第5章 御前会議
1.
「お、早葵ちゃん、可愛いね~」
と言って軽く手を挙げて挨拶してくれたのは…ドクター!
術衣のようなぴったりした白衣に、身体にフィットしたスラックスを合わせて、腕を組んで机に腰を下ろしている。
長い白衣を着て髪を後ろで結び、黒縁の眼鏡をかけたいかにも頭の良さそうな人が
「え、初めましてって俺だけ?」
と言って立ち上がり、「初めまして。サショウユウリです。よろしく」とあたしに握手を求めてきた。
「あ、初めまして…」
と言って握手すると「噂にたがわず、可愛い人だね」とにっこりした。
「しっかし、リョウ。お前なんだその気合の入った格好は」と、お見舞いに来てくれた、濃紺の地味なスーツを着て口ひげを生やしている人(名前は確か、ヨウゼイシイネさんだ)が呆れたように言った。
内閣官房のお役人で、お堅い感じの中にも、遼と気が合いそうなヤンチャな部分が見え隠れする。
「この後デートだからな~気合いも入るって」と遼はニヤニヤして髪をかきあげる。
ヨウゼイ氏の後ろに控えているスーツの男性以外の3人が、はぁーっとため息をつく。
あたしはきょとんとした。
デート?なにそれ?
「お前ってほんっと自由ね…
お前のために集められて、皆仕事抜けてきてるって知ってる?」とドクター。
「それもお前らの仕事だろ。
大体、俺が呼べって言ったわけじゃない。瞬が言い出したんだから」
「…この、天邪鬼め」とヨウゼイ氏が低く言う。
なんだろう、この異様に和気あいあいとしたラフな集まりは…
どうなってるの???
ポカンとしていると、スクリーンの裏側のあたりから大きな声で「瞬凱皇太子殿下のお出まし~」と呼ばわるのが聞こえた。
部屋にいた男の人たちは一斉に立ち上がり、遼は敬礼、他の男性は皆深々と頭を下げた。
あたしも昨日教わった通りにお辞儀をする。
スクリーンが上がり、奥に整然と並んだ計器類やモニター類の横のドアから、軍服を着た背の高い若い男性が現れた。
「やあ、皆久しぶりだ。顔を上げて」と深みのある優しい声が聞こえ、皆が「はっ」と言って敬礼を解き頭を上げた。
皇太子殿下は壇上の真ん中に置かれた豪奢な椅子に腰かけ、あたしの方を見て「そなたがリョウの婚約者か」と言った。
あたしはお辞儀をし「皇太子殿下におかれましては…」と言いかけたところで「良い、良い。今日はそのような集まりではないのだから」と優しく微笑んだ。
「人払いはしてある。楽にするように」と言い「リョウ、この度の戦闘ではそなたも大儀であったな」と労った。
遼は笑って「こちらこそ。早葵の件では世話かけちゃって」と雑に応じた。
おいおいおい。という皆の視線。
特にヨウゼイ氏の部下らしき人は驚いて目が飛び出そうになっている。
「あと、ヤジョウ伍長の件はありがとう」と遼は少し目を伏せた。
「早速ですが殿下、宜しいですか」とヨウゼイ氏が咳払いをして「許す」という返事を聞いてから「今日、皆に集まってもらったのは、リョウの婚約者の早葵さんの件についてだ」と声を張った。
「これは極秘事項中の極秘事項で、ここにいる者とあと調査にかかわったごく一部の者しか知らない。その者には決して口外しないという誓約書を書かせ血判を押させた。
皆も心して、参加して欲しい」
…凄いことになってるんだ、やっぱり。
あたしは俯いた。
遼が肩を抱いて励ますように軽く叩いてくれる。
「まず、俺から経緯を話す」と殿下の許しを得て皆を着席させてから遼が立って言った。
「あとでシイネがいろいろ補足してくれると思うけど、とりあえず早葵から聞いた事も合わせて、実際に体験したことだけ」
皆が頷く。
遼は4月1日の出来事を時系列で要領よく語っていった。
・あたしが普段通りに午前8時に皆川駅に到着の電車に乗って皆川駅で下車した。
・駅のホームの階段で眩暈を感じ、世界がゆがんだような気がして、気が付くと誰もいなかった。
・スマホで自宅に電話をかけたが、途中で切れて繋がらなかった。
・駅の出入り口が封鎖されていたため、線路に降りて駅から出た。
・遼がお母さんの墓参りを終えて皆川駅まで来たところで、踏切から現れたあたしを発見した。
・何か訳ありのようだったので実家に連れて帰った。
・話を聞いて異常だと思ったが、嘘を言っているようではなかったので信じることにした。
・翌日から出征だったのでとりあえず自宅に連れて帰る許可を取り、婚約者として軍に届け出た。
軍でスパイ容疑がかかるのは必至だったので、監視役として多華さんを推したんだって。
でも多華さんは遼の身内だから、軍が多華さんの監視役に藤堂准尉を任じたらしい。
知らなかった。
遼が語り終えて座ると、次にはヨウゼイ氏が立った。
「内閣官房内では、主に俺とこのゲンダイ(と、部下らしき人を指した)の二人でこの問題を処理している。
俺たちが調べたことを報告する前に、藤堂准尉からスパイ容疑についての調査報告と軍の見解等を聞いてあるので、その動画を見てもらう」
「本当ならこの場に呼びたかったんだが、一昨日に発生した、軍内部の人間による早葵さんの暗殺未遂事件の調査に関わっているので来られなかった」
「えーっ…結構ハードな日常なんだねえ…」思わずと言ったようにサショウさんが呟く。
そーなんです。ハードすぎて、なんかいろいろな感情が麻痺しちゃってます。
ヨウゼイ氏が演台に立ち、手元の機械を操作するとスクリーンが降りてきた。
皇太子殿下の豪奢な椅子もそれに合わせて自動で移動していき、ベストポジションでピタッと停まった。
スクリーンには緊張した面持ちの藤堂准尉の厳つい顔が大きく映っていた。
なんか既に懐かしいような気がする。




