第4章 4(2)
4.(2)
やっと皆が帰ると、深夜になっていた。
あたしがすきっ腹を抱えてベッドにボーっと横になっていると、ドアがノックされて「早葵、良い?」という声とともに遼が入ってきた。
「遼…」
「ごめんね、遅くなって。お腹すいただろ?
今日はハウスキーパー断っちゃったから、これ、部下に買ってこさせた。食べよ」
とコンビニの袋を見せた。
リビングのソファに並んで座り、コンビニのお弁当を食べた。
遼は疲れた表情で、黙々と噛んでいる。
「もう、キッチンは使えるの?」と尋ねると「うん。完全に解毒して消毒したから大丈夫だよ」と言った。
「毒…があの花束に入ってたの?」
「そう。バラの棘に塗ってあった。あと黒い電子部品みたいなの見た?」
「うん、見た。あれは?」
「盗聴器。チャチなやつで、水に濡れてとっくにオシャカになってた」
あー。あたしが思い切り深く水に漬けちゃったから。
遼は大きなため息をつくと、お弁当の容器を置いてお茶のペットボトルを手に取った。
「ショウは士官学校時代の同級生で、特別優秀ではなかったけどとにかく人懐こくて皆から好かれてる奴だった。
うまく立ち回るとか人の考えの裏を読むとかが苦手で、要領のいい奴らに利用されることがあったりして心配な部分もあったんだ」
「たぶん軍の中央本部にいる、俺を排除したい勢力の何某になにかうまいこと言われて丸め込まれて利用されたんだろう。
調べたら親御さんが昨年亡くなられたらしいから、中央勤務でもエサにされたかな。
でも悪者にはなりきれない、そんな奴なんだ」
ペットボトルのお茶をがぶっと飲み、遼は瞳を怒らせた。
「絶対にこの件の首謀者を暴いてやる。
あんなお人好しの素直な奴を利用するなんて許せない」
「遼…」
でもあんまり無茶しないで、とあたしは言いたかったけど言えなかった。
遼のあの悲痛な声や表情を思い出してしまって。
「良いお友達だったんだね…」
「ああ…」
遼はあたしの方を向いて「でも今回一番許せなかったのは、早葵をターゲットにしたことだ」と言った。
「たまたま俺がいて、ショウの様子がおかしいことに気づいて花束を疑ったから被害がでなかったけど、早葵が一人でいたらあの花束を花瓶に活けただろう。
あの棘を素手で触っていたらどうなってたか判らない。
今回は爆発物なんかは入っていなかったけど、そんなものが仕込んであったらと思うと…」
え…
あたしは血の気が引いていくのが判った。
あたしが、狙われたの?
遼はあたしを強く抱きしめて「ごめん。俺の配慮が足りなかった。もっと早葵の周囲にも気をつけなきゃいけなかったんだ。俺の友人まで使ってくるとは思わなかった。甘かった」と悔しそうに言った。
「今までは俺にはこんなに大事な人がいなかったから、プライベートにはほとんど考えを及ぼしたことがなかった。ここにだってたまに寝に帰ってくるだけで、軍に泊まり込んでることが多かった。仕事をするのにそっちの方が何かと都合が良かったから」
「だけどこれからは、家のこともちゃんと考えなきゃいけないってことを身に染みて感じた。
結婚なんて、俺の方がまだ未熟でできないよな。もっと大人になって早葵や家族を守れるような男にならないと」
遼は両手であたしの両頬を包み「特権階級とは名ばかりの、敵だらけの俺だけど早葵を守れる男に必ずなるから。待ってて欲しい」と言って優しくキスした。
あたしは遼の目を見て言う。
「敵だらけじゃないと思うよ。あたしこの数日、お見舞いに来てくれた遼の友達に何人も会ったけど、皆本当に良い人ばかりだった。
遼のこと、全然特別な目では見てないし学生時代のヤンチャな話とかたくさんしてくれて、皆遼を可愛い弟みたいに思ってるのが判ったし」
「えっ!あいつら早葵に何話したんだ?」と遼は目を剝いて言う。
「まあいろいろ」とあたしは笑い「他にもドクターとか、見城の伯父様とか雷波さんとかも絶対遼の味方だし、ショウさんだって、こんなことがなければきっとずっと良いお友達だったと思う」
遼はあたしの肩を抱いて「そうだよな。訪ねてきてくれて本当に嬉しかったんだけどな」と寂しそうに言った。
「ところでさ。早葵に聞きたいことがあるんだけど」と遼は口調をがらっと変えた。
「え?何?」
「誰かに口説かれたりしなかった?大丈夫だった?」
「は?」
「なんか、ここに来て早葵に会った奴ら皆『すっごく可愛い婚約者だった』とかあちこちで触れ回っててさぁ。
それは俺としては嬉しいというか、そうだろう?可愛い娘だろう?俺の自慢の彼女だぞおって感じなんだけど」
イヤそれは…年齢が幼いからっていう意味じゃないのかな。子どもを見れば可愛いと感じる。
ぜんっぜん女性として見られてる感じはなかったよ?
皆さん紳士な大人の男の人だった。
「遼が心配するようなことは何もなかったけど」
「ああでも、心配で仕方ない。軍でもどこにでも一緒に連れて行きたい。許可下りるかなあ。
早葵もあんまり可愛い恰好とか、メイクとかしちゃダメだよ?変な男が寄ってきたらいけないから」
「・・・・・」
あたしは呆れて声も出なかった。
どーしちゃったの。突然のキャラチェンジですか?
「本当は瞬にも会わせたくないんだよ。俺は瞬にだけは逆らえないから。
瞬が早葵を気に入って、側仕えにしたいとか言い出したらと思うと」
恐れ多くも畏き皇太子殿下が、こんな庶民の普通の女子を側仕えに思召すなんて絶対にありえないと思うけど。
「早葵は、俺だけのものだ。
こういう言い方は良くないって解ってるけど、でも俺には、俺そっくりの葉山っていう強大な敵が既にいるんだから。
早葵がこの世界にいるってことだけが俺の葉山に対する唯一のアドバンテージなんだから、絶対に俺だけのものだって言いたい」
えっ!!
あたしは驚いて遼をみた。
遼の目は少し潤んでいるように見える。




