第7章 来年のあの日、またあの場所で。
1.
遼から慌ただしく電話が入ったのは、雨の降る月曜の夕方だった。
「早葵、今から20分後に迎えに行く。すぐに出られるように準備しといて」
「え、どこに行くの?」
「宮殿の、作戦司令本部。今日これからしか、瞬の時間が取れない」
ん?皇帝の時間が…なに?
聞き返す間もなく、電話は切れた。
しかし…20分って!
あたしは大慌てで薄く化粧をし、着替えて遼を待った。
きっかり20分後に家に着いた遼はあたしを見て「うん、可愛い」と言って額にキスして、軍の車に乗り込み、エンジンをかけた。
「リョウガとユウリから報告したいことがあると連絡が入って。
同じく連絡を受けた瞬も、一度話を聞きたいと。
でも新皇帝として公務に忙殺されている時期だから、なんとか15分…はないかな。
侍従に無理いって時間をこじ開けさせて会ってくれることになったんだ」
リョウガさんとサショウさん…まさか!
遼を見ると、遼もハンドルを握りながら真剣な表情で頷いた。
「早葵を元の世界に帰す事に関してだと思う。
早かったな。さすがだよ」
遂にこの日が来た…
あたしも遼も黙り込み、軍用車は街中を突っ走って宮殿内に入った。
「遼玲様、奥様、お待ちしておりました。陛下ももうすぐお成りでございます」
謁見の時と同じ近代的な建物ので車を停めると、執事さんが出てきて案内してくれた。
こんなに急なのに、まったく顔に出さないところが凄い。
プロだわ…
なんて、わざとどうでもいいことを考えていた。
少しでも何の話かな、なんて考えたら泣いてしまいそうだったから。
「リョウ!早かったね。早葵さん、久しぶり」とサショウさんが言った。
「こんにちは。お手数おかけします」と頭を下げると「いえいえとんでもない。急に呼び出してごめんね」と笑ってくれた。
「即位式の時以来だな。あの日はお前、とんでもないことしてくれたよなあ。
あの後、ホール中が阿鼻叫喚で大変だったんだぞ」とヨウゼイ氏が苦り切って言った。
ああ…公衆の面前で遼があたしにキスして逃げたあれか。
やっぱりあの後大変だったんだ…すみませんでした。
「知ってるよ。
わざわざ動画撮って送ってくれたおせっかいな奴がいたから」と遼はぶすっとして言う。
「あーははー。だって面白かったんだもん」とリョウガさんが笑う。
リョウガさん…そういう人だよね…
「思い切ったことしたよなあ。早葵ちゃん、身の回りに気を付けてね」ドクターも笑って言う。
ホント…あたし暗殺されるかも。笑いごとじゃないよ~
そこへ「瞬凱皇帝陛下のおでまし~」と大音声で呼ばわる声がし、その場にいた皆は即座に緊張して遼は敬礼、他の人は深く頭を下げた。
「待たせた。早速だが、話に入ろう。人払いはしてある。忌憚なく話すように」
皇帝は入ってくるなり、慌ただしく言って中央の豪奢な椅子に腰かけた。
「遼、そなたが早葵とどうしても結婚したいと申すから、余は婚姻を許して戸籍を作りそなたの妻にして進ぜた。なのに早葵を元の世界に帰すとは、いったいどういうことか」
「結婚?!」と場がざわめく。
あれ、皆知らなかったのか。
「俺の戸籍にだけでも、早葵が確かにいたという証を残したかったから。結婚した」と遼は俯いた。
「では、早葵が元の世界に帰るということは了承ずみなのだな?」
「はい」遼は頷く。
「早葵も、それで本当に良いのだな?」
「…はい」あたしはぎゅっと目をつぶって首肯した。
他の4人は何とも言えない表情であたしたちを見ている。
皇帝は「…そうか」と呟くと立ち上がり、腕の装置を操作した。
「話は判った。
余はこれで公務に戻らなければならん。
元の世界に帰す話は、そち達で良きに計らえ」
そう言って身を翻すと、颯爽と部屋から出て行った。
「リョウ…本当に良いのか?」扉が閉まると、ヨウゼイ氏が口を開いた。
「結婚してたとか…知らなかったから。余計なことした?」とリョウガさんが心配そうに言う。
「良いんだ。俺と早葵とで決めたことだから」と遼はきっぱり言う。
「話を聞かせてくれ」手近な椅子に座り、あたしを手招きして横に座らせた。
「じゃあ…話を始めるよ」とリョウガさん。
「早葵さんが突如この世界に現れた、皆川駅の階段の様子を特殊な機械で測定してみたら、数値にばらつきがありすぎて、恐らく空間が定期的に歪んでいるんじゃないかと考えた。
もともと、なんだか判らないけど転落したり、転んだりする人が多い場所みたいだ」
あっとあたしは思った。
あたしの居た世界でも、あの階段って転落が多くて心霊スポットなんじゃないかって言われてた。
「全国的にも、神隠しの場所とかいう言い伝えのある場所は多い。
そういう場所も、恐らく皆川駅のように、異空間につながっているのではないかという仮説を立てた」
「口コミで騒がれてるところにユウリと行って、測定してみた。
皆川よりもっと数値の差異が大きな場所もあった。人を移動させるくらいの歪みってどれくらいなんだろうといろいろ試行錯誤して数値を割り出した」
「皆川は、普段はそんなに大きな歪みは発生しない。
早葵さんがこの世界に来た時には、たまたま人を移動させるくらいの特大の歪みがあったと考えるのが自然だと思う。
運が悪かったっていうか…」
そうなんだ…あたしはぎゅっと両手を握りしめた。
遼がその上から手を重ねて、優しく叩いてくれる。
科学的にというか物理的にというか、あたしがここに来た現象が二人の科学者と物理学者によって解明されつつある。




