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来年の今日、またこの場所で。  作者: 若隼 士紀
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第1章 4

4.


 その時、時計から12時を知らせるチャイムが鳴り、あたしと伊哉さんは驚いて腰を浮かせた。

思わず顔を見合わせ、互いに気恥ずかしくなって目をそらす。

 伊哉さんは照れ隠しか、ごりごりと頭をかいて「もう昼か。お腹空いてない?」と訊いてきた。

 「あ、あたしはお弁当が…」とママに押し付けられた弁当袋を指さして言うと「そうか。じゃあダイニングで食べよう」と先に立って部屋を出ていき、あたしは弁当箱の入った袋を持って後に続いて居間を出た。


 キッチンとダイニングを兼ねた部屋は結構広く、真ん中に大きなダイニングテーブルが置いてあった。

 伊哉さんは旧式の大型冷蔵庫を開け、タッパーに入ったおかずと思しきものを次々と取り出してテーブルに並べていく。

 「・・・・・」

 あたしが驚いて見ていると、伊哉さんはあたしの視線に気づいたのか、照れたように笑って最後に麦茶のボトルを出して冷蔵庫を閉めた。


 「昔からこの家で働いてくれてた家政婦さんがいてね。今回この家に久しぶりに泊まるからと連絡したら張り切っちゃって。

 昨日一日かけて家を綺麗にして、食事も俺一人じゃ食べきれないほど作っておいてくれたんだよ」

 「はあ…」

 お金持ちのお家なんだな。大きなこの家とか、家政婦さんとか。

 

 それから二人して電子レンジでチンしまくり(本当にチンと可愛らしく鳴る電子レンジだった)、あたしも小皿をもらって家政婦さんの心づくしの昼食を頂いた。

 ママの手作りの、お弁当…

 もう食べられないのかもしれないと思うと本当につらいけど、あたしは頑張って涙とともに飲み下した。

 伊哉さんもそんなあたしを黙って見ていてくれた。


 食べ終わって二人で洗い物をして片付けると、伊哉さんがドリップコーヒーを淹れてくれた。

 「2階にゲストルームがあって、そこも掃除してあるから少し休む?」と訊いてくれる。確かに朝からのジェットコースターに乗せられっぱなしのような緊張感で、すごく疲れているけど。

 でも横になっても不安で眠れそうにないなぁ…

 あたしは首を横に振り「いえ、大丈夫です。それより、良かったらこの世界のこと教えてもらえませんか?」と縋る気持ちで訊いた。


 伊哉さんは虚を突かれたようにあたしを見つめ、ゆっくり頷いた。

 「そうだね。それが判らないと不安だろう。あなたの世界とはずいぶん違うみたいだし。

 あなたの世界のこと、それからあなた自身のことも教えてほしいんだけど良いかな?」

 あたしは感謝の気持ちも込めて「もちろんです」と頷いた。


 伊哉さんはブラックコーヒーを口に含むと、飲み下して静かに語りだした。

 「大日本帝国はさっきも言った通り帝政で、帝政が敷かれてから今年で149年、4代目の皇帝が一昨日崩御あそばした。

 国民全員が服喪期間中何もしないというのは、現実的には不可能だから最低限のライフラインと陸海空軍部と政府は機能している。

 だからさっきあなたに見せた新聞も、実は昨日の新聞で今日は4月1日。今日は当然休刊。

 

  昨日は大変だったよ。一般市民は今日からの服喪に備えて1週間分の生活必需品をそろえたり、病院で薬をもらったり、仕事の目途をつけたり。

  軍から臨時の配給も出して、俺も人員と物資の配備を手配したり郷里で過ごすという人のヘリ輸送をしたりで、ここに着いたのが深夜の2時頃だった。


  一般市民は今日からの1週間は基本的に外出禁止、通信手段も制限される。スパイ行為やテロ行為などの防止のためだね。

  諸外国との取引などでどうしても必要の場合は申請して、軍と政府の許可が下りれば監視下での取引が許される。

  皇帝が不在ということは、外交的には非常に不安定になるわけだから、俺たち軍人は陸海空軍とも総動員で警備にあたっている。

 

