第2章 2
2.
伊哉さんの部屋はこの大きなタワーマンションの22階にあった。
「軍の支給だよ」と伊哉さんは苦笑いしてたけど、それにしたって4LDKは広すぎるでしょー!
広い玄関で呆然と佇むあたしに「好きな部屋適当に使って」と言って、伊哉さんはバスルームに消えた。
幅広く長い廊下を進んで大きな窓のあるリビングのソファに所在なく座っていると。
「サキちゃーん、お待たせ~」
とにぎやかな声がして、大荷物を抱えたタカさんが肩でリビングのドアを開けて入ってきた。
「昨日、軍のショップでリョウのカード使っていっぱい買っちゃった~♪ああでも、サキちゃんがこんなに可愛い子だって知ってたら、もっともっと買いたかったわ~」
大きなテーブルからこぼれ落ちるほどの荷物を積み上げて、タカさんはにっこり笑った。
「外出禁止が解除されたら、一緒に買いにいこうね!」
あたしがそのあまりの量の多さに度肝を抜かれて口もきけずにいると、タカさんは「ん?サキちゃんはどんなテイストのデザインが似合うかな~」とか鼻歌を歌いだしそうな感じで、すごい勢いで袋を開け中の服を出してあたしに次々とあてて「これもいいねえ」とか「これはイマイチ」とか言いながら楽しそうにニコニコしていた。
あたしはなされるがまま、でも少しずつ気持ちが浮上してくるのを感じた。
こんなにたくさんの可愛らしい服を買ってもらうなんて初めてだし、何よりタカさんがあたしの気持ちを引き立てようとしてくれているのが伝わってきてとても嬉しかった。
「タカさん、あたしさっきのピンストライプのガウチョ、好きだなあ」
「えっそう?ああそうね~、この白のカットソーに合わせるといいんじゃない?わー似合う似合う」
タカさんは嬉しそうに笑って「アクセサリーも要るねえ。大ぶりのモチーフが良さそう」とあたしを眺めた。
「じゃあ、廊下の左側の部屋で着替えていらっしゃい。これは後でクロゼットに入れようね」
あたしはガウチョパンツとカットソー、それと「これは下着。あたしより痩せてるってことだったんで、サイズは小さめにしてあるから、キツかったら言ってね~」と大きな袋を受け取って、通学かばんを持ってリビングを出て(タカさんより痩せてる、って胸のことだよね…)と思いながら左側の部屋に入った。
大きめのベッドとサイドテーブルに作り付けのクロゼットがあるだけの簡素な部屋だった。
掃除は行き届いているようだけど、この広い部屋にたぶん一人暮らしなんだろうな。
お母さんの話は出たけど、お父さんはどうしてるんだろう。
あたしは不安を強いて締めだし、埒もないことを考え続けながら着替えた。
リビングに戻ると、綺麗に畳まれた服がソファにうずたかく積み上げられ、タカさんはアイランドキッチンで鼻歌を歌いながら朝食を作っていた。
「朝、何も食べる暇もなくここに来ちゃったからね~。リョウは普段自炊なんてしないからあまりまともなものないんだけど、とりあえず食べよう!リョウは?どうする?」
振り向くと、ちょうどリビングのドアを開けて入ってきて、ソファ積んである大量の服に目をむいている伊哉さんがいた。
か、っこいい…!!
あたしは思わず口を手で覆って声が出ないように塞いだ。
たくさんの階級章のついたカーキ色の軍服をカッチリ着こなし、オールバックにした髪の毛に軍帽を被って足にはゲートルを巻いている。
右腕には喪章の腕章をつけていた。
葉山君もとてもカッコよくってあたしなんかの彼氏には正直もったいない人だった。
だけど、こういう服を着てもこんな凛とした雰囲気は出ないと思う。やっぱりオーラが違うっていうか
…本職の軍人さんなんだ。
伊哉さんは伊哉さんで、口を開けたままあたしをポカンと見つめていた。
…何?なんか変?
この服、似合ってない?
「はいはい、そこまでよ~若いお二人さん!」
タカさんが笑いながら大声で言い、あたしと伊哉さんははっとして視線を外した。
「なに見とれあっちゃってんのよ~。オバサン恥ずかしくっていたたまれないよ~」
「うるさい、タカ!俺はコゴウを下で待たせてるし、すぐに出るから朝食は要らない」
心もち赤くなっている伊哉さんはタカさんにそう言うと、あたしに近づいて目の前に立って言った。
「じゃあ、行ってくる。
俺の留守中はタカが来るから、心配しないでいい。なんでも言いつけていいからな。
俺が帰るまで、必ず、ここにいてくれ」
「いつ、帰ってくるんですか?」
「うーん…状況によりけりだけど、長くて2か月くらいかな。何もなければ皇帝の即位式には帰れると思う」
あたしは不安になりながらも頷いた。
伊哉さんはあたしの頭にポンと手を置いて離すと、身を翻してリビングを出ていった。
あたしとタカさんも玄関に行き、長靴を履いた伊哉さんと向かい合った。
「陸軍少佐、伊哉遼玲!国境警備従軍行ってまいります!」
伊哉さんはカチッと長靴を鳴らして敬礼した。
あたしの隣でタカさんもピシッと敬礼し「ご武運をお祈りいたします!」と応じた。
あたしはどうしていいかわからず、「行ってらっしゃい」と間抜けた声で言った。
伊哉さんは少し笑うとドアを開けて出ていった。
パタンという音を残してドアが閉まると、タカさんが「さて!」と言ってあたしを見下ろした。
「朝ごはん、冷めちゃうから食べましょう?」