第5章 3
3.
サショウさんは壇上に上がり、皇太子殿下にぺこりと一礼すると口を開いた。
「俺はシイネに頼まれて、早葵さんのスマホの解析をしました。
機械的な詳しい話は、言っても解らないと思うので省きます」
「IPアドレスが大日本帝国で割り振られている番号ではなかったので、アジア太平洋地域とそれ以外のNIR、IANAまで遡って調べたけど、どこにもないものでした」
「というか、そもそもの構造部分の思考が違うような感じで、俺としては解析していてとても面白かった。
こういう理論で、今我々が使っているスマホとほぼ同じ働きをするものができるんだ、と。
こんな場面でなかったら、ぜひ学会で発表したい。
まずこのアプリケーションプロセッサに関してだが」
と、スマホの分解写真をスクリーンに映し出し、目を輝かせて話すサショウさんに、何となく場の空気が引いた。
「うんまあそれはいいよ。俺たちに解るように話してくれ」
とヨウゼイ氏が苦笑して言い、サショウさんは目に見えてへこんだ。
可哀相…
でもあれ、あたしのスマホのバラバラ解体写真だよね?
どーなるの、ちゃんとした形で返してくれるの?!
「えー…結論から言いますと、このスマートフォンはこの世界のものではありません。
早葵さん自身とか周囲の人に、ものすごい技術者がいて開発したとかいうものでない限り」
そんなわけない!
あたしはプルプルと首を横に振った。
「スマホに内蔵されている電話帳に登録されていた電話番号も、我々が使っているものとは全然違うものだった。
従って、この電話機能で電話をかけてもどこにも繋がらないし、どこからも着信できない。
通話記録が残っているところを見ると、使用できたことがあるんだろう。
インターネットも然り。このスマホでは接続自体が不可能だ」
とヨウゼイ氏は言った。
あたしの方を見て「見たことのないアプリがたくさんDLされていた。個人的には、どんなものか聞いてみたい」と少し笑った。
笑うとすごく柔らかい印象になった。
「次に、早葵さんが所持していた通学鞄に入っていた、様々な教科書や資料集、などを分析した結果についてだ。
大日本帝国では発行されていない教科書で、聞いたことのない教科名もあった」
とヨウゼイ氏が説明し、サショウさんと代わった。
「シイネが着目したのが、日本史という教科書と資料集でした。
渡されて読んでみて、衝撃を受けました。
年表を出します」
サショウさんはPCを操作し、スクリーンに教科書の後ろに添付されている年表を広げたものを映し出した。
「これで見ると、古代から幕末の頃までは我が国の歴史と同じです。
それに付随している世界の歴史も同様です。
ただ、近代以降が全く違うのです。
特に第二次世界大戦、戦後というところが、何ともはや」
サショウさんが近現代を拡大し大写しにすると、場がざわめいた。
「嘘だろ…」とドクターが呟いたのが聞こえた。
「嘘でもパロディでも、我が国でこんな印刷物を出版したら不敬罪で投獄されます。
まして学校で教材として使うとはあり得ない。
この教科書と資料集の記述は一貫しており、授業内容をまとめたプリントや早葵さんのノートもまったくこれに沿った内容でした」
「我が国の歴史とこの教科書を詳細に比較検討した結果、我が大日本帝国と早葵さんのいた日本国は西暦1868年前後に、何かの理由で一つの時間軸から二つに分化したのではないか、と結論しました」
場がしーんとなる。
遼が「パラレルワールドってことか?」と訊いた。
「そういうことになるね。俺もこんなことが本当にあるのかと、めっちゃ驚いた。
外国の小説や映画でしか見たことないからねぇ」
とサショウさんは目を見張って言った。
サショウさんが演壇から降りると、ヨウゼイ氏が「凛樹、お前の番」と言って、ドクターは立ち上がってその場で口を開いた。
「シイネから、早葵さんについて何か言いたいことはあるかと訊かれて、なんだかよく解らないままに参加したんだけど…
えーっと、俺は魚釣島での戦闘で兵士の治療と、敵が使った生物兵器の分析とワクチン開発をやった。
インフルエンザに類似した、新種のウィルスであることが判った。」
「型番などの詳しい説明は省くが、既存のウィルスよりも感染力が非常に強く、潜伏期間がほとんどなくすぐ発症し、また劇症化しやすいことが判っている。
体力のない老人や子供なら、感染して半日保たないかもしれない」
「そんな恐ろしいウィルスに感染したくせに、リョウの大莫迦が解熱したとたんに早葵さん愛しさでICUから脱走して家に帰ってしまった。
まだ感染経路も特定できていなくて、家に帰ってまたぶっ倒れたリョウを動かすこともできなかったから、在宅治療する選択をした」
皇太子殿下を含む、そこにいたすべての人が、はあーっとため息をついた。
「何だよ、そのリアクション…」と遼はブツブツ言う。
「リョウが無防備の早葵さんに抱きついたりしたもんだから、早葵さんの血液を採取して、もしもの時のためにワクチンを使用できるか血清を使って検査した。
そしたら、早葵さんにはこのウィルスに対する免疫が既にあることが判った」
「このウィルスは自然界には存在しない。人工的に作られたものだ。
現時点ではWHOにも報告されていない。
俺はこれをどう考えて良いか判らなかったが…」
「早葵さんに頼んで、追加で血液を採取させてもらい様々な検査を行った。
現代日本人なら持っていて当然の抗体がなかったり、見たこともない塩基配列があったりした。
大日本帝国以外の土地の地域性なのか、とも思った」
あたしは、血の気が引いていくのが判った。
ゲリラ達そのものか、それを裏で指揮した国家の仲間かもしれないって疑われたんだ…
「凛樹!お前何言ってんだ!」と遼が激昂し椅子を蹴って立ち上がる。
掴みかかりそうになるのを「リョウ!皇太子殿下の御前だぞ!」慌ててヨウゼイ氏が止めに入る。
「ふうん…」と、皇太子殿下が静かに声を発した。
その場がピリッと緊張し、皆が次の言葉を待つ姿勢になる。
「凛樹、早急に早葵の遺伝子をゲノム解析して、各国のゲノム解読結果と比較してみるように。
結果は可及的速やかに報告すること」
と言い、凛樹さんは「はっ!」と返事をした。
遼はヨウゼイ氏に羽交い絞めにされながら、見たこともないような表情でドクターを睨んでいる。
せっかくスパイ容疑晴れたのに…
あたしは大声で泣きだしたい気持ちだった。




