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来年の今日、またこの場所で。  作者: 若隼 士紀
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第1章 知っているようで、知らない世界へ

1.


 失恋ってなんなのか、結局判らないまま朝が来て、あたしは学校へ行くため電車に乗っている。

 明けない夜はないのだ…

 すごい寝不足で寒さが身に染みる。

 試験期間中とかじゃなくて良かった。全教科、絶対赤点だわ。


 今朝も何も食べる気にならず、ママから「あら~、ダイエットぉ?絶食は良くないわよ~」と暢気に言われてお弁当を押し付けられ、思わずはぁ~っとため息をついてしまった。

 思春期の娘の様子を、もっと気をつけて見てくれよ~。

 自分にだってあったでしょうよ、悩み多き青春の日々がさぁ。

 

 今日はいつもより1本早い電車にした。

 でも、もしかして、あの二人がこの電車に乗ってるかも…と駅からずっとキョロキョロして、挙動不審になってる。

 なんでフラれたあたしが、こんなに気を遣わなきゃらないんでしょう。

 答えは簡単。一緒にいる彼と彼女に鉢合わせたら、死にたいほどつらいのはあたしの方だから。


 今乗っている電車の沿線には高校が多く、通学時間帯は多種多様な制服がひしめき合ってる。

 昼間はがら空きなんだけどね。

 あたしは吊革にすがるようにして立っている。

 周りのカップルや、声高にしゃべる女子高生たちの会話から身をそむけるようにして。ただ一心に窓の外を見ている。


 最近、彼が私を避けて一緒に行ってくれなくなったので友達と行くことも多かったんだけど、今日はLINEも何もせずにひとりで勝手に1本早い電車で来ちゃった。

 

 友達もみんな、うすうす察してると思う。彼に新しく好きな人ができて、私を邪魔に思ってること。

 ああ、切ないなあ。昨日のこと、みんなになんて報告しようかな。

 学校行きたくない…


 とか思ってる間にも電車は定刻通り進んでいき、無情にも学校のある駅に着いてしまった。

 ドアが開き、たくさんの制服がどっと降りる。

 私もアナウンスが終わって発車メロディの鳴り響くホームに押し出され、流されるまま俯いてトボトボ階段に向かった。


 冬の朝日って位置が低くて眩しい。

 失恋した翌日も、昨日と変わらずに生活は続いてて、あたしは学校に行って勉強して部活して、合間に友達としゃべって笑って、、、、ああ、今日委員会あるんだった。

 なんかもう、いろいろバカバカしい。くだらない、こんな世界。


 階段を登りながら目を瞬く。

 ん?今、視界が一瞬、ゆがんだような…?


 と思ったとたん、視界が本当に反転した。

 あたしは慌てて手すりにつかまり、ぎゅっと目をつぶった。

 一瞬の恐怖で呼吸が荒くなり、耳がキーンと金属音でいっぱいになった。

 

 

 

 しばらく大きく息を吸って、吐いて、と意識して繰り返しているうちに、だんだん落ち着いてきた。

 恐る恐る目を開けてみると、もう階段には誰の姿もなかった。

 そんなに長い時間、目をつぶってたかな?

 まあ仕方ない、次の電車が来る前に急いで改札出よう。


 昨日、食べてないし寝てないからなあ・・・

 意外と繊細だったのね、あたしったら。

 ちょっといい気になって階段を登ると、


 誰もいなかった。


 え?あれ?なんで?

 そんなに長時間、意識失ってた?あたし。

 少し焦って改札を通り抜けようと、suicaをかざして速足で、、、

 そのままガン!と開かない扉にぶつかった。


 「痛ぁーいっ!!」

 膝を抱えて思わず座り込む。どうなってんの?!定期、期限切れだったっけ?

 でもこういう場合、必ず響き渡るエラー音や「係員のいる改札口へお回りください」というアナウンスもない。

 顔を上げて見渡すと、明らかにいつもと違う風景がそこにあった。


 そもそも、改札機の電源が入ってないみたい。

 駅員さんのいる窓口も、シャッターが閉まってる!

 駅舎の明かりは点いてないし、行先表示の電光掲示板も真っ暗。そんな馬鹿な。


 駅の時計を見ると、8時7分。

 いつも乗っている電車が着く時間。

 階段の上まで行きホームを見下ろすと、電車どころか人っ子一人いない。

 反対側のホームにも誰も待ってないって、そんなことあるわけない!


 スマホを取り出し、ママに連絡してみようと自宅の番号を呼び出して発信ボタンを押す。

 一度も発信音が鳴ることなく、ぶつっと途絶えた。

 は??

