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来年の今日、またこの場所で。  作者: 若隼 士紀
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第1章 3

3.


 伊哉さんはあたしの向かい側のソファに腰を下ろすと、コーヒーのマグカップを口元に持っていきながら口を開いた。

 

 「この状況を整理してみる。

  あなたは今朝、いつも通りの生活をして学校へ向かい、電車に乗ってこの皆川に着いた。

  OK?」

 あたしは頷く。うん、その通り。

 その先を伊哉さんに目で促され、思い出しながら話し出す。


 「電車から降りて、ホームから改札への階段を登っているときに眩暈がして…視界が歪んで反転したよ

 うな気がした。

  しばらく目をつぶって大きく深呼吸して、目を開けたら周りにもどこにも人がいなかったの。

  改札も通れないし駅も閉まってるし次の電車も来ないし電話もつながらないし。

  不安になってホームから線路に降りて駅を出てロータリーへ行ったら…」

 次第に涙声になるあたしの肩を、伊哉さんは腕を伸ばしてぽんぽんと優しく叩いた。


 「うん、判った。もういいから。

  とにかく駅で眩暈をおこしたときに、何かがおきてあなたがいた世界と今いるこの世界が入れ替わっ

 たということだろうな。

  さっきあなたが言った『パラレルワールド』というのが正しいかは判らないけど、今の状況に一番ぴ

 ったりくる感じだな…」

 伊哉さんはそう言うとさらっと髪をかきあげて考え込んだようにほっと溜息をつき、左手の拳を唇に当てて、さてどうするか…と小さく呟いた。

 

 あたしは、伊哉さんがこの突拍子もない話を果たして本当に信じてくれるか気がかりで、砂糖とミルクを入れたまま手を付ける気にならずに放置しているコーヒーの湯気を眺めていた。

 あたしだって正直、まだ信じられない。

 ドッキリでしたサプライズでしたぁ!どおビックリした~?

 とか言って友達がどこかから笑いながら飛び出してくる、なんてことになるんじゃないかと心のどこかで思っていたりする。


 でも残念ながら、そんなことにはなりそうもない。

 あたしの頬を涙が伝って制服に落ちた。


 慌てて涙を手の甲で拭っていると、目の前にフェイスタオルが差し出された。

 「使って。洗ったばかりのやつだから」と伊哉さんの優しい声。

 葉山君の声と同じで、葉山君の笑顔を思い出してしまって、、、あたしはタオルを無言で受け取ると顔を覆った。

 涙が次から次へと溢れてきて、嗚咽が漏れてしまう。

 葉山君…なんで別れるなんて言うの?

 あたしは大好きだよ、葉山君の笑顔も優しい声も大きな掌も。


 そんな場合じゃないと思いつつも、葉山君を思ってようやく泣けたことに安堵している自分に気付く。

 と、大きな掌があたしの頭を不器用に撫でた。

 涙でぐしゃぐしゃのままの顔を上げると、困ったような表情の伊哉さんが向かいのソファから中腰になってあたしの頭を撫でていた手を宙に浮かせていた。


 「・・・・・」

 あたしがびっくりして言葉も出せずにいると、伊哉さんは戸惑ったように座り直した。

 「俺こういうときどうしていいか判らないんだけど…まあ…あなたが嘘を言っているとか俺を騙そうとしているとか、そんなふうには思っていないから」

 「…本当に?し、信じてくれますか?」

 あたしはタオルで顔を拭くと、腫れぼったい瞼を気にしながら身を乗り出して訊いた。

 

 伊哉さんはたじろいだように身を引き(失礼な!)「うん、だからあの、そんなに泣かないで、ね」と言って微笑んだ。

 「あ、ありがとう…」とあたしは心から言った。

 最初の印象は最悪だったけど、伊哉さんは葉山君にそっくりなところを差し引いても良い人だ。

 多分。


 伊哉さんに無言で洗面所に案内され顔を洗ってソファに落ち着くと、居間の壁にかかったクラシカルな時計は11時を指していた。

 伊哉さんは向かいのソファに座ると、両手を組んで話し出した。

 「とりあえず先にこれからのことを話そう。

 俺は軍に召集されているから、明日からしばらく家にいない。

 というか、そもそも家はここじゃないから、明日になったら東京の家にあなたを連れていく」

 「え?…」

 あたしの家には帰れないの?

 

 あたしの不安そうな表情を見て、伊哉さんは慌てて「パラレルワールドだとしたら、この世界に恐らくあなたの家はない。それは解る?」と付け足した。

 あたしが納得して頷くと、伊哉さんはあたしのスマホを指さして続けた。

 「電話がつながらなかったのは、服喪期間は軍が電波を統制管理しているからだと思う。だから1週間は緊急の場合のみ、有線電話を使えるけど他は無理だ」

 

 すごい、世界だ。

 あたしは声を失くす。

 皇帝がいて、軍隊が権力を持っている(らしい)大日本帝国という国は、あたしが住んでいた日本国とは全然違うんだ。


 あたしの沈黙をなにか勘違いしたのか、伊哉さんは早口で言う。

 「心配しなくても、俺が留守の間は従姉妹を呼ぶから。あいつも軍部だから自由は利かないかもしれないけど、瞬に頼めばまあ何とかなるだろう」

 「はい、ありがとうございます」


 あたしは本当に、この世界ではこの人に頼るしかない。

 あたしは大きく息を吸って「よろしくお願いします」と深く頭を下げた。

 伊哉さんは、恐らく彼にとっては意外なあたしのリアクションに、驚いたように「あ、はい」と間抜けな声で返事をした。

 二人で顔を見合わせ、少し笑った。


 あたしは、先ほどから疑問に感じていたことを思い切って訊いてみた。

 「伊哉さんは、外出禁止なのになぜ皆川駅にいたんですか?

 ここが家ではないのに、どうして入れたの?他に誰かいるの?」


 伊哉さんは困ったように天を仰いで、目を右手で覆った。

 「んー…あんまり俺の行動も褒められたもんじゃないんだ。

 本当は俺、今日から周辺警備のため出動命令がでてたんだよね。皇帝が崩御して皇太子が帝位に就くま

 での間、周辺国が何かと仕掛けてくるかもしれないから。

 でも今日は俺の母親の祥月命日で、ここは俺の実家でさ。実家で母親と皇帝の冥福を祈りますってこと

 で特別に明日からにしてもらった。

 当然、この家からの外出は禁止。だけどどうしても墓参りに行っときたくて、こっそり出かけて帰ると

 ころでうろうろしてるあなたを見つけたってわけ」


 そこで伊哉さんは言葉を切り、あたしをじっと見つめて言った。

 「あなたを見つけたのが俺で、あなたは本当に運が良かったと思うよ」

 その謎めいた言葉の意味をあたしは後ほど知り、神様に心から感謝することになる。


 

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