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来年の今日、またこの場所で。  作者: 若隼 士紀
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第6章 6

6.


 即位式が終わって、少しは暇ができるのかと思っていたけど、遼は相変わらず忙しくて、遼の友人たちもそれぞれに仕事に追われているようで、なかなか集まる機会は持てなかった。


 あたしは暇を持て余し、自分もここにいる以上、何かをしなくちゃと思うようになった。

 高校に通うとかできるのかな。でも戸籍がないからダメかな。


 この世界にいる限り、あたしは何者でもないままなのか…

 遼という後ろ盾なしでは、幽霊も同然なんだ…


 その想像はあたしの心を暗く覆った。

 あたしという人間の存在意義。とか生まれて初めて考えた。


 遼は塞ぎがちのあたしを心配そうに見ているときがあったけど、何か声をかけてくることはなかった。

きっと何を言っていいか、判らなかったんだろう。


 ある日、夕食の後で遼がコーヒーを淹れてくれて「早葵、ちょっと良いかな」とダイニングの椅子を指さした。

 

 「何?」とあたしが椅子に座ると、遼は向かい側の席について、ちょっと言いにくそうに切り出した。

 「いろいろと面倒な手続きがあって、遅くなっちゃったんだけど。本当は即位式の前に何とかしたかったんだけど」

 「?」


 「結婚しよう」

 「はあ?」

 

 あたしは思わずコーヒーを吹き出しそうになった。

 何をゆーとるの、このお坊ちゃんは。


 「早葵があちらの世界に帰っても帰らなくても、俺は生涯、早葵としか一緒になる気はない。

 早葵だってこちらの世界にいるうちは戸籍がないと何かと厄介だし、俺は即位式の後みたいな面倒ごとに巻き込まれずに済む」


 「そんなことできるの?」戸籍を作るとか。

 「瞬凱皇帝陛下にできないことなんてないさ。

 ま、でも、早葵ひとりで独立した戸籍を作るよりは、俺の配偶者として作った方が手続きが楽なんだよ」遼はいたずらっぽく笑って言った。


 ああ、また無理やってくれたんだ。

 あたしは申し訳なく思った。

 「ごめんね。いつも迷惑かけて。少しでも早く帰る方法が見つかると良いね」あたしは俯いて言った。


 すると遼は慌てたようにあたしの手を取った。

 「本当を言えば、俺が、どんな理由をつけても、早葵と結婚したいんだよ!

 面倒ごとに巻き込まれるのが嫌だとかは後付けで。

 即位式の時だって、婚約者じゃなくて令夫人って呼ばせたかったんだけど、ちょっと間に合わなかった」


 そのままあたしの手を軽く握って「それで…返事は?」とあたしの顔を覗き込んで言った。


 「あたしがもし、異世界に帰ることになったら、離婚すること。

 その条件を飲んでもらえるなら。結婚してください」

 「…えーっ」と遼は頭を抱えた。


 「あたしだって遼に幸せになって欲しい。いつか幸せな家庭を持ってほしいと思ってる」

 その相手があたしだったら、最高だったんだけど。

 

 遼はあたしの手を握ったまま俯き、長いこと考え込んでいた。

 やがて顔を上げたときには、瞳に涙をためていた。


 「早葵の願いなら全部叶えたいと思うけど、その条件だけは飲めない。

 俺は、俺の戸籍に早葵の名前を永久に残すことで、命がけで愛した早葵という人の記憶も残したいんだ。

 早葵が離婚してこの世界からいなくなったら、戸籍も抹消されて何も残らなくなってしまう。

 俺にはそれは耐えられない」


 零れ落ちる遼の涙を見て、あたしは胸を突かれた。

 遼の苦悩は、あたしの比じゃない。

 

 「判った。でもいつか、大切な人が現れたら、ちゃんと消してね?」

 あたしが笑って言っても、遼は涙をこぼして首を振る。

 「じゃあ、結婚できないじゃん~~」冗談めかして言うと「それは困る!」と言って

 「早葵の言うとおりにする。いつか、そういうことがあったら」約束してくれた。


 婚姻届けとか書くのかと思ったら、単に手続きの問題だしイレギュラーな案件でもあるので別に書かなくていいってことだった。

 なあんだ。ちょっと残念。


 とにもかくにも、あたしは対外的には「伊哉早葵」になった。

 よもや17歳で結婚する日が来ようとは。しかも夫は18歳。

 いやはや。人生って判らない。

 

 戸籍もできたことだし何か学校とか通いたいな…と思って、学校案内などを取り寄せて遼と一緒に何が良いかなとか考えたりして過ごして、平和な昨日の続きの今日だと思っていた、日に。


 思ったよりもずいぶん早く、その日は訪れた。

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