第4章 4(1)
4.
それから3日くらいして、ドクターがようやく愁眉を開いた。
それでも他の隊員の人たちと比べても驚異的な回復力だったみたい。
今後は体力をつけて出仕できるように体調を整えていくってことで、外出も可能になるんだって。
PTSDについては、うなされて起きることはなくなったけど他の後遺症が出る心配もあるので、精神科の先生のところへ通うことになった。
多華さんのお父さんとお兄さんのライハさん(雷波って書くんだって)もお見舞いに来た。
緊張して迎える遼を見て、あたしはやたら舞い上がってしまい、なんかうまく応対できなかったけど、後で聞いたら良いお嬢さんだねって言ってたよと。ホントかなあ…
多華さんはとにかく即位式の準備に追われていて、ろくに家にも顔を出していないらしい。
忙しいときにあたしの世話&監視っていう余計な仕事突っ込んじゃって本当にごめんなさい。
いつか何かで恩返しできるといいなぁ。
せっかく治ったのに、とにかく遼が忙しくてあまり一緒に過ごす時間はなかった。
床上げした当日にもう部下を呼んであれこれ仕事の指示を出し、あちこちに連絡を取って人が訪ねてきたり、ずーっと部屋に籠って何か書いていたり、その合間に体力づくりのためにジムに通ったりしていた。
部下の人は「これでも、今は対外的な仕事がないので忙しくないほうです」と苦笑いしてたからドクターが以前に「コイツは真正ワーカホリックだから」と言っていたのは本当だったんだ~。
おかげでお見舞いに来てくれた遼の友人の人たち(遼の言った通り皆年上だった)の応対はほとんどあたしがする羽目になり、すごく疲れた。
皆大人なので、深い事情は突っ込んで訊いてはこなかったけど、興味アリアリだった。そりゃそうだろうな~
皆口を揃えて「あのリョウがねえ…まさかと思ったけど本当だったんだ」とか「リョウのワガママに付き合ってやる必要はないんだよ」とか「リョウのことで困ることがあるだろうから、そういう時は相談しておいで」とか散々なことを言ってたけど、面白がられながらも可愛がられ、信頼できる友人がたくさんいる遼が羨ましかった。
ある日、遼の士官学校時代の友人という人が軍の仕事の関係で近くに来たから、と訪ねてきた。
その時はたまたま遼がいて「ショウ!なんだ久しぶりだなあ」と嬉しそうに出迎えた。
「大佐昇進おめでとう。あと婚約おめでとう」とショウさんは大きな花束をくれた。
笑うと目許の優しい、とても人の好さそうな笑顔の人だった。
遼は「お、ありがとう」と照れたように言って受け取った。
あたしは急いでお茶を淹れて持っていき、花束は後で処理しようとシンクの水を張った桶の中に入れておいた。
ショウさんはソファに座って部屋を見まわしていた。
「俺は地方任官になったから中央本部には全然来ないし、ここの官舎にも初めてきたけど凄いねぇ。
こんなところを支給されてるなんて中央の人はいいなあ。地方じゃ考えられないスケールだよ。中央本部も大きすぎて迷ったし」
「あ、そうかショウは実家の近くに志願して任官になったんだっけ?」と遼が言うと「そう。岡山。すごい田舎だよ」と笑った。
「でもそんな田舎にも、今回の君の名声は轟いてるよ。そもそもその年齢で少佐だったのも凄いのに大佐に二階級特進だって聞いて、やっぱり生まれの違う人は持っている星も違うんだなあって思ったよ」
え…
あたしはちょっと違和感を感じた。
「そんなことないさ。俺だって死にそうになったし。大切な部下も亡くした」と遼が笑みを消し声を落とすと
「だけど皇太子殿下からリョウを絶対に死なせるなとご下命があって、陸軍だけじゃなくて海軍・空軍や帝国化学研究所の総研究員、御典医まで駆り出して徹夜でワクチン開発したっていうじゃないか。
こんなことしてもらえるのは君だけだよ。ほんと凄いと思う」とニコニコして言う。
「その上こんなに可愛い婚約者までいて。ダイトウから聞いたけど、なんかちょっと訳ありなんだって?君だからできた手段で手に入れたって。
いいなあ、君は。人が羨むものを全部持っていて。
俺なんか、未だに少尉でさ。まあ、普通っていえば普通だけど。
この歳で恋人もいないし、結婚なんかとてもできそうにない」
「…ショウ、何かあったか?」と遼はショウさんを見つめて低い声で言う。
「皇太子殿下のご下命の話なんか誰から聞いた?
ダイトウは表向き中央勤務だが、今、極秘任務で中央にはいない」
ショウさんはさっと青ざめ「いや、皆が言ってるから…」と言った。
「だから皆って誰だよ!ショウ、お前誰に言われてここに来た?
頼むから話してくれ。俺はお前という大事な友達を失くしたくないんだ」と遼が身を乗り出すと、ショウさんは立ち上がり「ごめん。俺もう帰るわ」と慌ててリビングから出て行った。
「ショウ!」と遼が追いかけていくと
「リョウ、ごめん」と小さく言って、ドアを開け出て行った。
遼はその場に立ち尽くし、閉まったドアを呆然としたように見つめていた。
が、はっとしたようにあたしの方を見ると「花!」と言ってキッチンに走った。
厚手の手袋をして花束を慎重にほどいていく。
しばらくして「…これか」と言って小さな黒い物体を取り出した。
黒い物体には何かコードがついている。なんだろう…
「この、棘みたいなのも怪しいな。毒物班も要るか」
と呟いて「早葵、それに絶対触るなよ。それとキッチンからしばらく離れて」と言って自分の部屋に入っていった。
あたしは自分の部屋に入り、ベッドに座った。
何があったのか、あたしにはまったく判らなかった。
あの絵に描いたような、人の好さそうな笑顔の人が、誰かに何かを命令されて来たってこと?
…遼の『俺はお前という大事な友人を失くしたくない』という切ない声が蘇る。
可哀相な、遼。
その後、バタバタと軍の人たちが出入りして、家の中は騒然となった。
遼は悲痛な表情でその場に立ち会った。
軍に来て報告をするように言われたみたいだけど、あたしのことを心配して報告書を提出することにしたみたいだった。




