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来年の今日、またこの場所で。  作者: 若隼 士紀
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第2章 3

3.


 伊哉さんが出征してから服喪明けまでの1週間、あたしは泊まり込んでるタカさんと一緒に楽しく過ごした。(タカさんは多華さんと書くんだって。華やかな美人のタカさんにピッタリ)

 伊哉さんは毎日、多華さんに連絡を寄越してあたしの様子を訊いてくるという。

 あたしも話したいなと思ったけれど、一般人には通信禁止の手段なのだそうで直接話すことはダメらしい。 

 そっか、スマホもインターネットもGPSも今はすべて遮断されてるんだもんね。

 そして伊哉さんの状況をあたしが訊くのもNGだった。

 極秘の作戦だからって。ふーん。軍人さんは大変だな。


 あたしの居た日本の皇室で行われるような「大喪の礼」みたいなものは、もう少し後で行われるらしく、今はその国葬のため準備中なのだという。

 それより国政を落ち着かせるためにも、いち早く即位式を行わなければならず、本来なら法務事務の准尉である多華さんは陣頭指揮を執る立場なのだそう。

 

 でもあたしという厄介者がいるためにここに缶詰めになってる多華さん。

 しょっちゅう伊哉さんの部屋にある通信機器で軍の人とやりとりしているみたい。

 申し訳ないなあ…と思いながら、せめてもとここへ来る前にはママに任せきりでほとんどやったことのなかった家事を進んでやっていた。


 多華さんは、姉御肌というかあまり細かいことを気にしない性質の人らしく、おおざっぱな性格のあたしは非常にありがたかった。

 だけどやっぱりというか、当然だろうけど、あたしの元いた日本のことを聞きたがった。

 あたしはできるだけ多華さんの聞きたいことを詳細に話した。

 だけどあまり政治問題や国際問題に関心がないことがバレてしまった。トホホ。

 TVやラジオは軍が放送する亡き皇帝のこと、新皇帝のことの番組ばかりだったので、あたしは多華さんと食事やお菓子など作りながら、おしゃべりをたくさんした。

 

 多華さんは伊哉さんのことも少しずつ話してくれた。

 本当ならリョウが自分で話すことだし、私が勝手に話したのは内緒ね、と前置きして。

 伊哉さんのお父さんは、伊哉さんが乳児の時に亡くなったそうだ。

 やっぱり軍人だったそうで、殉死したんだって。

 お母さんは女手ひとつで伊哉さんを育てたんだけど、3年前に病気で亡くなって兄弟もいない伊哉さんは一人で暮らしているらしい。


 多華さんも軍人一家で、伊哉さんのお父さんのお兄さんである多華さんのお父さんもお兄さんも軍人。

 そういうバックボーンもあって出世が早いのかな?と思って訊いてみたら、多華さんは何故か歯切れ悪く「うーん、そういうわけでもないんだけどね~」と濁された。

 「でも私、こんなふうにサキちゃんとおしゃべりしたりお料理したりできて、本当に嬉しく思っているの。可愛い妹ができたみたいで」とにっこり。


 美人が可愛く微笑むと、女のあたしでさえちょっとキュンとなってしまう。

 「あたしも弟しかいないから、お姉さんができたみたいでとても楽しい。

 伊哉さんの従姉妹さんがこんなに素敵な人で本当に良かった」

と言うと、多華さんはちょっと驚いたように目を見開き、急に目を伏せた。

 あれ?泣くのかな?とあたしは多少の違和感とともに思った。


 と、多華さんはパっと顔を上げて、ニタリと笑った。

 先ほどの切ないような表情はかき消したように明るい。

 「そうそう、リョウってあの見た目で軍の中でも特に女子に人気があってね~!意外と優秀だし。

 でも、あの通りの天邪鬼な性格だから本当に親しくならないとなかなか心を開かないところがあって、近づきがたい印象があるわけよ」

 「…(ああ、そんな感じ。最初怖かった)」


 「ところが、そのリョウが、よ。見ず知らずの一般人の女の子を拾って、やたらと親切に面倒見てて。

 ここだけの話、サキちゃんをここに滞在させるのもかなりアイツのゴリ押しでね。

 特権フル活用って感じで。珍しいのよ、リョウは本来そういうの嫌いだから。

 そんなこんなで、今、陸軍内部の女子たちは絶賛嫉妬爆発中!あはは」


 あははじゃない!