 LINEを起動しようとしても、彼とツーショットの待ち受け画面のままフリーズしている。

 

 この待ち受け、変えなきゃな。

 こんな時なのに、なんかそんなことをふっと思って、我に返った。

 

 この状況、どう考えてもおかしい。

 ついさっきまで、あたしはいつもと変わらず、周りもいつもと変わらず、いつもの登校時間のいつもの登校風景だった。

 どうして急にこんなことに?

 眩暈を起こしていた間に、いったい何があったの?!


 ひとつ大きく深呼吸すると、スマホをしまって再び改札に向かった。

 とにかく、駅から出たい。学校へ向かってみよう。

 

 改札機の扉をよっこらしょと乗り越える。ごめんあそばせ。お代はのちほど。

 売店とかお蕎麦屋さんなんかも全部閉まってる。

 シャッターの下りたお店が立ち並ぶ無人の道を急いで通り過ぎた。


 出口の階段に向かって曲がると、やっぱり。

 シャッターが閉まっていた。ここからロータリーには出られないな。

 そんな気はしてたんだけどさ。


 また改札に戻り改札機を乗り越えて、駅のホームへ降りて端まで歩いて、駅員さんが使うための階段を下りて線路に降り立つ。ローカル線で良かったわ。

 

 電車は来ないと解っていても。線路上はこ、怖い、さすがに。

 急いで線路を渡り、開いたままの踏切から外へ出て駅前のロータリー方面へ走った。


 そこは、見慣れたはずの駅前ロータリー、だった。けど。

 無人だと全然雰囲気が違う。

 見回してみて、あれ?と違和感を感じた。

 微妙にお店が違う。あんなお店あったかな?このお店の隣は雑貨屋さんだったような…


 ぽかんとその場に立ち尽くしていると。

 突然、背後から口を塞がれ、同時に左腕をつかまれて、物陰に引きずり込まれた。

 

 「ん?!んんん…!!」

 声にならない叫び声を上げ手足をばたつかせて抵抗するあたしを、全身の力で抑え込もうとしながらその男は「しっ!」と小さく制して、無理矢理自分の方へあたしの顔を向けた。


 「・・・・・!!」

 あたし、今までとは別の意味で心臓が止まるほど驚いて、思わず動きを止めた。


 は、っ・・・葉山君っ!

 

 「少しおとなしくしろ、もう少しで軍の狙撃班が来るところだったんだぞ」

 さらっと前髪を揺らして、私の大好きな唇が乱暴な言葉を吐いた。

 

 葉山君は険しい表情で辺りを油断なく見回しながら、イラついたように小声で言った。

 「今日が何の日か解らないはずないだろう、いったい何やってるんだ」

 「が、学校へ…」

 「黙れ」


 自分から訊いといて。何その態度っ!

 ムッとして立ち上がろうとすると、すごい力で引き戻された。

 「ちょっ・・・」

 「莫迦!まだカメラが回ってんだ!情報も、、、俺の姿とお前の情報が錯綜してる…。

  よし今だな」


 片耳に差したインカムに集中している葉山君は、何事か呟くとフードを目深に引き被り、あたしの肩を抱いて自分の来ているローブのような外套であたしを覆うように被せて

 「走れ!」

と耳元で鋭く囁いた。


 何が何だか判らないままに、でも葉山君と一緒なのが嬉しくて、あたしは通学かばんを抱いたまま必死に彼の歩調に合わせて走った。

 あちらに隠れこちらに隠れ、ジグザグに移動しながら一軒の民家に滑り込んだ。


 「ふう・・・」

 家の中に入って、やっとあたしの肩から手を放し、長ローブを脱いだ葉山君は大きく息を吐いた。

 「この家に入っちゃえば、奴らも手出しできないだろ。はぁーでも、始末書もんだな。軍法会議までは

 行かないと思いたい…」

 

 そこであたしの方を見て、一言。

 「で?お前誰?」

 

 えっ??

 あたしは驚きのあまり声も出ない。

 

 彼女の、あ、もう元カノか。いや、だけどそういうことじゃなくって!

 判らないの?!あたしのことは、もうそんなに過去のことになっちゃったの?!


 なんて思いながらも、あたし、少しずつ現実を認識し始めている。

 この人、そっくりだけど、あたしの好きな、あたしの知ってる葉山君じゃない。

 この世界も、あたしの居たところじゃない。


 さっき駅にいたときのいたたまれないような不安がまた蘇ってきて、知らないうちに涙が頬を伝って零れ落ちた。

 慌てたような葉山君の顔が、涙でかすむ。


 ここ、どこ?

 あなた、誰?


 俯いたあたしの肩を、葉山君が今までよりもずっと優しく叩いて

 「まあ、とにかくあがって。話を聞くからさ」

と言った。


 

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