  それでなくても大日本帝国は小国だけれども経済的に豊かだから各国から狙われていて、近隣諸国との小競り合いは絶えないんだ。

  歴代の皇帝もとにかく外交に腐心してこの国を守ってきた。

  今の皇太子殿下も、年若いけれど素晴らしいお方だ。

  歴史に関しては長くなるし、そのうち判ってくることも多いと思うからおいおい話すことにする」


 ここまで話して伊哉さんは、どう?というように軽く首をかしげてあたしを見た。

 あたしは学校の授業でもこんなに真剣に受けたことはない、というくらい一生懸命聞いていたけれど、やっぱり判らないことが多く、全部理解できたとは言い難かった。

 また聞こう。うんうんそうしよう。ごめんね頭悪くて。

 あたしは顔を上げ、気になっていたことを訊いてみた。


 「伊哉さんは、軍人なの?」

 葉山君に瓜二つなことを除いても。正直言って、あたしとそんなに年齢が違うとも思えないんだよね…

 学徒動員?させるところまで兵隊さんの不足が逼迫しているのかしら。

 「そう。陸軍の将校。ちょっと特殊な生育環境で。最初は文官で仕官したんだけどね。

 今18歳だけど、大学はスキップで卒業してる。

 早葵、さんは…?」

 「あたしは、17歳の高校2年生です。あたしの住んでいる日本ではスキップ制度はないんです」

 あたしが特別に莫迦ってわけじゃないんだよ~

 まあ、スキップ制度があったからと言って、利用できるほど頭が良いというわけでも決してないけど。えっへん。

 

 「ところでさ、ちょっと訊いていいかな…?」

と伊哉さんは急に居住まいを正して、じっとあたしを見つめた後にふっと逸らして言った。

 「あ、どうぞ」

 「今朝、駅で最初に見かけたとき、早葵さん俺を誰かと間違えたでしょ」

 「!!…うん…」

 やっぱりバレてたか。いや、まあそうだろうな~ぽりぽり。

 意味もなく頬をかいてみたりして。


 「で、その…誰と、間違えた?『葉山君』って聞こえたけど?」

 「は、葉山君は彼氏で…」嘘じゃないもん。

 伊哉さんは大きく目を見開き「あ、そうなんだ。彼氏か…」と呟いた。

 なんかその呟きが、すごく、残念そうに聞こえた気がして、あたしは慌てて両手を体の前で振った。

 「で、でもっ!振られて別れたんです。…昨日」

 「えっ」

 「だ、から、正式には元カレ?」


 うわぁー!自分で言ってしまって、自分の言葉に傷つく。

 そうなんだ、もう葉山君は元カレ…

 俯いてしまったあたしを見て、伊哉さんは慌てたように立ち上がりあたしの傍らに来て、右腕であたしの肩を引き寄せると左手であたしの頭を撫でた。


 「ごめん、嫌なこと訊いた。すまない」

 「・・・・・」

 「どうしてもその、気になっちゃって。悪かった」

 

 あたしは伊哉さんに押し付けられたまま、ビックリしすぎて硬直していた。

 耳のすぐ上にある、伊哉さんの心臓の音が伝わってくる。

 その規則正しい音を聞いているうちに落ち着いてきた。

 ゆっくり身を起こして「だ、大丈夫です」と笑うことができた。


 あたし、顔、赤かったかな…


 それから、伊哉さんは明日に備えてやることがあると言って自室に籠ってしまい、あたしは広々としたゲストルームの大きなベッドで少し眠った。

 夕食はまた、家政婦さんが作りおいてくれた大量のおかずをチンして二人で食べた。

 

 この家政婦さんという人は、元々伊哉さんのお母さんの知り合いの人で、現在は還暦を過ぎた人らしいのだけど「男の子にはとにかくたくさんの美味しい食べ物が必要!」という信念の持ち主で、伊哉さんは幼いころからやたらたくさん食べさせられたそうで

 「実家を離れて何が嬉しかったかって、自分の好きなものを好きな量だけ食べられるようになったこと」

だったそうだ。

 そんな物言いをしながらも、美味しそうに食べている伊哉さんを見ていると、その家政婦さんがとても好きなんだなと感じて、なんかほっこりしてしまった。


 片付けが終わって、伊哉さんは何故かちょっと早口に「早葵さんは2階のバスルームを使って。タオルとバスローブが脱衣所の棚にあると思う。それから寝るときにはゲストルームのカギは必ずかけること」と言い、あたしがちょっと赤くなって頷いてダイニングから出て廊下を歩いていると、後ろから「ゲストルームのクロゼットの中の引き出しに、従姉妹のが入ってるそうだから!」と声が追いかけてきて、バタンとドアが閉まった。


 何が?…と訝しく思いながら、言われた通りゲストルームのクロゼットを開け、引き出しを開けてみると、女性ものの下着が入っていた。

 「・・・・・!」

 なんというか、伊哉さんってあたしの一つ年上なだけとはとても思えないなあ。

 行き届いてる。

 

 でも女性慣れはしてない。絶対、彼女とかいないと思う。

 不器用に頭をなでてくれた、大きな掌を思い出しながらあたしは少し笑った。

 優しい人だな。見ず知らずのあたしにこんなに親切にしてくれるなんて。

 

 葉山君を、忘れなくちゃ。。。


 



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