 だけどあたしは自分の顔が赤くなってしまうのを抑えられなかった。

 「で、サキちゃんは?リョウのことどう思ってるの?」

声に好奇心をにじませながら、多華さんが訊いてくる。面白がってるな、この人完全に。

 「あたしは…親切にしてもらって感謝してるけど…恋愛感情とかは、ない」

 「あー、なあーんだ、そうなの~?ざあーんねん」


 多華さんがソファの背もたれにぐーっともたれかかった時、伊哉さんの部屋の通信機器が着信音を鳴らした。

 「はーい、はい」と多華さんが立ち、リビングを出て伊哉さんの部屋に入っていく。

 あたしはその姿を目で追いつつ、はーっとため息をついた。

 

 葉山君のことは…やっぱり言えないなぁ。

 あたしの中ではもう、葉山君が好きなのか伊哉さんが好きなのか、判らなくなってる。

 でもそれを伊哉さんの従姉妹である多華さんに言うわけにはいかない。

 元カレの葉山君に瓜二つだから伊哉さんに好印象持ってますみたいに思われたくないし。

 葉山君にも伊哉さんにも失礼だよね。

 

 でも、とあたしはさっきの多華さんの話を思い出しながら考える。

 伊哉さんが嫌いな特権フル活用してまで、あたしを守ろうとしてくれてるのはなぜなんだろう。

 あたしをかばったことで受ける処分って何だろうと、多華さんに聞いたけどあまりいい話じゃないからと教えてくれなかったし。

 良い話じゃないからこそ、聞いておきたかったのになぁ。


 予定通り1週間で服喪期間は終わり、外出禁止令や通信禁止令は解除された。

 当面は状況に応じていろいろ変わるらしい。うへぇ、面倒な世界だなあ。

 即位式もあるし、まだまだ元通りというわけにはいかないみたい。 


 でも伊哉さんはまだ帰って来られないらしい。

 残務整理?とか現場で様々することがあるんだって。大変。


 久しぶりに外へ出て、はしゃぐ多華さんと一緒にショッピングモールへ行き、たくさんの買い物をした。伊哉さんのカードで。何故か家族名義の。

 これ、今月分のカード利用明細が来たら、伊哉さんの目ん玉落っこちちゃうんじゃないかな。

 ごめんね~でも楽しかった。


 この世界では、あたしは外出禁止中の人けのない殺風景な景色しか見ていないから、人がこんなに大勢いて賑わっていて、買い物をしたり遊んだりしているのを見るのはなんだかとても安心した。

 あたしの居た世界と変わらない、日常がそこにあった。

 まあ、皇帝崩御で縮小ムードというか自粛というか、すべてに喪章が入ってるのがナンだったけど。


 買い物から帰って、ひとしきり買ってきた服を二人で着てファッションショーなどやって、部屋に戻ってスマホを久しぶりに鞄から出して、リビングに持っていき電源を入れようとすると。

 「あ、まだ待って」と多華さんに画面を塞がれ制された。

 「え?でも、解除されたんじゃ…」

 「サキちゃんのスマホはちょっと特別だから。私が良いと言うまで切っておいて」

心なしか、多華さんの声が硬い。なんだろう。

 あたしは訝しく思いながらも、おとなしくリビングのテーブルにスマホを置いた。


 そんなふうにして、また1週間が経った。

 軍の関係者と思われる人が時々訪ねてきて、伊哉さんの部屋で多華さんと話し込んでいったりすることもあった。

 あたしはお茶でも淹れて持っていこうとしたんだけど、機密事項を話してるから、と締め出されてしまい、少し寂しい思いをした。

 多華さんと話してるのはとても楽しいけど、たまには他の人とも話したい。


 伊哉さんが出征してから2週間経ったころ、その報せが前触れもなく飛び込んできた。

 

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