第6章 3
3.
「先に紹介する。こいつは俺らの高校・大学時代の友人で、キドウリュウガ。
帝国科学研究所に勤務してる」
とヨウゼイ氏が紹介してくれて、リュウガさんはぺこっと頭を下げた。
「で、リュウガ、こちらがリョウの婚約者の川上早葵さん」
あたしが「初めまして…」と言うと「早葵さんもいろいろ大変だね?」とにこっと笑ってくれた。
「早葵さんに話があると言ったのは、昨日最後に少し話した、早葵さんを元いた世界に帰すという件についてだ。
俺たちはできるだけ、早葵さんの意思を尊重したいと思ってる。
だから率直に話してほしいんだ」
とヨウゼイ氏は言う。
「現実的に可能なんですか?」とあたし。
帰りたいといったところで、机上の空論では仕方がない。
「うーん。まあ、それはこれからだけど」ヨウゼイ氏は顎を撫でる。
「さっき、内閣調査室のゲンダイさんが分析したというビデオ画像を見せてもらった。
仮説はいくつか立てている。
物理学の天才もいることだし、協力してやっていくよ」とリュウガさんはサショウさんを見た。
「専門外だけど。頑張ります」とサショウさんは自信なさげに笑う。
「で、早葵さんは本当のところ、どう思ってる?昨日はよく解らないってことだったけど」
「…帰れるものなら、帰りたいです」とあたしは言った。
皆は一斉に、ふーん…という感じで上を向いたり下を向いたりした。
お手数おかけします。
「実は、早葵ちゃんを帰すっていうのはリョウの強い希望でもあってね」とドクターが言った。
「ここ最近に立て続けに起きた出来事で、リョウのやつ、だいぶ参っていて。
魚釣島の戦闘で目の前で部下を亡くして、PTSDになった。
早葵ちゃんの暗殺未遂が起きて、それを実行したのが友人だった」
「陰で糸を引いていた人物にそれほど憎まれてるとは思っていなかったようだし、更にそいつは逃げて実行犯の友人だけが処分を受けた。
早葵ちゃんのスパイ容疑にもずっと心を痛めていたみたいだし。」
「PTSDは精神科医のところへ行ってだいぶ改善されてたんだが、さっきの様子見てわかると思うけど今ちょっとうつ傾向にある」
「ここ2~3日、情緒が不安定だなとは思ったんですけど…」
「そうだろう?で、リョウの中でいっぱいいっぱいになっちゃったらしくて、自分には早葵ちゃんを守れないとか、無力だとか言い出して。
なんかどうも、早葵ちゃんが気を失って葉山くんの名前を呟いたことがあったとか…
本来、いるべき世界に帰したいと」
「心理療法的にはどうなんだ?」とリュウガさんが枝豆をつまみながら言う。
「そうなんだよな…早葵さんを帰した後の喪失感の方がでかいと思うんだけど。
できればリョウの治療のためには早葵さんにいてもらった方が良いんだが」
と言って、ドクターはビールを飲み干した。
「しかし、早葵さんだって来たくてこの世界に来たわけじゃない」とヨウゼイ氏が言ってマリネのキュウリをコリコリと噛んだ。
「まだ高校生なのに家族や友人たちから理不尽に引き離されて、たまたま拾った男の婚約者になれとか国家権力からのスパイ容疑とか、本当に可哀相だと思うよ」
そりゃそうだ…と皆で頷く。
「最初は俺らも正直、リョウは何かに騙されてるんじゃないかと思ったんだが。
あの孤独なワーカホリックに一番有効なのは、恋愛だからな。リョウは権力もあるし。思い通りにしたいと思えば息のかかった女を送り込むのが一番だろう」
あたしはさっと青ざめた。
サショウさんが慌てて「シイネ!言い方があるだろ!」と言うと「いやだから、早葵さんは違っててリョウは幸せもんだなと」と取ってつけたように言った。
あたしは傷つきながらも、ヨウゼイ氏の言っている内容は理解できた。
これだけリョウのことを大切に思っている友達なんだから、突然現れた正体不明の女に対してそう疑うのは当たり前だ。
「早葵さん、シイネは最初こんな調子でね。俺らの中で一番、早葵さんの存在に疑いを持ってた。
だけど解明されるにつれて、一番の理解者になったと思う。同情じゃなくてね。
だから今ではシイネが一番、早葵さんの意思を尊重したいと主張してるんだよ」とサショウさんは微笑んでいった。
「奥さんにもその優しさがあればなあ」とリュウガさんが唐揚げをかじりながら言う。
「離婚されずに済んだろうに」
「うるさい!離婚されたからこそ解ることもあるんだよ!」とヨウゼイ氏は唸るように言ってビールを飲む。
あたしを元の世界に帰す方向で、早急に準備にとりかかろうということになって、その日は解散した。
即位式もあるし、ドクターは皇太子殿下からあたしの細胞のゲノム解析を命令されてるので、できるだけ早く、って感じだったけど。
「即位式では、リョウの昇任伝達式もあるから楽しみだね。
早葵さんにかっこいい所見せたいらしくて、剣舞の練習頑張ってるみたいだから」とサショウさんが笑った。
昇任伝達式の剣舞…
なんのことだか判らないけど、楽しみにしておこう。
皆が帰ってテーブルの上を片付け、ほっと一息ついて遼の部屋へ行った。
薄明りの部屋の中、遼は眠っている。
あたしは机の前から椅子を引っ張ってきて、ベッドサイドに置いて座った。
遼の手を取って頬にあてる。
遼…ごめんね。あたしの存在があなたを苦しめてるんだね。
帰りたい。
でも、遼と離れたくない。
遼が一緒に、あっちの世界に行ってくれればいいのに…
あたしは遼の顔を見つめて、静かに涙を流していた。




