第7章 3
3.
6月15日までの10日間、遼は休暇を取った。
そのあとはもう働きすぎで死んでもいい、と言ってねじこんだみたい。
むしろ死にたいくらいだよ、と自嘲気味に笑っていた。
そして、あたしたちは二人でいろんなところへ行った。
遼はどこにでもビデオカメラを持ち歩いて、あたしの姿をずっと撮影していた。
新婚旅行なんです~と言って、通りすがりの人にもたくさん撮ってもらった。
バカップルを解っててやるのって、結構楽しい。
ハウスキーパーさんも断って、二人で家で料理したりもした。
遼は凝り性で、できもしない料理に挑戦しては失敗して材料がもったいなかった。
遼はそんな日常も撮っていて、あたしはなんだか恥ずかしかったけど、遼の好きなようにさせてあげたい気持ちもあって黙っていた。
あたしは、自分が使っていた部屋の片づけをしようと思っていたんだけど、遼が絶対に許してくれなかった。
この部屋は一生、早葵の部屋だから、と言って譲らなかった。
あたしが使っていたものも、すべてそのまま置いていくこと、と厳命された。
ストーカーみたいでキモイ~と言うと、ストーカーで何が悪い!と開き直られた。
ダメだこりゃ。
夜も毎日、一緒のベッドで手をつないで寝た。
たまに二人で泣いてしまうこともあったけど、腕枕でくっついて寝ていると、帰るときの不安が少し軽減されるような気がした。
無事に帰れるのか。
もしかしたら何かアクシデントが起こって、死んでしまうかも。
すごく不安だった。
そんな中、あたしは多華さんとドクターにこっそり連絡を取った。
電話番号を知ってるのがその二人しかいなかったから。
遼のいないところで話したかったので、ドクターにはあたしを、多華さんには遼を呼び出してもらうことにした。
事情を話すと、二人は驚きながらも快諾してくれた。
遼は「早葵といられる貴重な時間を削りやがって!」とめちゃめちゃ怒ってたけど、あたしはさっさとタクシーで陸軍病院に向かった。
病院には、ドクターが呼んでおいてくれた、サショウさんとリュウガさんがいた。
二人ともあたしの話を聞いて、最初はとても驚いていたけど最後には大笑いしてくれた。
「いいね!俺そういうの大好き!」とリュウガさん。
「リョウの顔が見ものだね」サショウさんも楽しそうに言ってくれた。
「お願いできますか?」というと
「もちろん!任せといて!」と親指を立てて承諾してくれた。
「早葵ちゃんの度胸には感服するね。さすがリョウの選んだ女性だよ」ドクターが褒めてくれた。
あたしの理解者であるというヨウゼイ氏には、ドクターから連絡してくれることになった。
ありがとう。
皆さんと知り合えて、本当に良かった。
そうして、瞬く間に10日が過ぎた。
6月15日、朝8時。
皆川駅下り列車のプラットホームに、あたし、遼、サショウさん、リュウガさん、ドクターそしてヨウゼイ氏とゲンダイさんが揃っていた。
あまり天気が良くなくて、むしむしする陽気の日だった。
遼とヨウゼイ氏とサショウさんリュウガさんがそれぞれが鉄道会社に掛け合って(遼はかなり露骨に瞬凱皇帝の名前を出したみたい)、今日の朝8時から9時半まで皆川駅を通る列車が運休になっていた。
でも本当に、何があるか判らない。
一般の乗客を巻き込むわけにはいかない。
あたしは軍から返してもらった制服を着て(冬服で暑い)、ダッフルコートと通学鞄、お弁当の袋を持っていた。
スマホも「なるべく元の状態に戻したから」とサショウさんが申し訳なさそうに返してくれた。
ヨウゼイ氏はゲンダイさんと一緒に、階段の踊り場辺りにカメラとPCなどの機材を持ち込み、動画をライブ配信する準備をしている。
皇帝がどうしてもその様子を見たいと仰せられたそうで。
心配してくださってるんだなと、有り難く思った。
サショウさんとリュウガさんはあたしたちより前に来ていて、階段下に結構大きなメカを設置し、PCのような機械につないでモニターをつけ、更に小さな機材をあちこちに仕掛けていた。
「人を通せる最小の歪曲円を作る。早葵さん、俺が言う方向にまっすぐ進んでね」棒つきキャンディを咥えながら、リュウガさんがモニターを睨みつつ真剣な表情で言った。
「早葵」と遼が呼ぶ。
振り向くと、もう泣いてしまっている遼が、あたしをぎゅーっと抱きしめた。
「早葵、幸せになってね。早葵、愛してる」
繰り返し呟く言葉に、あたしも泣いてしまった。
「早葵さん、そろそろ…」遠慮がちにサショウさんが声をかけてきた。
あたしは遼の身体を離して涙を拭いた。
皆さんにひとりひとり挨拶した。
カメラの向こうで見てくれている、皇帝にも頭を下げた。
午前9時13分。
「じゃあ、始めるぞ」
リュウガさんが言い、機械の出力を上げ始めた。
耳障りな音が辺りに満ちる。
14分。
「早葵さん、ここからあっちの方へまっすぐに進んで。階段の手すりの方へ」リュウガさんの真剣な声が響く。
あたしは「はい!」と言って、位置についた。
15分。
「行って!」の声を聴くと同時に、あたしは遼に向かって叫んだ。
「遼!来年のあの日、またあの場所で!」
そして階段の手すりに向かって走り、最後に振り向いた。
呆然としている遼
頭の上に手で丸を作っているリュウガさん
大きくガッツポーズしているサショウさん
笑って手を振っているドクター
心配そうなヨウゼイ氏
驚いたように口を開けているゲンダイさん
みんな、ありがとう!
手すりにぶつかってつかまると、世界が歪んで反転したような気がした。
眩暈がして、あたしは階段の下に座り込んだ。
心地よい人のざわめきの中、あたしは気を失って倒れた。




