第4章 6
6.
翌朝、あたしは早めに目が覚めてしまい、しばらくベッドの上でボーッとしていた。
6時半ごろ慌ただしく玄関のドアが開け閉めされる音が響き、あたしは何事かと起きて部屋のドアを開けて廊下を覗いた。
部屋の目の前に何か大きな、家具?のようなものがドンと置かれていて、あたしは驚いてパジャマのまま部屋を出てリビングに入った。
「あ、おはよう。よく眠れた?」とダイニングにいた遼が微笑んだ。
「…おはよう…あれ何?」と訊くと、「ああ、これから早葵の部屋に運び込むから。ちょっとここにいてくれる?」と言われ、あたしは不得要領のままソファに座る。
遼はあたしの前にコーヒーマグを置くと、自分も左手に持ったカップに口をつけながら「砂糖とミルク入ってるから。テキトーで申し訳ないけど」と言って、ちょうど廊下から呼んでいる業者さん?に返事をしながら出て行った。
遼のやることはよく判らない。
大抵は後でちゃんと説明してくれるけど、なんと言うか結構置いてけぼり感がある。
サプライズ好き、と言うわけでもなさそうなんだけど…要するに事前に了解を取るとか説明をするとかっていう必要を感じていないっぽい。
ここは改善の余地ありだなぁ。
とあたしは甘いコーヒーを飲みながら独りごちた。
廊下からはしばらくえっほえっほと家具を運び込む音が聞こえたり、何か遼が指示を出している声が聞こえていたけど、やがてありがとうございました〜と元気な声を残してしんとなった。
遼がリビングのドアを開け「早葵、おいで」と言って手招きした。
あたしの使っている部屋には、大きな鏡台と引き出しのタンスが置かれていた。
「今まで気づかなくてごめんね。
昨日、式部職のコウ小母さんと宮廷で行きあって、女の子の部屋なんだから鏡台くらい設えとけって怒られちゃってさ。
急いで帝室に出入りしてる業者に手配したんだ」
コウ小母さん…ってあの昨日の式部職の優しい先生か。
かなり高い地位の人だったみたいだけど…小母さん呼ばわりってすごいな。
本当に宮殿で育った人なんだ。
「あたしは別に、洗面台でも全然平気だったんだけど…あの洗面台巨大だし。椅子もあるし。
でも、ありがとう。嬉しい」
とあたしが言うと、遼は「良かった」と笑って「今日は10時ぐらいにはここを出発するから、このまま朝食にして準備しよう」と部屋のドアを閉めた。
二人で簡単な朝食を作って食べ、それぞれ準備を始めた。
あたしはとにかく慣れないメイクにてこずったけど、なんとか9時半過ぎには終わらせて部屋を出てリビングに行った。
リビングはTVがつきっぱなしになっていて、遼は居なかった。
所在なくソファに座ってTVを見ていると「準備できた?」と言いながら遼が入ってきた。
振り向くと、タキシードに身を包み髪をオールバックに整えた遼がブラックタイを片手で触りながら立っていた。
あたしはもう少しでため息が出てしまうところをかろうじて留めた。
カッコ良すぎる…イケメン過ぎる…
「早葵、立ってみて」と遼が言い、あたしが立つと遼はあたしをあちこちから眺めて「OK 完璧だ」と言ってTVを消した。
「車寄せに車を出してきたから、すぐに出よう」
マンションの入口の車寄せに、赤い背の低い二人乗りの外車が停まっていて、遼は助手席のドアを恭しい手つきで開けてくれた。
「どうぞお嬢様」
「ありがとうございます…」とあたしが戸惑いながら乗ると 遼は笑って「ございます、は要らないよ」と言ってドアを閉めた。
運転席に乗り込んでエンジンをかけ、車を滑らかに出発させる。
「車、運転できるんだ…」と言うと、少し笑って「滅多にしないけどね。まあ、これでも帝国陸軍の兵士ですから。必要とあればジープでも戦車でも運転しますよ」と言った。
それきり二人とも黙りこみ、あたしは外の景色を見る振りをしながら遼の横顔を眺めていた。
だって。こんなに素敵な横顔を見ないでいるなんてもったいない!
病気をしたせいで少し痩せてシャープになった顎のラインとか、くっきりした二重の目とか通った鼻筋とか心持ち薄い上品な唇とか…
ここのところ、ジムに通って鍛えてるせいか首から肩にかけてたくましくなったような気がする。
こんな人が本当にあたしの婚約者でいいのだろーか。
あたしは思わずため息をついた。
葉山くんとつきあってたときも、よくこういう劣等感を感じていた。
自分に自信が持てない。いつまでたっても進歩がない。
「早葵、緊張してるの?」と笑いを含んだ声で前を見つめたまま遼が訊いてきた。
「そりゃ…宮廷に行くなんて生まれて初めてだし、まして皇太子殿下に会うなんて、どうしたらいいか」
「普通にしてれば大丈夫だよ。今日は非公式だし、シュンも公務の合間に来るだけだから。緊張することなんて何もないさ」
そりゃあなたはそうでしょうけど…
にわか仕込みのマナーで、本当に大丈夫なんだろうか。
そうこうしているうちに宮殿の大きな大きな門が見えてきた。
車が敬礼している警備員の前で停まると、門が観音開きに自動で奥に開いた。
車は中に滑るように入って行き、もう一つ門を潜って砂利の道に入って更に奥へ進んで行った。
自然豊かな道をかなり走って、近代的なビルの建物の前まで来て、遼はようやく車を停止させる。
遼は車を降り、迎えに出て来た人に車のキーを渡して、あたしの方へ回ってきてドアを開けてくれた。
手を取って外へ降ろしてくれる。
「他のメンバーは?」
「もうお揃いですよ」
と執事然とした年配の紳士が言う。
「俺だって職場から来りゃ早いんだよ」
「随分めかしこんでいらっしゃいましたね」とあたしと遼を眺めて、口許を緩めた。
「そりゃ、自慢の彼女を紹介するんだからな。気合い入れないと」と遼が威張って言うと
「左様でございますね。どうぞ、こちらでございます」と案内してくれた。
中は想像していたようなゴシック様式?エリザベス様式?とかではなく、普通にインテリジェントビルだった。
生活感のない廊下を進んで行き、エレベーターに乗って16階で降りて「参謀指令室」という部屋の前で止まって、執事さんはドア横のスリットにカードキーを差し込んで滑らせ、指紋を認証させてドアを開けた。
中にはもう一つドアがあり、執事さんがノックしてドアについた電子錠を押して開け
「伊哉遼玲様と御婚約者川上早葵様のご到着でございます」
と言った。
中には、大きなスクリーンが天井からさがっていて、それを丸く囲むように長テーブルと長椅子が3重に置いてある、結構広い部屋だった。
そこに思い思いに腰掛けたり立ったりしている男の人が4人居て
「遅えよ、リョウ」
と声をかけてきたのは…遼のお見舞い来てくれた、遼の友達だった。




