと下がる。
まだ、朝早いのに。身なりもきっちり完璧だ。
ウルガー様の手には分厚い本が3冊ほど。何かの辞書かってくらい分厚いんだけど。
「…あの、それは?」
「これは1つが歴史書、残りの2つは魔導書になります。こちらの問題に巻き込んだ私共が言うのもなんですが、早急に学んでいただきたいことがありますので、まず手始めにこちらから…」
そう言って渡される3冊の本。ずっしり重めなその本は僕には重すぎた。
中の下くらいの、普通以下の体力と筋力。帆高みたいなそこそこ高い身体能力があったらなぁってたまに思う。
よろよろしながら机にたどり着き、本をドサッと少し乱雑に置いた。
1冊を手に取り、パラパラとページを捲る。サッと見ただけで頭の中に入ってくる文字と内容。
身体中を巡る魔力が熱を持ち、体温が上昇。
「……【水球】」
「なっ…!」
試しに水魔法の基礎中の基礎の呪文を唱え、発動させてみた。
水球の魔法は僕のイメージしたとおりにちゃんと発動した。部屋の中だから大きな魔法を使う気はないけれど、初めてにしては上出来ではないだろうか?
魔法というものにむず痒さを感じながらも、発動できたことに僕はほんの少し調子にのった。
頭の中にイメージをし、次々と水球の魔法を発動させていく。イメージはたくさん飛ぶシャボン玉。
「まだ何もお教えしていないのですが…」
「本を見たら、出来るものでは…?」
「ありませんよ?」
やんわりと否定されて僕はそれ以上は何も言えなかった。
聞けばこの世界で生まれた人々は、魔法を学ぶ場合まずは魔力感知のやり方から学ぶのだそうだ。
そこから魔力の流れを感じとり、自分の魔力属性を理解する。自分の属性に合わせて学ぶ魔法を選んでいく。
……と、いうのが通常。僕はさっきその通常をぶち壊したってことかな。
「ナツ殿は水系統が得意ということなのでしょうか…」
「そう、なんですか?」
「普通はまともに扱えるのは1種類のみです。ごく稀に2つ3つと複数を扱える者もいます。まぁ、滅多にいませんが」
「へぇ……」
「いわゆる才能ある天才ってやつですな。その様な者は立派な魔導師になれますでしょう。国王陛下直属の魔導師団に入ることもできます。……って、ナツ殿?」
「【火球】 【雷球】」
「えぇぇぇ!?」
ウルガー様が話している間もペラペラとページを捲り、炎系統、雷系統の魔法を見つけ呪文を唱えた。どちらもそれぞれの系統の基礎中の基礎の魔法だ。
水球の時と同じようにシャボン玉サイズにしてたくさん出した。
基礎中の基礎の魔法だけど、コントロールを練習するのにちょうどよかった。火球、雷球に水球も同時発動して自由自在に動かしてみる。
「………まさか、ナツ殿は…」
「…あの……?」
「ナツ殿、場所を変えましょう。ここでは発動させる魔法が制限されますので」
「あ、燃やしたりしたら大変ですよね」
「そういうことでは… 聡明なのかただの天然なのか……」
ウルガー様が何か呟いていたけど気にしないことにした。
場所を変えるって、どこに行くのだろうと思ったけど「その前に朝食です」と言われて案内された先の部屋で十分すぎるほど頂いた。
異世界だから口に合わない、なんてことはなく大変美味しかった。合掌。
美味しかったけれど、僕は他の3人のことが少し心配になった。みんなは、今どういう状況下にあるのだろうか。
僕を召喚したのが、たまたま良い人たちだっただけで運が良かったんだろう。
すぐに確認できないのがもどかしい。1人でもいいから、無事を確認したいと思う。
「ナツ殿」
「あ、ウルガー様。この後、どこに行くんですか?」
「騎士団の訓練場に行こうと思います。あそこなら広さもあって、ある程度大きな魔法を使っても問題はありません」
外であり、なおかつ障害物もあまりなく広さもある場所として、騎士団の訓練場はちょうどいい場所だった。
しばらくこの王宮に滞在するので、行っていい場所、悪い場所、どこに何があるのかなど知れるのはありがたかった。
これでも物覚えは良い方だ。1度通った道なら余程のことがない限り忘れない。
その訓練場とやらが近づくにつれてすれ違う人たちも増えてきた。
姿格好からして、彼らが騎士団の人達だろうか。
「リック殿、少々こちらを使わせてもらいますよ」
「宰相様!? そ、それはもちろんかまいませんが… 何故宰相様がここへ?」
「この方、ナツ殿に関して確認したいことがありまして、屋外で広い場所が必要なのです。
ナツ殿、彼はリック・ライザルといいます。今訓練中の第二騎士団の騎士団長をしている人物です」
「…初めまして。那都、といいます」
紹介をされたので僕も名乗った。今度は下の名前だけ。
僕が名乗るとリック様は礼儀正しく、僕みたいなのに頭を少し下げて挨拶してくれた。
家名があったことから、リック様も貴族なのだろう。どのくらいの地位なのかはさすがに分からないけれど。
そういえば、さっきちらりと見た歴史書に貴族のことについて書いてあったのを思い出す。国によって多少の違いはあるらしいが、この国の貴族は男であっても必ずしも家を継ぐわけではないらしい。
もちろん長男が継ぐことの方が多いのだそうだが、基本的には能力のある者がなるらしい。長男であっても長子であっても関係ないのだ。
彼はどちらなんだろう、そんなことを思いながら気づいたらリック様を凝視していたようで。彼が少し戸惑った顔をするまで気づかなかった。
「では、ナツ殿」
「はい」
「とうぞ、ご自由にやってみてください」
「へ?」
なんだかいきなり投げ出された。少し雑じゃない?
でも、ご自由に、と言うのだから本当に自由にしていいのだろう。持ってきた魔導書を2冊ともパラパラと一気に捲っていく。
膨大な情報が頭に入ってきて少しクラッとしたが、すぐに持ち直しイメージを膨らませた。
そして思いついたそのままに、呪文を唱えようと口を開く。
…僕はこの時思った。ほんの少しでも、自重するべきだったのかもしれないと。
ウルガー・ルーペ
侯爵家の当主。30歳。
妻と、息子と娘が1人ずつ。宰相。
幼い頃からマーシュとは良き友好関係を築いてきた。
優秀かつ、マーシュに振り回されても根気よくついていけるその胆力が認められ、マーシュ即位のその翌年に宰相に就任。
何かといつも走り回っている人。救世主召喚の儀を統括した人。
昔はマーシュに振り回されていたが、現在はマーシュの息子と召喚された那都に振り回されている。気苦労が絶えない。
家族を溺愛している。家族の為に、国の為に、マーシュと日々国の問題に向き合っている。